ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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コツ・・・・・
コツ・・・・・
石で出来た階段を降りていく足音は、女性だと分かる。軽い音が全体的に反響して響く。

夜神は緊張した顔で確実に一歩ずつ階段を降りていく。
ここに初めて踏み入れた時は、横抱きにされていた。「色の牙」のせいで体は熱に浮かされ、半分意識は朦朧としていた。
けど、何とかして道だけは覚えようと必死だった。
そして、朧気な記憶だったが迷う事なくこの階段を降りることが出来た。
降りると、薄暗い廊下が見えてくる。左右は黒い鉄格子がはめ込まれていて、一瞬でここは地下牢だと分かる。

ゴク・・・・・
唾を飲み込む音が聞こえる錯覚を覚える。もしかしたら、実際は聞こえているのかもしれない。
無意識にスカートを握る。ロリータファションはあまり詳しくはないが、今日、着せられたものはそれに似ている。
高めの立ち襟に、襟、前胸、袖にレースやフリルを使用した白いヴィクトリア・ブラウスに、ドレス程ではないが、パニエで膨らんだマホガニー色のストライプ柄のコルセット・スカート。
カメオネックレスは真珠を使用している。

知らず知らずにスカートを強く握りしめていた夜神は、細い息を吐くと再び歩き出す。
両脇の鉄格子には目もくれず、奥に進む。
すると、一面大きな鉄格子の部屋が現れる。

「庵君・・・・・・」
その部屋だけ明かりがあるのか、少しばかり明るい。
人がそこにいるのが気配ですぐに分かる。夜神は恐る恐る声を、牢にいる相手に投げかける。
「凪さん?」
人影が動く。ここからでもすぐに分かる。庵君もすぐに誰かが近づいているのは分かっていたようで、身構えていたようだ。
私の声で張り詰めていた雰囲気がすぐになくなるのが肌で感じる。

名前を呼ばれただけなのに涙が出そうになる。牢にいるのが庵君だと分ると、自然と足が動いて気が付けば黒い鉄格子を掴んでいた。
「庵君!!大丈夫?怪我してない?何もされてない?」
矢継ぎ早に言ってしまう。心配なのだ。無事をここの目確認するまで安心出来ない。

「凪さん・・・・・大丈夫ですよ。怪我はないでますよ」
私の不安な声を感じてしまったのか、庵君も鉄格子に近づいてくる。
昨日、見た時と同じ服装だった。顔は薄っすら髭があって、昨日は剃っていたのがすぐに分かる。
「お風呂は?食事は?辛くない?」
鉄格子の間をすり抜けた手が庵君の顔を撫でていく。髭にあたって痛いけど、この痛さなんて今の状況に比べたら大したものでもない。

私の手に添える程度の強さで、庵君は自分の手を重ねてくれる。だから、私はそのまま頬を撫で続けていた。
「ご飯は食べてます。量は少ないですけど、飢え死にする事はない量ですよ。一週間に一回は体を拭いてます。昨日は凪さんに会うからと髭を剃ったんです・・・・・凪さんこそ、こんなところに来て大丈夫なんですか?」
「庵君は心配なんてしなくていいから・・・・自分の事だけ心配して?」

どうして、そんなに優しいの?こんな、一番不利で大変な状況なのに・・・・・私の事より、自分の心配をして?

「覚悟はしてました・・・・帝國に行くと考えたときから。藤堂元帥にも、長谷部室長にも・・・・凪さんの顔を見て覚悟が揺らぐかもしれないと思ってました・・・・・・けど、それ以上に色々とあり過ぎてしまって」
添えていただけの手が力強く、けど、痛みを感じない強さで握ってくる。

「例え、どんな姿になろうと俺は諦めません。帰りましょう。みんなの所に・・・・・」
私の手を庵君の唇に押し当てて「帰ろう」と、促してくる。
ここで「帰る」と言えば、庵君はどんな手段を使っても帰ろうとするだろう。例え自分を犠牲にしても。
けど、それではいけない。それは駄目だ。庵君は、庵君だけは無事に帰って貰わないと。

庵の姿をマジマジと見ていた夜神は、昨日の事を思い出し急いで首の方を見る。
昨日は、まるで首輪のように鎖が巻き付けられていたが、今はそれはない。皇帝は約束を守って鎖を解除してくれたようだ。

「・・・・・・鎖、無くなったんだね?」
庵の話を無視して、別の話題を持ってくる。庵の話も重要だが、この話もある意味重要だ。
「はい・・・・・昨日、突然、砂のようにパラパラと崩れました」
「そう、良かった。あんな光景を見せられたから気が気ではなかったの。安心したわ・・・・・」

庵の首にゆっくりと指を這わしていく。
昨日の見せつけで締められた跡が心苦しくて、限界まで牢に体を付けて、腕を伸ばし、何度も何度も撫でていく。
「凪さん・・・・俺の話の返事下さい」
「・・・・・行けないよ。私はみんなの元には行けない。分かるでしょう?私の存在がどれだけ酷いのか?・・・・・だから、私は帰れないの。だけど・・・・・」
「だけど?」

だけど、庵君は帰すから・・・・
そう、庵君だけでも帰らないと・・・・
その為に、私は覚悟を決めてこの場所に来たのだから・・・・

「庵君は帰らないとね」
「嫌です。凪さんも一緒に帰りましょう!」
冷たい鉄格子を隔てて、庵が夜神を抱き締める。何もなければ息が詰まるぐらい、強く抱き締めていたのかもしれない。
夜神も同じように庵を抱き締める。そして、ゆっくりと口を開く。

「ねぇ、お願いしたいことがあるのだけどいい?」
「何でしょうか?今の俺で出来ることなら何でもします」
「ありがとう・・・・・血を・・・」
「血?」
一瞬、躊躇いが生まれる。こんな事、願い出るなんて熟々つくづく、自分が嫌になる
「庵君の血を少しだけ飲ませて?・・・・嫌だよね?ごめんね。忘れて!」
庵の腕から抜け出ようと体を動かそうとしたら、離さないと訴えるように強く抱きしめられる。

「あげますよ。凪さんにならいくらでもあげますよ。あの時、バルコニーで凪さんが吸血鬼になったと言われた時に思ったんです。血が必要なら俺の血をあげると・・・・・だから、あげますよ。あぁ、けど、この状況なら何処を差し出せば?」
何処を・・・・と焦りながらあたふたする庵君が可笑しくて、けど愛しく・・・・抱き締められたいた腕を優しく掴むと、手のひらに自分の手を移動させる。
そして、庵君の手のひらを天井に向けさせると、庵君の顔をしっかりと見る。

驚いていたけど、何か悟ったような真剣な顔になっていた。
「痛いけど、手のひらからでいい?」
「大丈夫です。稽古の時の「壁と床と大親友」に比べたら、ね?」
「酷い・・・・・あれはそんなつもりでしてないよ・・・・・・ありがとう」
本当なら痛いのも、緊張も全部庵君なのに、気持ちを解してくれる。けど、冗談でも稽古の事は言って欲しくなかっけどな。

手のひらの、親指の付け根辺りの盛り上がった所に、紅を引いたような赤い唇で咥え込む。そして、牙を当てると思いっきり突き立てる。
皮膚を突き破り、肉を刺す。そこから溢れる血を啜っていく。
「っゔ・・・・・・・・」
一瞬、痛みを含んだ声が耳を掠める。けど、相手に気に掛ける余裕など、血を飲んだ瞬間から消え失せた。

甘い・・・・・
皇帝のモノより凄く甘い・・・・・
例えるなら、果実のようなサラッとした甘さが皇帝の血なら、庵君の血は蜂蜜のようなネットリとした甘さ・・・・・
一口、含めばその甘さが麻薬のように支配して、次々と欲しくなる
「ん、ふぅ~~ん、んっ!」
夢中で啜っている夜神の姿から、庵は目を外せなかった。

足音が聞こえて来た時から身構えていた。音の大きさで女性だとすぐに分かった。
段々と近づいて来るのが分かるが、薄暗い牢の中。全体的に暗く見えづらい。
そして、その人物の声で誰だか一瞬で分かった。
鉄格子を挟んで互いに駆け寄る。あぁ、この鉄格子が凄く邪魔だ。まるで今の自分達の象徴にも見えてくる。
手を伸ばし、頬に触れ、体の状態や傷の有無を直ぐに聞いてくる。相変わらず優しいの人だ・・・・
安心して欲しくて、大丈夫な事、食事の事を伝えた。そして、肝心な事を言った。
「帰りましょう」と。けど、直ぐにはぐらかされてしまう。
分かっている。きっと貴女は話を逸らすだろうと思っていました。やっぱりそうだったかと思うと虚しくなりますが。
悲しい目をしながら帰ることを拒絶して、けど、何かを思っているのか、突然「血を飲ませてほしい」と、言われた時は驚きましたよ。
けど、思い詰めたような顔の中に、何かを考えている目が印象的で・・・・だから血を飲んで欲しくて返事しました。

手のひらのに、柔らかい唇があたった時は一瞬、ドキッとしましたが、直ぐに痛みがやって来て、息を呑んでしまったことに後悔したんです。
声を出したら、貴女の心に傷を作ってしまうような気がしたんです。だけど、そんな気遣いも一瞬でなくなりました。
伏し目がちの赤い瞳が妖艶で、妖しくて・・・・恍惚した表情になりながら、色っぽい吐息を漏らし、血を啜る光景から目が離せなくて・・・・
失礼だと言われるぐらい、見つめてしまった。

視線を感じながらも血を啜っていったが、やがてゆっくりと唇を外していく。僅かに残った指の付け根の血をペロッと舐めていく。
「・・・・・ありがとう。痛かったよね・・・・ごめんなさい。けど、本当にありがとう」
先程の妖艶な表情など微塵も感じさせない、微笑みを浮かべる。
その微笑みは、懐かし微笑みであり、沢山見てきた表情の中でも一番安心出来る表情だ。
「大佐・・・・・」

その表情は、軍人の時の夜神の表情だ。だから、庵は咄嗟に出てしまった。「大佐」と。
「もう、大佐ではないよ・・・・・安心してね。庵君は絶対、みんなの元に帰してあげるから」
立ち上がる夜神の姿を見て、庵の気持ちは不安や焦りが生まれる。
何か命懸けのことをする雰囲気がある。それこそ吸血鬼のルルワが、命と記憶を代償に扉を作ったような・・・・・
「駄目です!大佐っ!!」
このままではいけない。大佐は、凪さんは本気で命を賭けて俺を帰そうとしている。

「凪っ!!」
名前を呼ばれて一瞬動きを止める。再び微笑みを作る姿が痛々しいのは気のせいだろうか?
「海斗・・・・・愛しているよ。だから、貴方だけでもみんなの元に・・・・・ね?待っていてね?」
ゆっくりと背中を向けるのが辛い。こちらに来たように足音をたてて、戻っていく姿が信じられなくて限界まで腕を伸ばす。
「駄目だっ!!凪っ!なぎっ!!」
一度も振り返ることなく、白練色の髪を揺らして愛した人の姿は闇に消えていった。
「だめだ・・・・・」
拒絶する言葉も小さくなり、同じく闇に掻き消されていった。
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