ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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何かを楽しむような、全て吹っ切れたような、違う意味で清々しい、けど、どこか禍々しい雰囲気をした男が立っていた。
黒と白を混ぜて灰色にしたような、曖昧な、異常な、平たく言えば分からない、邪と正が折り重なる雰囲気を生み出した男は、皇帝ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲル・・・・・
吸血鬼の國の頂点にして、絶対的強者で全ての吸血鬼を統べる皇帝・・・・・・

「はじめからこうしていれば良かったのに。カインがルルワを奪っておけば私はこんなに苦しむ事もなかったのに。勿論、凪ちゃんがいてくれて、可笑しくなってくれて良かったよ?あんなに私を嫌っていたのに、「ルーイ」と呼んで、膝に座ってくれて嬉しかった・・・・・・なのに、全てはその男に、王弟の末裔に奪われたよ」

淡々と話す皇帝の言葉を聞きながら後ろに後退る。けど、力が入らなくなり崩れ落ちる寸前で体を包み込まれる。
「凪さん!くそっ!」
「・・・・庵・・く、ん」
私を支えてくれるのは、私の事を一番に考えてくれていた庵君
その、庵君は私に心配そうな声をかけながらも、苛つき、怒り、けどぶつける場所が見当たらなくて辛そうな表情だ。

「さぁ、最後の勝負だ・・・・・・忠告だよ。そのナイフは抜かないほうがいい。血が止まらなくなるぞ?勝負は凪ちゃんが最後まで生きて自分の、餌の世界に帰れるかだよ?私は優しいから二人を帰してあげよう。けど、そこで凪ちゃんが命を落としたら私の勝ち。生きながらえたら凪ちゃんの勝ち・・・・・シンプルで分かりやすいだろう?」

庵が止血しようとナイフに手をかけたのを見て、ルードヴィッヒは止めさせるように忠告する。
実際、刺さったものが深く、血管を傷つけている場合は、抜くと大出血になるおそれがある。また、刺さったもので圧迫されている状態なので、抜くとそれ以上損傷を悪化させる可能性があるのは本当だ。

皇帝の忠告に焦っていた手が止まる。そして、庵は皇帝を睨見つける。
その睨みさえも面白可笑しいと捉えるルードヴィッヒは、痛みに耐えながら、支えながらこちらを見る可哀想な白いヴァイセ・クライナー・フォーゲルを見つめる。

白い服は傷付き破れ、赤く斑に染まり、肩と腹部が特に酷い。
まともな呼吸が出来なくて、荒い呼吸を繰り返す。
どこから見ても絶望的な状況で、救いなど微塵も感じない。なのに、その赤い瞳は恐怖や絶望は微塵もない。
凪いだ静かな湖畔のように落ち着いている。そこに憐れみや悲しさ、憤り、絶望はない。本当にないのだ。

「そ、れは、本当に・・・・最後の、しょ、うぶなの?」
痛みに耐えながら聞きたいことを聞く声も、少し弱々しく時々、つっかえてしまう。
「本当だよ。二人して帰してあげるよ。私は最後まで見送ることは出来ないからね・・・・・ほら、だって私も傷ついている」
夜神によって傷つけられた傷を、愛おしそうに手のひらで撫でる。
「早く、治療しないといけないから・・・・ローレンツに後は任せるよ。元々、そこの王弟の末裔を乗せるためにヘリは用意してある。一人、人数が増えたぐらい大丈夫だからね」

自分を支えている相手を見て笑い、再び夜神を見返す。
「どんなに心を奪っても、自我を奪っても、何もかも奪っても、結局は奪われてしまう。どんなに閉じ込めても、隠しても・・・・・見つかってしまう。なら、二度と奪われないように奪うしかないだろう?二度と・・・・・そう、二度とね?」
自分の血で汚れた手を夜神に向け、何かを掴むように握り込む。
そのは一体何なのか・・・・

「私が奪ってあげるよ?凪ちゃんの全てを・・・・だって凪ちゃんの住む村も、家族も友達も先生も人間も奪った・・・・なら、命も奪わないと可笑しいだろう?けど、すぐには殺さない。腹部に刺したナイフは私を脅したナイフだよ?ペーパーナイフだと刺せないから変えさせてもらった。それは、凪ちゃんに返してあげる」

痛みで可笑しくなりそうな意識を必死になって抑え込む。もし、何もなければ叫んでいたかもしれない。「ふざけるな」と・・・・・・
その叫びは痛みのせいでなくなったが・・・・・

足の力が少しなくなり、誰かに支えられていないと立てなくなってきている。
後ろにいる庵君のおかげで何とか立てているが、それもどのぐらい持つのか正直分からない。
理不尽な理由による体の痛み耐えながら夜神は皇帝の言葉を聞く。

「最後の勝負だよ。凪ちゃんが元の世界に帰れるまで生きているか、それとも私に呪の言葉を罵りながら死んでいくか・・・・・凪ちゃんの命を賭けた勝負だ・・・・・・・フハハハハハハッ!さぁ、早くしないと死んでしまうよ?王弟の末裔?早くしないとね?」
両手を広げまるで自分が神かなにかになったのか、審判するような佇まいに身の毛がよだつ。

最後まで、本当に最後まで理不尽なまでに奪っていく姿に。
一体、何処まで奪えば気がすむのか分からない。
きっと、それは自分達の先祖からの因縁が関係しているのかもしれない。
カインとアベルの兄弟と、ルルワと言う女性の関係。

最初は国を憂う気持ちから、兄弟手を取り合い命を懸けて戦った。そして、ルルワと出会い三人で力を惜しみなく使い国を統一した。
そして、そこで「愛」の感情が芽生える。
アベルとルルワは結ばれたが、そこにカインが邪魔をする。
カインもアベルと同じくルルワを好いていたが、その気持ちは実らなかった。
そのまま立ち去れば何事もなかったのかもしれない。
けど、気持ちが収まらなく、周りの自己の保身しか考えていない者たちによって歪められ、捻じ曲げられ立ち去る事は出来なくなった。

アベルから奪い、何もかもを捻じ伏せて、己のモノにするはずが、ルルワは逃げ出した。アベルを連れて・・・・・・・
そして、カインは歪んだ感情のまま、呪の如くルルワを見つけ出すことを己の子孫に延々と刻み込んだ。

皇帝もある意味、呪をかけられた哀れな一人なのかもしれない。
けど、そこに同情はしない。
その呪のいで、私は奪われ続けた。被害者だと思い続けた。
けど、違った。罪深い業を背負っている者だと教えられた。私も実は被害者で加害者。
そして、私を案じ今も必死になっている庵君も・・・・・

なら、私はここで最後の勝負で負ける事は赦されない。
勝って、罪を償わないといけない。返しきれない罪を己の命尽きるまで返さないといけない。
なら、この勝負に真っ向から受け入れないと

「・・・・・わ、かっ、た・・・・・その、勝負・・・・・受けて、立つ・・・・かなら、ず、勝って・・みせる・・・・・」
「いい答えだ。なら、頑張るといい私の愛しの白いヴァイセ・クライナー・フォーゲルいつか、また相見えよう・・・・・」
話すと痛みが酷くなる。けど、黙っているのは癪に障るので勝利宣言と共に受け入れる旨を伝える。
皇帝は私が憎まれ口を言うのを分かっていたのか、愉悦した顔をした。負け惜しみだと思ったのかもしれない。けど、それで満足したのか踵を返し歩き出す。
こちらを一度と振り返る事なく姿を消していく

それはよく見る光景だった。自分が満足すると興味が突然なくなったのか、こちらを振り返る事なく自分の事をする為にいなくなる。
けど、今はそれでも良かったのかもしれない。

気が緩んだのか、脚の力が抜けてしまい地面に膝を付きそうになる。けど、後ろから必死になって支えている人物に阻まれる。
「・・・・・帰りましょう。みんなの元に、凪さんが本来いる場所に・・・・・死なせません。だから生きてください。あと少しの辛抱ですから・・・・・・」

優しくて、けど、心配している声が吐息とともに耳朶を擽る。
その相手を見ると自然と微笑んでいく。
私が愛した、たった一人の顔を見て・・・・
「そう、だね・・・・帰ろう・・・・みん、なの所に・・・・・」

帰ろう・・・・
絶対に負けられない。だから私は生きなければ・・・・・

震える足に力を込めて、崩れかけていた体勢から立ち上がる。
最後の勝負を勝つ為に

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

最後の大勝負の始まりです

果たして大佐は勝つ事が出来るのか?そして、ルードヴィッヒの気まぐれは発動するのか?青年は無事に大佐をみんなの元に返すことが出来るのか?
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