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既に満身創痍の二人が普通に歩くには難儀だった。
一人は腹部を刺され、一人は全身の力と気力を殆ど使い、いつ倒れても可笑しくない状況だった。
互いに支えつつ、何とかして自力で動くには亀よりも遅い歩みかもしれない。
皇帝に頼まれた最後の仕事をする為にローレンツはその場に留まっていた。
白いお嬢さんと王弟の末裔を元の世界に戻すために、ヘリに案内する役目を担った。
「奪えばいい」と陛下は言っていた。最初は末裔から奪う事かと思っていたが、まさか、白いお嬢さんの命を奪う事とは露ほどにも思わなかった。
心を壊した時のお嬢さんに接する陛下は嬉しそうで、本当に楽しそうだった。
幼い頃からの顔見知りだから、陛下の「悩み」も間近で見ていた。
「悩み」の理由を知ったのは数カ月前だったが、その「悩み」を一切感じさせない程この数ヶ月は穏やかだった。
ずっと続くと思っていたし、続いて欲しいと願っていた。
だが、その願いはむなしく散った。王弟の末裔が現れてからお嬢さんは感情を取り戻した。
そして、陛下を再び拒絶し始めた。
折角、穏やかな日常が送れると安堵していたのに・・・・・
お嬢さんから「勝負」を持ちかけられたとき、手放しで喜んだ。
いくら、軍で我々と互角に渡り合えたといえ、陛下の血を飲み続け、術をかけられ同胞となったと言えど、帝國の皇帝と勝負するには到底力及ばずだと勝手に思っていた。
互角にやり合い、そして、末裔の力を借りて陛下に浅い傷といえど、一矢報いた実力に身の毛がよだつ。
それは、私だけではない。周りで観客化していた貴族や騎士達も一緒だったと思う。
陛下も驚いていた。そして「奪う」と呟いていた事に、「何を?」と思っていたが、まさかの事態に驚愕したのは事実。
けど、あぁ、やっぱり陛下なんだと思ってしまった。
奪っても、結局は元に戻る。なら、最後まで奪えばいい。それが「命」なんだと思う。
絶命を与えるのでなく、猶予を与え最後はどうなるのかは分からない状況にする。
きっとそこが陛下の「躊躇い」の現れだったのかもしれない。
けど、それでも構わない。物語の最後は誰かに委ねていくのも。終わりの分からない物語でも構わない。
物語の最後は読み手の想像に任せる物語でもいいではないか・・・・・・
なら、私はその物語を進めるために己の役目を全うするだけ。
ふらふらになりながら、互いを支えて歩く二人を見る。
満身創痍の二人は、この物語の最後まで登場する人物。いま、ここで退場させるわけにはいかない。
「そんな、ふらふらで歩いていたら日が暮れますし、白いお嬢さんは死んでしまいます。お情けです━━━━━━━そこの、貴方と貴方。二人に手を貸してください。勿論、命令の拒否は出来ませんし、まして傷をつけることは出来ませんよ?特に白いお嬢さんは陛下の「スティグマ」を持ってますからね?」
自分の近くにいた騎士達に声をかける。声をかけられた騎士達は嫌そうな顔をしたが、それは一瞬で、流石、帝國が誇る騎士団。すぐに無表情になり感情をさらけ出さない。
よろよろで支え合っていた二人に近づくと一人は夜神の腹のナイフを避けるように抱き上げていく。
もう一人は、庵の片腕を自分の肩にかける。
「何をっ!」「っ・・・・・・・・」
突然の事に夜神も庵もすぐに対応出来なかった。したくても体の反応が遅すぎた。
「お情けです。このままヘリまで移動します。勿論操縦は末裔がしてください。あくまで、道案内だけです。では、付いて来てください・・・・・」
庵と夜神の間をすり抜けてローレンツが歩き出す。その後を騎士達に支えられ、抱き上げられた夜神と庵がついて行く。
「ここまでで大丈夫でしょう・・・・・貴方がたもありがとうございます。自分の持ち場に戻っても大丈夫です」
城の一角にある広場には一台のヘリが待機していた。
その近くまで連れてこられ、ローレンツが口を開く。
ここに来るまで誰一人として口を開かなかった。
聞こえてくるのは足音と、夜神の苦しそうな呼気や、小さいうめき声だけだった。
苦しい声を聞くたびに庵の気持ちは焦る一方だった。
ヘリの近くまで案内されると、先頭にいたローレンツが口を開く。
それを聞いた騎士達は、軽く一礼すると夜神や庵から遠ざかるように足早に引き返す。
「やれやれ、相当の屈辱だったでしょう。後で労いの何かをしないといけなですね?」
ローレンツのため息混じりの声を遮るように庵は口を開く。
「なぜ、ここまでする?」
疑問を投げかける。変な話、あのままほっておけば凪さんは間違いなく死んでしまうし、自分も満身創痍。これ幸いと嬲り殺しに合うことは間違いない。
なのに、それは起こらなく、助けられてここまで来れた。後はヘリに乗り込んで少しでも早くこの場を離れないといけない。
「陛下の気まぐれに付き合ったまでです。あの人は本当に天の邪鬼ですからね・・・・・・さて、私が案内出来るのはここまで。後のことは貴方がたに任せます。早くしないと白いお嬢さんが死にますよ?」
ローレンツの目に映り込む夜神を見て、現状を伝える。今にも死にそうで、このままだと陛下の勝利が確定しそうなほどだった。
ローレンツの言葉をぼんやりとしながら夜神は聞いていた。
腹部の痛みは勿論ある。けど、それ以上に寒さが酷い。体から熱が少しずつなくなって感覚だ。
シャツ一枚の体には堪える寒さだ。
隣にいて、支えている庵君の体温が温かくて、その体温を分けてほしくて可能な限り身を寄せる。
すると、ヘリの中に乗り込むように案内される。
二人が何かを話しているのは分かるが、正直内容が分からない。右から左に話が流れていく。考える力もなくなりかけている。体を動かすのも億劫だが、操られているように動かされるのでそれに従う。
動かない体と痛みに耐えながらなんとか座る。座るたったそれだけのことなのに息が酷くなる。
背もたれに体を預け、自分が乗り込んで来た入口を見ると、心配そうな庵君がこちらを見ている。
「・・・・大、丈夫・・・負けな、い・・・・」
私は負けないから・・・・「負ける=死」なのだから。それは絶対にないことを伝える。
「はい・・・・・勝ちましょう。帰りましょう・・・・・・もう少しの辛抱ですからっ!!」
自分も辛いのに、それを払い除けてるような声と顔を向ける。それを自分に何度も言い聞かせる。おまじないのように何度も。
血の気は失せて顔面蒼白の夜神を見ると、焦る気持ちが勝ってしまう。けど、ここで何かを間違えば二人して帰ることは出来ない。
一度、深呼吸をして庵はヘリを降りると、ずっとこちらを見ていた宰相と目が合う。
「何を考えているのか分からないが、協力感謝する」
「私は陛下の命令を聞いたまでです・・・・・・貴方にはコレを返さないといけないですね」
懐から見覚えのあるパケを取り出す。それは庵が帝國に持ち込んだ「血の結晶」だ。
これの力があったから、皇帝との勝負に勝てた大事な物だ。
必要最低分だけ歯の中に仕込んで、後は目くらましで分かりやすいところに隠し持っていた。
その「血の結晶」を自分の顔まで持ち上げて軽く揺らし、そして、こちらに向って投げつける。
庵はそれを確かに受け取る。自分と大切な人を救ってくれたモノを。
「一度、その結晶を別の者が飲んだんです。皇帝と同じような力が使えるかどうか。結果・・・・気になりますか?」
薄ら笑いの宰相が気味が悪かったが、どうなったのかは気になる。もし、同じような力を身に着けたなら脅威以外何ものでもない。
「結果は?」
「苦しみだし、全身を掻きむしりながら、出血して絶命しましたよ・・・・・我々には毒だったようで。流石アベルだ。帝國を統一して、貴方がたの世界では軍や武器を作り上げた。手の込んだ、用意周到な人物がしそうな事だと陛下は笑ってましたよ」
アベルやその末裔以外は毒。けど、血を受け継ぐ末裔には絶大な力を与える薬。「血の結晶」はそれだけ取り扱いの難しい物だと改めて考えさせられる。
手の中に収まっている粒達の存在を改めて確認して庵はズボンのポケットに「血の結晶」をしまう。
今は一刻を争う。操縦する為に踵を返そうとした時、再び声をかけられる。
「後、こちらは私からの餞別です。少しでも勝利に近づく為のドーピングですかね?」
再び懐に手を伸ばして何かを取り出す宰相に訝しんだ目を向ける。
その手には硝子の小瓶を持っている。パケと同様顔の付近でゆらゆらと揺らしている。中身は赤い色をした液体が収められているのが分かる。
「それは?」
正直中身も分からないし、ドーピングと言われてもピンと来ない。疑問の声に宰相は笑って答えを教えてくれる。
「我々が喉から手が出るほど欲しい、陛下の「血」です。その実力は既にご存知のはずでは?」
皇帝の「血」と言われ、真っ先に思い浮かんだのは驚異的なスピードで傷を塞いだ事だ。
あの時も命が危うかった凪さんが、皇帝の血を飲んでいた。そして、背中の傷が徐々に塞がっていた事に驚いていたのは確かだ。
「陛下の血には我々の力を活性化させる力がある。今のお嬢さんに与えたら少しは希望があるかもしれませんよ?私は出来ることならお嬢さんには死んで欲しくないんですよ。友が悲しみますからね・・・・・本当に天の邪鬼な性格ですから」
躊躇いがあったから、腹部などと曖昧な場所を刺したかもしれない。是が非でも奪いたかったら心臓を刺して自分のモノにしていただろう。
永遠と自分のモノに・・・・・・
表情に少しだけ陰りが見えたような気がした。けど、すぐにそれはなくなりパケと同様に小瓶も投げて寄越す。
庵は慎重にそれを受け取る。少しでも勝利に近づけるなら、憎い皇帝の血だろうと利用する以外ない。
確かに庵が小瓶を受け取ったのを確認すると、ローレンツは自分のすべき事を全てしたと確信して踵を返す。
これで本当の別れだ。再び目に見えることはない事を願いたい人物達に背中を向ける。
余りにも色々な事が有りすぎた。目下、気になるのは友の心の事だ。
天の邪鬼と言っていたが、本当は繊細で傷付きやすいのを知っている。
そして、白いお嬢さんの事を心から愛おしいと思っていたのも確かだ。
その思いが色々とネジ曲がっていたのは仕方ないが・・・・・・
それでも、心の底から愛していたのは間違いない。
その思いは、結局はお嬢さんに届かなかった。まるで道化のような立ち位置に少々複雑な気持ちになるが・・・・・
カインとアベル、ルルワの立ち位置を再び再現している皇帝・ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルと、軍人の庵海斗と夜神凪
まるで歴史を見せられているような気持ちになる。
ローレンツは頭の隅に、友を思う気持ちを思いながら歩き出す。目的地は友がいる居室に。慰めないといけない。幼い頃からそうしてきたように。
ローレンツもルードヴィッヒと同じように、夜神達を一度も見ることなく城の中に戻っていった。
その後ろ姿を見て、庵は急いで夜神の元に行く。
相変わらず蒼白した顔に、苦しそう歪んだ眉。辛いからか赤い瞳は閉じられ、白いまつ毛は震えている。牙の見え隠れする赤い唇からは、辛そうな吐息が胸を抉る。
あまり見たくないが、腹から下は真っ赤に染まり、その元凶のナイフも同じように染まっている。
「凪さん・・・・嫌でしょうが飲んでください・・・・・・お願いします・・・・・」
小瓶の蓋を開けて、夜神の項に手を差し込み上を向くようにする。少しでも飲んで欲しく出来る限りの事をする。
僅かに開いた口に流し込むが、本能が拒絶するのか体が震え、舌押し退けてしまったせいか口の端から零れ落ちる。
「お願いです飲んでください・・・・・」
一口でもいいから・・・・
焦る気持ちに小瓶をもつ手に力がこもる。苦しそうに開いた赤い瞳は何かを訴えかけているようにも見える。
庵君は私に何を飲ましたいの?「飲んでください」と言われ、口の中に注ぎ込まれたモノに慄いて舌で避けた。
鼻腔から漂う香りに拒否反応が生まれ、味に拒絶してしまった。
だって、これは散々飲み続けた甘いモノだから
甘くて甘くて苦くて・・・・・
けど、私にはこれが行きていく中で必要な食料で・・・・・
けど、心の何処かで拒絶が生まれてしまうモノで・・・・・
無意識に首を振っていた。皇帝の血をこれ以上飲みたくなかった。もう、飲みたくなくて拒否をした。
その様子を見て、庵は内心焦りだす。嫌なのは承知している。これ以上飲みたくないのも理解している。けど、今はコレに縋らないと未来がないことも分かっている。
躊躇いはなかった。いや、そんな気持ちは考えなかった。小瓶を自分の口に注ぎ込む。鉄の味が一気に口の中に広がり吐き出したくなる。
細い顎を掴み上を向かせると、そのまま僅かに開いた、血なのか元々なのか赤く染まった唇を塞ぎ口の中の血を注ぎ込む。
「う・・・・・ん・・・・・」
持っていた小瓶はいつの間にか落としていて、背中を何度も優しく撫でる。早く飲み込むように促すように何度も。
苦しいのか眉を寄せた赤い瞳は非難の色が見えるが、そんなの今は関係ない。
ずっと塞がれているのが苦しいのか白い喉が動いて嚥下する。
最後に舌で全て飲み込んだことを確認して、やっと唇を離す。
「な、んで・・・・・」
「今は少しでも可能性があるなら縋りたいんです。分かってます。凪さんの気持ちは・・・・けど、今だけは許してください。非難は帰ってから沢山受け付けますっ!!」
そう、元の世界に帰ってきたら沢山話しましょう。沢山笑いましょう。みんな待ってるんです。だから、こんなところで終わる事は絶対に嫌なんです。
庵はヘリから勢いよく飛び出ると扉を閉める。口の中に残った血は唾と共に吐き出し、操縦席に急いで座ると扉を閉める。
ヘリのスイッチを動かし起動する。後ろにいる人も勿論、気になるが皇帝達がこれ以上何かをする事も嫌だが考えられる。
全てに注意しつつ操縦するのは今の自分には辛い。
けど、そんな泣き言、言っている暇もない。
「帰りますよ!凪さん!」
その言葉を合図にヘリは動き出した。元の世界に帰るために。自分達の帰りを待っている人達のところに。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
切のいいところで頑張ったら長くなりました。
果たして、みんなの所に帰れるのか。大佐はドーピングしたけど上手くいくのか?
一人は腹部を刺され、一人は全身の力と気力を殆ど使い、いつ倒れても可笑しくない状況だった。
互いに支えつつ、何とかして自力で動くには亀よりも遅い歩みかもしれない。
皇帝に頼まれた最後の仕事をする為にローレンツはその場に留まっていた。
白いお嬢さんと王弟の末裔を元の世界に戻すために、ヘリに案内する役目を担った。
「奪えばいい」と陛下は言っていた。最初は末裔から奪う事かと思っていたが、まさか、白いお嬢さんの命を奪う事とは露ほどにも思わなかった。
心を壊した時のお嬢さんに接する陛下は嬉しそうで、本当に楽しそうだった。
幼い頃からの顔見知りだから、陛下の「悩み」も間近で見ていた。
「悩み」の理由を知ったのは数カ月前だったが、その「悩み」を一切感じさせない程この数ヶ月は穏やかだった。
ずっと続くと思っていたし、続いて欲しいと願っていた。
だが、その願いはむなしく散った。王弟の末裔が現れてからお嬢さんは感情を取り戻した。
そして、陛下を再び拒絶し始めた。
折角、穏やかな日常が送れると安堵していたのに・・・・・
お嬢さんから「勝負」を持ちかけられたとき、手放しで喜んだ。
いくら、軍で我々と互角に渡り合えたといえ、陛下の血を飲み続け、術をかけられ同胞となったと言えど、帝國の皇帝と勝負するには到底力及ばずだと勝手に思っていた。
互角にやり合い、そして、末裔の力を借りて陛下に浅い傷といえど、一矢報いた実力に身の毛がよだつ。
それは、私だけではない。周りで観客化していた貴族や騎士達も一緒だったと思う。
陛下も驚いていた。そして「奪う」と呟いていた事に、「何を?」と思っていたが、まさかの事態に驚愕したのは事実。
けど、あぁ、やっぱり陛下なんだと思ってしまった。
奪っても、結局は元に戻る。なら、最後まで奪えばいい。それが「命」なんだと思う。
絶命を与えるのでなく、猶予を与え最後はどうなるのかは分からない状況にする。
きっとそこが陛下の「躊躇い」の現れだったのかもしれない。
けど、それでも構わない。物語の最後は誰かに委ねていくのも。終わりの分からない物語でも構わない。
物語の最後は読み手の想像に任せる物語でもいいではないか・・・・・・
なら、私はその物語を進めるために己の役目を全うするだけ。
ふらふらになりながら、互いを支えて歩く二人を見る。
満身創痍の二人は、この物語の最後まで登場する人物。いま、ここで退場させるわけにはいかない。
「そんな、ふらふらで歩いていたら日が暮れますし、白いお嬢さんは死んでしまいます。お情けです━━━━━━━そこの、貴方と貴方。二人に手を貸してください。勿論、命令の拒否は出来ませんし、まして傷をつけることは出来ませんよ?特に白いお嬢さんは陛下の「スティグマ」を持ってますからね?」
自分の近くにいた騎士達に声をかける。声をかけられた騎士達は嫌そうな顔をしたが、それは一瞬で、流石、帝國が誇る騎士団。すぐに無表情になり感情をさらけ出さない。
よろよろで支え合っていた二人に近づくと一人は夜神の腹のナイフを避けるように抱き上げていく。
もう一人は、庵の片腕を自分の肩にかける。
「何をっ!」「っ・・・・・・・・」
突然の事に夜神も庵もすぐに対応出来なかった。したくても体の反応が遅すぎた。
「お情けです。このままヘリまで移動します。勿論操縦は末裔がしてください。あくまで、道案内だけです。では、付いて来てください・・・・・」
庵と夜神の間をすり抜けてローレンツが歩き出す。その後を騎士達に支えられ、抱き上げられた夜神と庵がついて行く。
「ここまでで大丈夫でしょう・・・・・貴方がたもありがとうございます。自分の持ち場に戻っても大丈夫です」
城の一角にある広場には一台のヘリが待機していた。
その近くまで連れてこられ、ローレンツが口を開く。
ここに来るまで誰一人として口を開かなかった。
聞こえてくるのは足音と、夜神の苦しそうな呼気や、小さいうめき声だけだった。
苦しい声を聞くたびに庵の気持ちは焦る一方だった。
ヘリの近くまで案内されると、先頭にいたローレンツが口を開く。
それを聞いた騎士達は、軽く一礼すると夜神や庵から遠ざかるように足早に引き返す。
「やれやれ、相当の屈辱だったでしょう。後で労いの何かをしないといけなですね?」
ローレンツのため息混じりの声を遮るように庵は口を開く。
「なぜ、ここまでする?」
疑問を投げかける。変な話、あのままほっておけば凪さんは間違いなく死んでしまうし、自分も満身創痍。これ幸いと嬲り殺しに合うことは間違いない。
なのに、それは起こらなく、助けられてここまで来れた。後はヘリに乗り込んで少しでも早くこの場を離れないといけない。
「陛下の気まぐれに付き合ったまでです。あの人は本当に天の邪鬼ですからね・・・・・・さて、私が案内出来るのはここまで。後のことは貴方がたに任せます。早くしないと白いお嬢さんが死にますよ?」
ローレンツの目に映り込む夜神を見て、現状を伝える。今にも死にそうで、このままだと陛下の勝利が確定しそうなほどだった。
ローレンツの言葉をぼんやりとしながら夜神は聞いていた。
腹部の痛みは勿論ある。けど、それ以上に寒さが酷い。体から熱が少しずつなくなって感覚だ。
シャツ一枚の体には堪える寒さだ。
隣にいて、支えている庵君の体温が温かくて、その体温を分けてほしくて可能な限り身を寄せる。
すると、ヘリの中に乗り込むように案内される。
二人が何かを話しているのは分かるが、正直内容が分からない。右から左に話が流れていく。考える力もなくなりかけている。体を動かすのも億劫だが、操られているように動かされるのでそれに従う。
動かない体と痛みに耐えながらなんとか座る。座るたったそれだけのことなのに息が酷くなる。
背もたれに体を預け、自分が乗り込んで来た入口を見ると、心配そうな庵君がこちらを見ている。
「・・・・大、丈夫・・・負けな、い・・・・」
私は負けないから・・・・「負ける=死」なのだから。それは絶対にないことを伝える。
「はい・・・・・勝ちましょう。帰りましょう・・・・・・もう少しの辛抱ですからっ!!」
自分も辛いのに、それを払い除けてるような声と顔を向ける。それを自分に何度も言い聞かせる。おまじないのように何度も。
血の気は失せて顔面蒼白の夜神を見ると、焦る気持ちが勝ってしまう。けど、ここで何かを間違えば二人して帰ることは出来ない。
一度、深呼吸をして庵はヘリを降りると、ずっとこちらを見ていた宰相と目が合う。
「何を考えているのか分からないが、協力感謝する」
「私は陛下の命令を聞いたまでです・・・・・・貴方にはコレを返さないといけないですね」
懐から見覚えのあるパケを取り出す。それは庵が帝國に持ち込んだ「血の結晶」だ。
これの力があったから、皇帝との勝負に勝てた大事な物だ。
必要最低分だけ歯の中に仕込んで、後は目くらましで分かりやすいところに隠し持っていた。
その「血の結晶」を自分の顔まで持ち上げて軽く揺らし、そして、こちらに向って投げつける。
庵はそれを確かに受け取る。自分と大切な人を救ってくれたモノを。
「一度、その結晶を別の者が飲んだんです。皇帝と同じような力が使えるかどうか。結果・・・・気になりますか?」
薄ら笑いの宰相が気味が悪かったが、どうなったのかは気になる。もし、同じような力を身に着けたなら脅威以外何ものでもない。
「結果は?」
「苦しみだし、全身を掻きむしりながら、出血して絶命しましたよ・・・・・我々には毒だったようで。流石アベルだ。帝國を統一して、貴方がたの世界では軍や武器を作り上げた。手の込んだ、用意周到な人物がしそうな事だと陛下は笑ってましたよ」
アベルやその末裔以外は毒。けど、血を受け継ぐ末裔には絶大な力を与える薬。「血の結晶」はそれだけ取り扱いの難しい物だと改めて考えさせられる。
手の中に収まっている粒達の存在を改めて確認して庵はズボンのポケットに「血の結晶」をしまう。
今は一刻を争う。操縦する為に踵を返そうとした時、再び声をかけられる。
「後、こちらは私からの餞別です。少しでも勝利に近づく為のドーピングですかね?」
再び懐に手を伸ばして何かを取り出す宰相に訝しんだ目を向ける。
その手には硝子の小瓶を持っている。パケと同様顔の付近でゆらゆらと揺らしている。中身は赤い色をした液体が収められているのが分かる。
「それは?」
正直中身も分からないし、ドーピングと言われてもピンと来ない。疑問の声に宰相は笑って答えを教えてくれる。
「我々が喉から手が出るほど欲しい、陛下の「血」です。その実力は既にご存知のはずでは?」
皇帝の「血」と言われ、真っ先に思い浮かんだのは驚異的なスピードで傷を塞いだ事だ。
あの時も命が危うかった凪さんが、皇帝の血を飲んでいた。そして、背中の傷が徐々に塞がっていた事に驚いていたのは確かだ。
「陛下の血には我々の力を活性化させる力がある。今のお嬢さんに与えたら少しは希望があるかもしれませんよ?私は出来ることならお嬢さんには死んで欲しくないんですよ。友が悲しみますからね・・・・・本当に天の邪鬼な性格ですから」
躊躇いがあったから、腹部などと曖昧な場所を刺したかもしれない。是が非でも奪いたかったら心臓を刺して自分のモノにしていただろう。
永遠と自分のモノに・・・・・・
表情に少しだけ陰りが見えたような気がした。けど、すぐにそれはなくなりパケと同様に小瓶も投げて寄越す。
庵は慎重にそれを受け取る。少しでも勝利に近づけるなら、憎い皇帝の血だろうと利用する以外ない。
確かに庵が小瓶を受け取ったのを確認すると、ローレンツは自分のすべき事を全てしたと確信して踵を返す。
これで本当の別れだ。再び目に見えることはない事を願いたい人物達に背中を向ける。
余りにも色々な事が有りすぎた。目下、気になるのは友の心の事だ。
天の邪鬼と言っていたが、本当は繊細で傷付きやすいのを知っている。
そして、白いお嬢さんの事を心から愛おしいと思っていたのも確かだ。
その思いが色々とネジ曲がっていたのは仕方ないが・・・・・・
それでも、心の底から愛していたのは間違いない。
その思いは、結局はお嬢さんに届かなかった。まるで道化のような立ち位置に少々複雑な気持ちになるが・・・・・
カインとアベル、ルルワの立ち位置を再び再現している皇帝・ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルと、軍人の庵海斗と夜神凪
まるで歴史を見せられているような気持ちになる。
ローレンツは頭の隅に、友を思う気持ちを思いながら歩き出す。目的地は友がいる居室に。慰めないといけない。幼い頃からそうしてきたように。
ローレンツもルードヴィッヒと同じように、夜神達を一度も見ることなく城の中に戻っていった。
その後ろ姿を見て、庵は急いで夜神の元に行く。
相変わらず蒼白した顔に、苦しそう歪んだ眉。辛いからか赤い瞳は閉じられ、白いまつ毛は震えている。牙の見え隠れする赤い唇からは、辛そうな吐息が胸を抉る。
あまり見たくないが、腹から下は真っ赤に染まり、その元凶のナイフも同じように染まっている。
「凪さん・・・・嫌でしょうが飲んでください・・・・・・お願いします・・・・・」
小瓶の蓋を開けて、夜神の項に手を差し込み上を向くようにする。少しでも飲んで欲しく出来る限りの事をする。
僅かに開いた口に流し込むが、本能が拒絶するのか体が震え、舌押し退けてしまったせいか口の端から零れ落ちる。
「お願いです飲んでください・・・・・」
一口でもいいから・・・・
焦る気持ちに小瓶をもつ手に力がこもる。苦しそうに開いた赤い瞳は何かを訴えかけているようにも見える。
庵君は私に何を飲ましたいの?「飲んでください」と言われ、口の中に注ぎ込まれたモノに慄いて舌で避けた。
鼻腔から漂う香りに拒否反応が生まれ、味に拒絶してしまった。
だって、これは散々飲み続けた甘いモノだから
甘くて甘くて苦くて・・・・・
けど、私にはこれが行きていく中で必要な食料で・・・・・
けど、心の何処かで拒絶が生まれてしまうモノで・・・・・
無意識に首を振っていた。皇帝の血をこれ以上飲みたくなかった。もう、飲みたくなくて拒否をした。
その様子を見て、庵は内心焦りだす。嫌なのは承知している。これ以上飲みたくないのも理解している。けど、今はコレに縋らないと未来がないことも分かっている。
躊躇いはなかった。いや、そんな気持ちは考えなかった。小瓶を自分の口に注ぎ込む。鉄の味が一気に口の中に広がり吐き出したくなる。
細い顎を掴み上を向かせると、そのまま僅かに開いた、血なのか元々なのか赤く染まった唇を塞ぎ口の中の血を注ぎ込む。
「う・・・・・ん・・・・・」
持っていた小瓶はいつの間にか落としていて、背中を何度も優しく撫でる。早く飲み込むように促すように何度も。
苦しいのか眉を寄せた赤い瞳は非難の色が見えるが、そんなの今は関係ない。
ずっと塞がれているのが苦しいのか白い喉が動いて嚥下する。
最後に舌で全て飲み込んだことを確認して、やっと唇を離す。
「な、んで・・・・・」
「今は少しでも可能性があるなら縋りたいんです。分かってます。凪さんの気持ちは・・・・けど、今だけは許してください。非難は帰ってから沢山受け付けますっ!!」
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庵はヘリから勢いよく飛び出ると扉を閉める。口の中に残った血は唾と共に吐き出し、操縦席に急いで座ると扉を閉める。
ヘリのスイッチを動かし起動する。後ろにいる人も勿論、気になるが皇帝達がこれ以上何かをする事も嫌だが考えられる。
全てに注意しつつ操縦するのは今の自分には辛い。
けど、そんな泣き言、言っている暇もない。
「帰りますよ!凪さん!」
その言葉を合図にヘリは動き出した。元の世界に帰るために。自分達の帰りを待っている人達のところに。
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切のいいところで頑張ったら長くなりました。
果たして、みんなの所に帰れるのか。大佐はドーピングしたけど上手くいくのか?
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