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書類仕事を順調にこなしていく夜神に、遠慮がちな声で庵が声をかけてくる。
「夜神大佐」
「どうしたの?庵君」
「昼食の時間ですが、一緒に食堂行きませんか?」
「・・・・もう、そんな時間なんだ。うん。行こうか」
夜神は壁にある時計を見て確認する。庵が声をかけなければ、食べずに仕事をし続けていただろう。

庵と共に食堂に向う。廊下を歩くとやはり、何かしらの視線を感じる。けど、それを無視して前を見て歩いていく。

庵も何かしらの視線が夜神に向けられているのには、薄々気がついていた。だが本人がそれを無視しているので、庵は何も尋ねなかった。

食堂に行くと、その視線が更に多くなり、居心地が悪くなる。あまりにも酷いなら無理して食堂で食べる必要もないと思い、庵は夜神に提案をする。
「夜神大佐。昼食は食堂でなくて、売店で何か買って外で食べませんか?」
「・・・・・ありがとう。庵君は私から離れて食べてね。大丈夫よ。慣れているから。それにオドオドしていたら逆に目立つから、堂々とすればいいの。やましいことは何もしてないのだからね?」
いつもと変わらない微笑みを心配そうに見てくる庵に向ける。そうして庵から離れていき、夜神はお盆を持って並ぶ。

そばを通り抜けて行った夜神の後ろ姿をみていたが、ハッとなって並んだ夜神の後ろに並ぶ
「すみませんでした。そうですよね、堂々とすればいいんですよね・・・夜神大佐は何を食べますか?」
「庵君?いいんだよ。無理しなくて」
「無理してません。それに自分も最初の頃に、似たような視線・・・むしろ怨嗟のような視線を向けられてましたからね。お互い慣れっこですね」
「怨嗟?どうして?だって学生だよね?」
夜神は意味が分からず庵に聞いてくる。それを聞いた庵は深いため息をしてしまった。

たが、安心もしてしまった。自分がどの様に見られているのかを、分かっているようで、分かってない夜神に。いつもと変わらないやり取りに。
「七海少佐なら知ってるかもしれないですよ?聞いてみて下さい」
サメのお返しだ!と思い七海少佐に全てを委ねた。夜神大佐の対応を、心の中でお願いしておく。
「大佐、前進んでますよ!」
「えっ?あ、ホントだ」
慌て前に進んでいく夜神の揺れるポニーテールを見て、庵は苦笑いをした。

昼食も終わり、午後からの剣術の稽古をする為、道場に向う。今日は二人共、防具を付けての稽古だと夜神が伝えたので、面以外を身に付けて道場で待機する。すると手ぬぐいを頭に巻いた夜神がやって来る。
「ごめんね。待った?」
「大丈夫です。でも久しぶりに防具を付けての稽古ですね」
「私も、色々と体力が落ちているからね。少しづつ慣らしていかないといけないから」
苦笑いをしながら、正座をして面を付けていく。それを見て庵も同じく面を付ける。
お互い、準備が整うと稽古をしていく。

いくら、体力が落ちたと言っても、実力も経験もある夜神が一枚上手で、庵の攻撃をかわしながら、合間にアドバイスをする。
「肩と腕の力を抜かないと間合いを詰めれないよ」
「はい!」
「足幅を変えない。右も左も同じだけの幅を出す」
「はいっ!!」
間合いを詰められて、顔に頭に衝撃が来る。夜神が通り抜ける時に、面に竹刀を叩きつけられていた。
「め━━ん!!」
「っう~~。もう一度お願いします!!」
痛さはあるが、それを上回る興奮がある。夜神に稽古をしてもらうのだ。
他の学生でも中々体験出来ない事を庵は経験している。それは他の学生より濃くて充実したものだ。

「剣先を動かさない!!そんな事をすると・・・・胴!!」
胴に竹刀を打ち込んで、庵に尻もちをつかせる。
「少しづつ慣らすとか言ってませんでした?充分、動けていると思うのですが?」
「まだまだだよ。体は温まったけど、感はまだ取り戻せてないからね。庵君!!そんな所で座ってないで、打ち込んでおいで!!」
夜神は構えると、庵に喝を入れる。
庵は夜神に応える為、立ち上がり、注意されたことを整理しながら、夜神の間合いを詰めようとするが、学生と軍最強では雲泥の差があり、一瞬で勝負は終わった。

「っぅ━━━━━━!」
「庵君、良くはなったけど、攻められても、手元は上げないの。しのいで、しのいで反撃のチャンスを見るの。分かった?」
「分かりました」
もう一度、胴に打ち込まれて、今度は軽く飛んでしまったのだ。

準備の時に体を慣らすとか言ってなかったか?これでは、今までと変わらないような気がするのは、気のせいだろうか?

頭の中では「理不尽な!」と思いながらも庵は飛ばされた所から、立ちあがり夜神に一礼する。夜神も同じく一礼して、稽古は一旦終了する。

庵はラインの外に出て、面を外す。外の新鮮な空気が美味しく感じられる。
夜神も同じく面に外して、庵の傍までやって来る。
「お疲れ様。随分動けるようになったね。あとは細かいことを、直していけばもっと強くなれるよ」
「ありがとうございます。大佐も久しぶりの剣道どうでした?」
「体を動かすのは気持ちいいね。ずっと書類を見ていたからね」
「ハハハッ!良かったですね」

久しぶりに夜神大佐が、心から楽しんでいる笑顔を見れて、庵は嬉しくなるのと同時に胸が高鳴った。
そして、道着から見える肌に残った、噛み跡と鬱血を見て何か、黒い感情が渦巻くのを感じた。
反する感情がぶつかり、一つになる。その感情に名前を付けるのなら、どの名前を付けるべきか・・・

「庵君?どうしたの?」
「・・・・・大佐は後期のテストで、自分を一位にしたいんですよね?」
庵のストレートな言葉に、夜神は否定しなかった。もしろ「そうだよ」と肯定する。

「後期のテストで一位の人間は、部屋の希望を聞いてもらえるんですよね。勿論、希望通りになるとは限りませんが・・・もし、自分が一位になって、第一室に希望したら、受け入れてもらえるのでしょうか?」

テスト結果だけが全てではない。互いが命をかけて戦っている。そこに信頼関係がなければ、背中を預けることは出来ない。
果たして自分に背中を預けるほどの、信頼関係はあるのだろうか?

「みんなはどうか分からないけど、少なくとも私は来てほしいかな?それに部屋の希望だけではないの。成績上位者には優先的に「高位クラス武器」の選定権が与えられるの。勿論、武器次第だから、必ず手に入るとは限らないけど。でもね、私は庵君が、武器に選ばれると思っている。何だかそんな気がするんだ」
ニッコリ笑って庵を見る夜神は、何故か自信に満ちあふれていた。

「っ・・・・頑張ります。頑張って一位になります!」
分った。ずっと胸の中で燻ぶっていた感情が。

最初は憧れだった。軍最強と言われる夜神大佐が教育係になったのだ。けど接しているうちに、自分の事を分かっているようで、分かってない抜けているところや、討伐中の凛としていて、清廉な姿。
そして、拉致されてから無事に帰ってきてからの弱々しく、怯えて、泣いている姿。

「夜神大佐。一位になったら、伝えたい事があるんです。その時は話し聞いてくれませんか?」
「今じゃなくて?いいよ。話ぐらい聞くよ」
夜神は微笑んで、庵に返事をする。

「ありがとうございます!頑張って一位になりますね!」
けど、今はその時ではない。自分は名もない学生だ。土俵が違いすぎる。結果を残して、この気持ちを伝えないと意味がない。

「頑張って一位になって、卒業しないとね。私も頑張るけど、庵君も頑張ってね」
「もちろんです。宜しくお願いします。大佐!」

この気持ち━━━━夜神凪大佐を好きになっていた

恋しているのだ。たとえ皇帝によって、身も心もズタズタにされていたとしても、それを上書きするほど愛したいと。
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