放課後、女の子になった僕は、恋とカラダに戸惑っている

いろは杏⛄️

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破の部

第22話 テニスコートでの想い

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 メイクをしての登校にも慣れ始めた、六月上旬のホームルーム。田村先生が教壇に立って、心なしか、いつもよりも少し柔らかい表情をしていた。

「はい、みんな注目。今日は楽しいお知らせだ――」

 クラス全体がざわめく。

「知っての通り、六月下旬に、球技大会が開催される」

「おお!」

 男子たちから歓声が上がった。

「種目は、バレーボール、バスケットボール、テニス、卓球、サッカーです。それぞれ参加人数が決まってるから、希望を決めてくれ。被ったら、そん時考えるよ」

 田村先生が黒板に種目名を書いていく。

「ペアを組む種目もあるので、今日中に決めておくように」

 ホームルームが終わると、教室はすぐに盛り上がった。

「俺、バスケやりたい!」

「サッカーでしょ!」

 男子たちが騒いでいる中、僕はどの種目にしようか迷っていた。

「翼ちゃん、どうする?」

 桜井さんが声をかけてくれた。

「えーっと……悩んでて」

「何か得意なスポーツはあるの?」

「中学時代はテニス部だったけど……」

「あ、私もテニス部だったよ!」

 桜井さんの目が輝いた。

「ほんと!?」

「うん。一緒にテニスやらない? ダブルスあったよね?」

「……いいの?」

「もちろん。久しぶりにテニスができるなんて楽しみ」

 桜井さんの提案に、僕は嬉しくなった。

「ありがとう! よろしくね――」

「でも、高校に入ってから全然やってないから勘が鈍ってるかも……」

「僕も同じく……」

「それじゃあ、放課後に練習しない? 球技大会まで時間もあるし」

「いいね! ぜひお願い――」

 こうして、僕と桜井さんは球技大会にテニスで出場することが決まった。


     * * *


 放課後、僕たちは体育館の倉庫からテニスラケットを借りて、テニスコートに向かった。

「懐かしいなぁ」

 ラケットを握りながら、僕は中学時代を思い出していた。

「翼ちゃんは、中学時代どのくらい強かったの?」

「……県大会には出たことないくらい……かな」

「あはは、私も同じくらい。じゃあ、レベル的にはちょうど良いペアね」

 桜井さんが微笑んでくれる。

 まず、軽く準備運動をしてから、コートの両端に分かれて基本的な打ち合いを始めた。

「それじゃあ、軽くラリーしてみよっか」

「うん」

 桜井さんがボールを軽く打ってくれる。

 僕はフォアハンドで返そうとした――その瞬間。

「あ!」

 思った以上に力が入らず、ボールはネットにかかってしまった。

「大丈夫?」

「ご、ごめんね……ちょっとまだ感覚が……」

 実は、男の時とは明らかに違う感覚があった。

 ラケットが、明らかに重く感じるのだ。

「久しぶりだし仕方ないよ。もう一回やってみよう」

 桜井さんが再びボールを打ってくれる。
 今度は、さっきより力を込めたため、ボールはネットを超え、桜井さんの元へ。
 
 そして、彼女がそれを再びリターン。バック側にボールが来たため、バックハンドで合わせようとしたその時――

「うわっ」

 今度は、ボールの勢いにラケットが持っていかれそうになった。

 男の時なら、こんなことはなかったのに。

「翼ちゃん、大丈夫?」

「う、うん……でも、なんだか思うようにいかなくて」

「ブランクがある上に、翼ちゃんの場合は性別まで変わってるんだから、仕方ないよ」

 桜井さんが優しく励ましてくれる。

 彼女の言うとおり、女性になったことで明らかに筋力が足りないのだ。

 さらに、動いているうちに別の問題にも気づいた。

 胸が、揺れる。

 一応スポーツブラを着けているのに、走ったり、ラケットを振ったりするたびに胸が揺れて、とても気になるのだ。

「うーん……」

 僕は無意識に胸元を押さえてしまった。

「どうしたの?」

「あ、ううん……なんでもないよ」

 桜井さん相手でも、さすがにこんなことは言えない。

 でも、この感覚は本当に気になって、テニスに集中できなかった。

「もう少し、手の力だけじゃなくて、腰を回して打ってみて」

 桜井さんがアドバイスをくれる。

「うん……」

 言われた通り腰を回してみると、男だった時より、圧倒的に可動域が広く感じた。その勢いを使って打ってみると、少しマシになった。

 でも、それでも毎回上手くはいかない。

 ボールの勢いに負けてしまったり、思った方向に飛ばなかったり。

「あー、もう!」

 思わず声を上げてしまった。

「翼ちゃん、無理しないで」

 桜井さんが心配そうに近づいてくる。

「ごめんね……思ったより難しくて」

「女の子の身体だと、やっぱり男の子の時とは違うんだよ」

 桜井さんの言葉はまさに正論。

 男の時と同じようにはいかないのは、当然のことなのかもしれない――頭ではわかっているけど、体に染みついた動きは中々修正できなかった。


     * * *
 

「少し休憩しよっか」

 桜井さんが提案してくれて、僕たちはコートの端のベンチに座った。

「お疲れ様」

「桜井さんも、お疲れ」

 僕は汗を拭きながら、大きくため息をついた。

「……思ったより前途多難だね」

「そうね。でも、翼ちゃんは頑張ってるよ」

 桜井さんが優しく言ってくれる。

「でも、全然うまくいかなくて……男の時はもっとできたのに」

 つい、本音が出てしまった。

「そうだね……」

 桜井さんが、少し複雑そうな表情をした。

「でも、今の翼ちゃんは今の翼ちゃんよ。無理をしないで、今の身体に合ったプレーを見つけていけばいいと思うよ」

「今の身体に合ったプレー……」

「そう。女の子には女の子のテニスがあるんだから」

 桜井さんが立ち上がる。

「さあ、もう少し練習してみようよ」

「――うん!」

 今度は、桜井さんのアドバイスを参考に、力任せじゃなく、技術で勝負することを心がけた。

 そうすると、少しずつだけど、ボールがちゃんと飛ぶようになってきた。

「そうそう、その調子!」

 桜井さんが褒めてくれる。

 胸の揺れも、最初ほど気にならなくなってきた。慣れてきたのかもしれない。

 そして、しばらく練習を続けていると、桜井さんとの息の合ったラリーができる瞬間があった。

「やった!」

「いいラリーだったね」

 桜井さんも嬉しそうに微笑んでくれる。

 やっぱり、テニスは楽しい。
 身体は変わってしまったけど、この楽しさは変わらないんだ。

「翼ちゃん、だいぶ良くなったと思うよ」

「本当?」

「うん。最初とは全然違う」

 桜井さんの言葉に、僕は嬉しくなった。

 でも同時に、桜井さんの表情に何か微妙なものを感じた。

 嬉しそうでもあるけど、どこか寂しそうでもあるような……。

 気のせいかな?


     * * *


 練習を終えて、僕たちは体育館で着替えをした。

「今日はありがとう、桜井さん」

「こちらこそ。楽しかったよ」

「……よかったら明日も練習しない?」

「もちろん。球技大会まで、頑張ろうね」

 桜井さんが微笑んでくれる。

「うん!」

 着替えを済ませて、一緒に学校を出た。

「それじゃあ、また明日」

「うん。また明日――」

 桜井さんと別れて、僕は理子先輩の家に向かった。

 今日の練習を振り返りながら歩いていると、改めて女の子の身体での運動の大変さを実感した。

 筋力も違うし、体つきも違う。

 でも、それでも楽しかったのは確かだ。

 桜井さんという良いパートナーもいるし、球技大会が楽しみになってきた。

 ただ、別れ際に、桜井さんの小さなつぶやきが聞こえたような気がして――

「昔の翼君の方が……」

 それがとうにも気になった。

 理子先輩の家に帰ると、彼女がリビングで本を読んでいた。

「お帰りなさい。今日はテニスの練習だったのね」

「はい。桜井さんと一緒に」

「どうだった?」

「最初は全然だめでしたけど、だんだん慣れてきました」

 僕は今日の練習のことを詳しく話した。

「女の子の身体での運動は、最初は戸惑うでしょうね」

「そうですね。でも、楽しかったです」

「それが一番大切よ」

 理子先輩が微笑んでくれる。

「明日も頑張ってね」

「はい」

 僕は部屋に戻って、今日の疲れを癒すためにベッドに横になった。

 女の子になってから、初めて本格的にスポーツをした一日だった。

 大変だったけど、新しい発見もたくさんあった。

 そして、桜井さんと一緒に頑張れることが、何より嬉しかった。

 明日の練習も楽しみだ――そう思いながら、僕は眠りについた。
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