中霧山の悪夢

黒巻雷鳴

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崩壊

出席番号18番 南條久美子

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 どうして……わたしは、あんなことを……。
 わたしの悪い癖で、つい感情的になってしまい、クマがいるほうへ富澤さんを突き飛ばしてしまった。
 そして彼女はクマに襲われ、連れ去られた。
 助かりはしないだろう。わたしが殺したも同然だ。

「なんで……なんでだよ委員長、なんで雅を!? 人殺し……この人殺し!」

 涙目で睨みつけてくる小林さんに罵られる。
 わたしは人殺し──そのことについては、なんの反論もできない。
 実際にそうだ。わたしは人殺しだ。
 けれども、乾さんは違った。

「南條さんは悪くない。あのときは仕方なかったんだよ。誰かが犠牲にならなきゃいけなかった。それがたまたま、富澤さんだっただけ」

 いつもの乾さんなら、自分の意見なんて言わない。でも、今の彼女は饒舌だった。

「ひとりの生命いのちで3人が助かったんだよ? それでいいじゃない」
「はぁ!? テメェー……なに言ってんのか、わかってんのかよイヌ!」

 小林さんは掴みかかろうとしたみたいだけど、乾さんは南雲さんのリュックを前に抱えているため、それができなかった。その代わり、彼女の髪の毛を掴んだ。
 そんな光景を見て、わたしはハッと我に返る。
 せめて、これ以上最悪な状況にしてはいけない。わたしは、学級委員長なのだから。

「小林さん、やめて! 今は仲間割れしている場合じゃないのよ!? 早くここを離れないと、クマがまた襲って──」
「うっせーな! 人殺しが説教すんじゃねーよ!」

 怒り狂う小林さんが、今度はわたしの髪を掴もうと手を伸ばす。それを乾さんが体当たりをして防いでくれた。
 数歩後ろへよろけた小林さんの唇が怒りに震えている。しばらくしてから、さらに睨みをきかせて、わたしたちに口をひらいた。

「おまえら……絶対に許せねー。とくに南條、おまえが雅を殺したこと、警察にバラしてやるからな!」

 そう言い放ってきびすを返した小林さんは、ひとりで森のなかを進んで行こうとした。

「ちょっ、小林さん……待って……」

 あのことを警察に言う!? そんなことをされたら、わたしの人生が終わる。優等生でいようと、頑張り続けていた努力が──両親の期待に応えようとしていた幼少のころからの努力の日々が──水泡に帰する。

「いいんですか、南條さん? 小林さん、誰かと合流したり下山したら、富澤さんのこと喋っちゃいますよ?」

 耳元で乾さんがささやく。

「富澤さんと小林さんて、いつも仲良くふたりでいたじゃないですか? だから、ふたりとも死んでしまっても、誰も不思議に思いませんよ」

 耳元で乾さんがささやく。

「だから、早く止めなきゃ。誰かが来るまえに、小林さんも殺しましょうよ。わたしは、なにも見てません。富澤さんのことも、小林さんがこれからどうなるのかも」

 耳元で乾さんがささやく。

「ほら……行っちゃいますよ、小林さん……。南條さん、早く早く」

 わたしは走った。
 小林さんのあとを追いかけて。
 すぐに気づかれて、小林さんも走り出す。捕まったら殺されるって、本能で感じたのかもしれない。

「な、なにする気だよ、おまえ! あたしも殺すつもりなんだろ!?」

 なにも答えずに、森のなかを走り続ける。枯れ木や生い茂る草、倒木もお構いなしに。
 わたしと小林さんの足の速さは、ほぼ互角。ふたりの距離は、なかなか縮まらない。すると、小林さんは走りながら背負っていたリュックを下ろし、後方のわたしめがけて投げつけた。
 そんな物に当たっても、たいしたダメージにはならなかった。けど、身軽になった小林さんはさっきよりも走る速度が上がった気がした。
 自分もリュックを捨てるべきか一瞬だけ迷った。でもその場合、なにかとアリバイ作りに不利に働くような気がしてやめた。

「ハァハァ……誰かーっ! 誰か助けて!」

 小林さんが叫び声を上げる。
 まずい。こんなところをほかの生徒たちに見られたりしたら、言い訳のしようがない。

「誰か助けて! 南條久美子に殺されるっ!」

 そんな!? もうダメだ。わたしの名前まで叫ばれてしまっては、どうしようもない。
 終わった……すべてが終わった。
 あきらめかけたそのとき、小林さんが木の根に足を取られて転んだ。
 よかった! 神様は、わたしを見捨ててはいなかった! 昔から頑張っているわたしに、救いの手を差し伸べてくれたんだ!

「ううっ……ゴホッ、ゴホッ」

 うつ伏せで倒れる小林さんに追いついたわたしは、息を整えながら考える。どうやって殺そうかと。
 首を絞めては、あきらかな他殺になる。
 斜面から突き落とせば、転落死として警察に処理される可能性が高い。けれども、このあたりに急斜面はなさそうだ。

「どうやって殺せばいいのよ」

 ふと、無意識に洩れた言葉に足もとの小林さんが反応して、怯えた表情をわたしに向けた。

「やっぱり殺すつもりじゃねーか……雅もわざと殺したんだろ!? クラスの厄介者だから、うちらをクマの餌にするつもりなんだろ!?」
「ち、違う……違うの! あれは……信じてもらえないだろうけど、自然と身体が……勝手に動いて……」
「それが邪魔者扱いしてるうちらを消したい証拠じゃねーかよ! だから雅を押したんだろ!?」

 涙を流しながら叫ぶ彼女に、わたしはなにも言い返せなかった。

「いったいどの口が、そんなことを言ってるの?」

 わたしたちに追いついた乾さんが、一歩一歩近づきながら、言葉を続ける。

「わたしや本上さんを勝手に3軍にランク付けして、自分たちがやりたいように、わたしたちをいじめてるよね?」
「ああ!? そんなこと、今は関係ねーだろが! 第一、おまえも本上も自然界ならソッコー喰われる側の弱者なんだよ!」
「弱者? たしかに、わたしも本上さんも強者じゃない。あなたたちみたいに乱暴者でもない。でもね、弱くもないんだよ」

 そう言い終えた乾さんは、南雲さんから預かっていたリュックを地面に下ろした。そしてそのまま、自分のリュックも下ろすと、なかから金属製の鉤爪をひとつ取り出して右手に装着した。

「南條さん、ありがとう。あとはわたしが始末するから、ここで休んでていいよ」

 汗だくの背中に悪寒が走る。
 あのいじめられっ子の乾さんから、強烈な殺意が感じられた瞬間だった。

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