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出席番号7番 小林比奈
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雅がクマに襲われた。
雅はもう助からない。
そして、あーしもこのままじゃ、ふたりに殺される。
イヌが右手になにかをつけてる。獣の爪によく似た凶器だった。コイツ、クマの仕業に見せかけて、あーしを切り刻むつもりなんだ!
「殺されてたまるかよ!」
土を握り締めて、ふたりにぶちまける。怯んだ隙に、急いで立ち上がって駆け出した!
森のなかを走って、走って、走り続ける。
今度はつまずかないよう、足もとにも気をつけながら、走って逃げた。
逃げた先に林道が見えてくる。
息が切れて脇腹も苦しい。それでも、走らなきゃ!
あそこまで行けば、逃げきれたも同然。ほかの登山客か、生徒たちに会えるに違いない!
そう思ったのと同時に、背中に強い痛みを感じた。
「痛いっ!!」
今まで生きてきたなかで、最悪の痛さだった。それと、傷口が熱い。まるで焼けているようだ。
我慢の限界で、すぐ近くにあった倒木に倒れかかる。背中に生温い〝なにか〟が流れている。もしかしなくても、あーしの血だ。
「ハァハァ……ハァハァ……小林さん、わたしに追いつかれるくらい足が遅いんだね」
背後からイヌの声がした。
畜生が! こんなことなら、ふだんから運動をもっとしとくんだった!
心のなかでそう後悔していると、違う角度から、背中にまた激痛を感じた。
「ぎゃーっ!!」
今度は右腕、その次は腰。
イヌが容赦なく動けないあーしの身体を切りつける。
どんどんどんどん、次から次へと身体から血があふれ出る。早く手当を──止血しないとマジで死ぬって!
「痛い痛い痛い痛い!! もうやめて……イヌ……乾さん……お願いだから……今までのことは、謝るからさぁ……もうやめてよ……助けて」
クソったれ! まさか、あーしがイヌに命乞いをするなんて!
でも、そうしなきゃ死んじゃう。いじめてきたヤツを相手に、あーしなら手加減なんてしない。イヌは本気だ。本気で、あーしを殺すんだ。
「小林さん、覚えてる? 登山口の入口にあった案内看板に面白いことが書いてあったの」
なに言ってんだ、コイツ? そんな物、見るわけねーじゃんか。そんなことよりも、背中が……腕が……痛い……痛いよ……。
「中霧山ってね、本当は〝仲を切る山〟って意味なんだってさ」
「し、知らない……案内看板なんて全然興味がなくって、一文字も読んでない……ごめんなさい」
なるべくイヌの機嫌を損なわないよう、会話をする。少しでも時間を稼げれば、誰かが林道を通るかもしれない。そのときに大声で呼べば、あーしは助かる。
「あはっ! だよね。文章に興味がなさそうだもの。じゃあ、教えてあげるね? この山ってさ、霧が濃くて、昔の旅人は仲間を見捨てて下山したんだって。この山ってクマが出るじゃん? きっと見捨てられた仲間は、クマに骨ごと食べられちゃったんだろうね」
そんな話のいったいなにが面白いのか、イヌは楽しそうだった。
ああ、頭がなんだかフラフラする。
お願いだから、早く誰か来てくれ。
「でもさ、すごいって思わない? だってさ、実際にきょう、ついさっき、小林さんは富澤さんを見捨てたんだよ? わたし感動しちゃったもん」
「ち……違う、見捨ててなんて……あーしは、雅を……」
雅を助けたくても、助けられなかったんだ。あのとき、クマが怖くって、クマに襲われて血まみれの雅を見て怖くって、足がすくんで身体が動かなかった。
見殺しになんてしてない。
それに、あのとき、動くなって言ったのはイヌじゃねーかよ!
「うーん……南條さん、全然来ないね。休んでてって言ったけどさぁ、まさか、わたしのことを裏切って、助けを呼びに行ってたりして! そうだったら、マジでウケるんですけど」
委員長が助けを? 雅を突き飛ばしたのに、それは……いや、ありえる。自分が突き飛ばしたことは警察に黙っておいて、全部クマのせいにするはず。
目撃者は、あーしとイヌだけ。あーしが死ねば、イヌと口裏を合わせれば、委員長は殺人罪にはならない。
「……イヌの分際で、いい気になりやがって! おまえ、最初からうちらを殺すつもりだったんだろ! でなきゃ、なんでそんな物を持ってるんだよ!」
「あれ? もういつもの小林さんに戻っちゃったんだ。もっと弱々しい小林さんを見ていたかったのに」
畜生、ふざけやがって! ああ、ダメだ。意識が遠のく。血が……血が出過ぎたんだ。
「うん、そうだね。殺すつもりで来たんだよ。美鈴ちゃんが来れなかったのはとっても残念だけど、E組をぶっ壊すために、1日遠足の場所を真田に頼んでこの山にしたんだ」
「な……なんで」
「なんで? ねえ、今、なんでって言った?」
次の瞬間、肩に新たな痛みを感じた。あの爪の凶器で突き刺してきたんだ。
「ぎゃああああああ!!」
「わたしたちはさ、ただフツーの学校生活を送りたかっただけなのに……それを、おまえたちに、成績とは無関係のクソつまらない序列を一方的につけられて、蔑まれて……わたしたちが、どれだけ辛くて苦しんでいるか、想像したこともないでしょ!?」
イヌが勝手にキレだして、あーしの背中を──身体を何度も何度も突き刺しては切り裂く。
声はもう出なかった。
首を切られたから。
「ふごっ……ふしゅるるる……ヒュー……ヒュー……ヒュー……」
聞いたことがない音が唇から洩れていた。
身体は、なにも感じなくなっていた。
このまま死ぬのかな?
あーしが最後に見た景色は、倒木に生えた名前も知らない大きな白いキノコだった。
雅はもう助からない。
そして、あーしもこのままじゃ、ふたりに殺される。
イヌが右手になにかをつけてる。獣の爪によく似た凶器だった。コイツ、クマの仕業に見せかけて、あーしを切り刻むつもりなんだ!
「殺されてたまるかよ!」
土を握り締めて、ふたりにぶちまける。怯んだ隙に、急いで立ち上がって駆け出した!
森のなかを走って、走って、走り続ける。
今度はつまずかないよう、足もとにも気をつけながら、走って逃げた。
逃げた先に林道が見えてくる。
息が切れて脇腹も苦しい。それでも、走らなきゃ!
あそこまで行けば、逃げきれたも同然。ほかの登山客か、生徒たちに会えるに違いない!
そう思ったのと同時に、背中に強い痛みを感じた。
「痛いっ!!」
今まで生きてきたなかで、最悪の痛さだった。それと、傷口が熱い。まるで焼けているようだ。
我慢の限界で、すぐ近くにあった倒木に倒れかかる。背中に生温い〝なにか〟が流れている。もしかしなくても、あーしの血だ。
「ハァハァ……ハァハァ……小林さん、わたしに追いつかれるくらい足が遅いんだね」
背後からイヌの声がした。
畜生が! こんなことなら、ふだんから運動をもっとしとくんだった!
心のなかでそう後悔していると、違う角度から、背中にまた激痛を感じた。
「ぎゃーっ!!」
今度は右腕、その次は腰。
イヌが容赦なく動けないあーしの身体を切りつける。
どんどんどんどん、次から次へと身体から血があふれ出る。早く手当を──止血しないとマジで死ぬって!
「痛い痛い痛い痛い!! もうやめて……イヌ……乾さん……お願いだから……今までのことは、謝るからさぁ……もうやめてよ……助けて」
クソったれ! まさか、あーしがイヌに命乞いをするなんて!
でも、そうしなきゃ死んじゃう。いじめてきたヤツを相手に、あーしなら手加減なんてしない。イヌは本気だ。本気で、あーしを殺すんだ。
「小林さん、覚えてる? 登山口の入口にあった案内看板に面白いことが書いてあったの」
なに言ってんだ、コイツ? そんな物、見るわけねーじゃんか。そんなことよりも、背中が……腕が……痛い……痛いよ……。
「中霧山ってね、本当は〝仲を切る山〟って意味なんだってさ」
「し、知らない……案内看板なんて全然興味がなくって、一文字も読んでない……ごめんなさい」
なるべくイヌの機嫌を損なわないよう、会話をする。少しでも時間を稼げれば、誰かが林道を通るかもしれない。そのときに大声で呼べば、あーしは助かる。
「あはっ! だよね。文章に興味がなさそうだもの。じゃあ、教えてあげるね? この山ってさ、霧が濃くて、昔の旅人は仲間を見捨てて下山したんだって。この山ってクマが出るじゃん? きっと見捨てられた仲間は、クマに骨ごと食べられちゃったんだろうね」
そんな話のいったいなにが面白いのか、イヌは楽しそうだった。
ああ、頭がなんだかフラフラする。
お願いだから、早く誰か来てくれ。
「でもさ、すごいって思わない? だってさ、実際にきょう、ついさっき、小林さんは富澤さんを見捨てたんだよ? わたし感動しちゃったもん」
「ち……違う、見捨ててなんて……あーしは、雅を……」
雅を助けたくても、助けられなかったんだ。あのとき、クマが怖くって、クマに襲われて血まみれの雅を見て怖くって、足がすくんで身体が動かなかった。
見殺しになんてしてない。
それに、あのとき、動くなって言ったのはイヌじゃねーかよ!
「うーん……南條さん、全然来ないね。休んでてって言ったけどさぁ、まさか、わたしのことを裏切って、助けを呼びに行ってたりして! そうだったら、マジでウケるんですけど」
委員長が助けを? 雅を突き飛ばしたのに、それは……いや、ありえる。自分が突き飛ばしたことは警察に黙っておいて、全部クマのせいにするはず。
目撃者は、あーしとイヌだけ。あーしが死ねば、イヌと口裏を合わせれば、委員長は殺人罪にはならない。
「……イヌの分際で、いい気になりやがって! おまえ、最初からうちらを殺すつもりだったんだろ! でなきゃ、なんでそんな物を持ってるんだよ!」
「あれ? もういつもの小林さんに戻っちゃったんだ。もっと弱々しい小林さんを見ていたかったのに」
畜生、ふざけやがって! ああ、ダメだ。意識が遠のく。血が……血が出過ぎたんだ。
「うん、そうだね。殺すつもりで来たんだよ。美鈴ちゃんが来れなかったのはとっても残念だけど、E組をぶっ壊すために、1日遠足の場所を真田に頼んでこの山にしたんだ」
「な……なんで」
「なんで? ねえ、今、なんでって言った?」
次の瞬間、肩に新たな痛みを感じた。あの爪の凶器で突き刺してきたんだ。
「ぎゃああああああ!!」
「わたしたちはさ、ただフツーの学校生活を送りたかっただけなのに……それを、おまえたちに、成績とは無関係のクソつまらない序列を一方的につけられて、蔑まれて……わたしたちが、どれだけ辛くて苦しんでいるか、想像したこともないでしょ!?」
イヌが勝手にキレだして、あーしの背中を──身体を何度も何度も突き刺しては切り裂く。
声はもう出なかった。
首を切られたから。
「ふごっ……ふしゅるるる……ヒュー……ヒュー……ヒュー……」
聞いたことがない音が唇から洩れていた。
身体は、なにも感じなくなっていた。
このまま死ぬのかな?
あーしが最後に見た景色は、倒木に生えた名前も知らない大きな白いキノコだった。
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