プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~

決戦! バルカイン(2)

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 ふたつの巨大鋏と左右三対の長大な脚。
 蟹じゃねえか──レベッカはそう思った。
 空気をかき混ぜるようにうごめく不気味な口からは、ブクブクと弾ける泡がひとつの塊となってボタリと地上へ落下する。
 まるで蟹だな──ロセアはそう思った。
 この巨大蟹をどう料理すべきか。その難題に頭を悩ませるアシュリンは、レベッカとロセアの様子もうかがいつつ、剣を中段に構える。
 見様見真似の、自分の剣技はたかがしれている。それでも、このクラウザーソードがあれば百人力。ほんのわずかな隙を逃すまいと、まばたきをせずにアシュリンはにらみを利かせる。

「う……んん……」

 気を失っていたドロシーが目を覚ます。曖昧な意識は、バルカインの姿を見て一気にたしかなものへと変わった。

「どしぇえええええええええええ?! でっかい蟹のオバケぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 そんな絶叫を聞いて、となりで倒れていたハルも目を覚ました。

「…………あら? わたしったら、こんなところでお昼寝を……って、まあ! おっきな蟹さんだこと! 立派ねぇ~♡」

 横ずわりのまま感嘆の声を上げるハル。
 敢えてツッコミを入れなかったドロシーは、一本鞭を握り直してふらつきながらも立ち上がる。

「ハルさん、あれがバルカインの本体ですよ! わたしたちも団長に加勢しないと!」
「うーん……そうしたいのは山々なんだけど、この鉄槌でうまく戦えるかしら?」

 だったら、最初から選ぶなよ。喉もとまで出かかった言葉を飲み込んで、ドロシーは「いいから早く!」と、ハルの重い腰に発破をかける。

「てぇやああああああああああああああッッッ!!」

 先制攻撃を仕掛けたのは、レベッカだ。
 右へ左へと軽やかに飛び跳ねながら、瞬く間にバルカインの本体まで近づいてゆく。そして、最後に大きく飛び上がって目前まで迫ると、横一閃で黒い複眼に斬りかかった。

「──シュッ!」

 カキィィィィィィィィィィィィィィィン!

「ゲッ?!」

 だが、呆気なくブロードソードの刃が折れてしまった。どうやら、丸い光沢を見せる個眼ですらも強固な守備力を誇るようだ。

『グォボボボボボボボボボッ!』
「──がはっ!」

 閉じられたままの巨大鋏に殴らたレベッカは、背中から地面に激しく叩きつけられる。その衝撃で、固く握られていたはずのブロードソードが何度も跳ねて遠くまで転がっていった。

「レベッカさん! よくも……このオバケ蟹めぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 頭上でグルグルと鞭を大きく振り回しながら、ドロシーがバルカインの脚に攻撃する。
 ニ度三度四度と、容赦なく乱れ打ちを放つが、ブロードソードのやいばですらダメージを与えられなかったものを革の鞭でどうこう出来るはずもなく、攻め疲れをしたドロシーのすぐそばに脚の一本が踏み込んできて、その風圧で最後列まで吹き飛ばされてしまった。

「──ブルボォッ?!」
「あらあら、ドロシー……大丈夫……じゃないわよね」

 困り顔のハルが盛大に顔面から着地したドロシーを心配するが、返事がなかったので途中で言葉をやめた。
 ハルは振り返る。
 凄まじい邪悪な波動。
 あの巨大生物の正体は、暗黒の神──邪神バルカインで間違いはないだろう。
 しかし、邪神討伐が自分の目的ではない。だからといって、無視にはできない。もしも、シャーロット王女が生命いのちを失うような事態になれば、今までの苦労が水泡に帰してしまうからだ。
 絶対にそれだけは避けたい。
 そのためにも、ある程度バルカインを弱らせておく必要がある。
 そう結論に達したハルは、怒りの鉄槌を引きずりながら走りだす。

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」

 やがて、その場でクルクルと独楽コマのように回転を始めながら前に進むと、強烈な一撃を本体を支える長大な脚にくらわせた!

 ドゥガァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

 とてつもない震動と爆音が、鉄槌を震源地にどこまでも遠くへ広がってゆく。その衝撃でハルは弾き返されてしまったが、なんとか踏み留まって倒れずにいた。

『グゥオオオオオオオオオオオオオン!!』

 攻撃を受けた脚がへし折れ、バルカインがよろける。強固な巨躯が、ようやく揺らいだ瞬間だった。

中級治癒魔法ミディ・ヒール!』

 だが、バルカインはすぐに回復魔法を唱えて傷を癒した。想定内の出来事ではあったが、今のハルは両手が痺れてしまいすぐに攻撃が出来る状態ではなかった。

(命中率が低いこんな武器じゃ、いたちごっこになってキリがない……ほかになにか良い武器があればそれを──)

 ハルは後退りながら、武器らしい物を探す。
 やはりいちばん頼りになるのはクラウザーソードなのだが、それを借りる口実が思い浮かばなかった。
 あくまで自分はひとりの侍女。素性がバレてしまうような言動は控えなければならない。けれども、アシュリンが死んでしまう最悪な結末も避けたかった。

(やはりあの剣を奪うしかなさそうね……)

 ハルが見つめる先には、クラウザーソードを右斜め下に構えて駆け出すアシュリンの姿があった。

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