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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~
決戦! バルカイン(1)
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地鳴りのような轟音が聞こえる。
上空から新たにもうひとつの巨大鋏の先っぽが突き出され、アシュリンたちに襲いかかる!
「来るぞレベッカ! 女神デア=リディアよ、我らに力を与えたまえ!」
「へへっ……わくわくするぜ!」
アシュリンがクラウザーソードに願いを込めれば、ブロードソードを強く握り直したレベッカの額からは一筋の冷や汗が滴り落ちる。
〈異形の民〉の神が、空間を鋏で切り裂いてこちらの世界へ現れようとしていた。
アシュリンは考える。
このまま黙って見ていれば、やがてバルカインの本体が現れるだけ。攻撃するなら、すでに現れた脚を狙うしかない。
しかし、無防備なだけはあって、硬い殻に覆われた脚はとても頑丈で、剣の一撃は容易く弾き返されてしまう。
どこか弱点はないものか──見つめる先には、至極色をした蟹のような巨大鋏。
蟹……蟹……蟹……。
ふと、茹でた蟹を剥いて食べるレベッカを思い出した。
そのときの彼女は、とても器用に脚の関節をへし折って次々と食し、十人前を最後まで美味しそうにペロリと平らげた。それでもまだ足りなさそうだったので、ハルが自分の分を差し出したことを覚えている。
「そうか……蟹だ!」
「みゃ? カニ?」
「レベッカ、蟹と同じだ! 脚の関節を狙って攻撃をするんだ!」
指示を受けてすぐ、そびえる脚を見上げるレベッカ。「なーる」と不敵な笑顔でつぶやき、舌舐めずりをしてみせた。
そして、そこからが速かった。
俊敏に駆け抜けて間合いを詰めたレベッカは驚きの跳躍力で飛び上がり、気合いの雄叫びとともにブロードソードで一回ニ回三回と、硬度が弱い関節部分を的確に連続で斬りつけた。
「てぇやあああああああああ! てぇいいいいいい! うぉりゃああああああああああああッッッ!」
『グォォォォォォォォォォォォォ……!』
斬り落とすこそ叶わなかったが、長く伸びる巨大な脚がバランスを崩して揺らぐ。ダメージを与えられた証拠だ。
バルカインのうめき声は地上に着地したレベッカにもしっかりと聞こえていたようで、頭の三角耳の片方をピクンと一瞬だけ動かしてから、にやけた。
「ヘッ、ざまぁ!」
だが、それは彼女なりの強がりだった。
ブロードソードの刃は比較的やわらかい関節部分でも耐えられず、ところどころが欠けてしまっていたのだ。下手をすれば最悪、次の一撃で折れてしまうだろう。
「さすがだな、レベッカ! わたしも負けてられん……ハァァァァァァァァァァッ!」
「えっ? 姫さま!?」
両手で握るクラウザーソードを斜め下に構えながら、アシュリンは雄叫びを上げて走りだす。
だが、我々は忘れてはならない。
シャーロット・アシュリン・クラウザーは病弱な姫君、武術や運動すらいっさい習ったことなど無いことを。想像だけの剣技で、無謀にも暗黒神に立ち向かおうとしていたのだ。人はそれを、勇敢とは呼ばずに蛮勇と呼ぶ。
「ハッ!」
アシュリンが跳んだ。
もちろん、レベッカのように高くは跳べなかった。むしろ常人以下の跳躍力をみせてその場で跳ねただけで、すぐに着地して転んだ。
「い……痛ぅ……」
転んだ拍子に、右膝を擦りむいてしまった。横ずわりの姿勢で血がにじんだ膝小僧を押さえるアシュリンは、自分の未熟さに悔しくて涙までにじませた。
「姫さま、大丈夫かよ!? やっぱりあたしひとりで戦うから、その剣を貸してくれ!」
「…………わたしも戦いたい」
「ええっ……」
クラウザーソードを抱きしめて拒絶するその姿にもはや騎士団長の面影はなく、ひとりのわがままなプリンセスでしかなかった。
「バルカイン様! あなた様の忠実なる息子、ソンドレでございますッ! このときをお待ちしておりましたァァァ! 我ら〈マータルスの民〉をどうかお救いくださいッッッ!」
レベッカは、その大声でソンドレたちが近くにいることに初めて気づいた。ロセアもソンドレとオルテガを捕らえるべく駆け出してはいるが、視線の先はバルカインの様子を見つめていた。
「先ずは……あの蝿野郎からぶった斬ってやる!」
刃こぼれをしている武器でも十分な勝機を確信するレベッカは、仇敵に身体と殺意を向けた──次の瞬間、上空でときたま聞こえていた轟音がさらに大きく鳴り響き、ソンドレたちに迫っていたロセアめがけて巨大鋏が急降下で襲いかかる!
「せい、やぁっ!」
が、そんな攻撃に怯むこともなく、ロセアは華麗に大きく横へ跳んでかわす。
そしてさらに着地するまでの短い時間のあいだ、拳銃の形にした指先を地面に突き刺さった巨大鋏に狙いをつけて反撃までしてみせた。
『電撃魔連射弾!』
連射される青白い光の弾丸。
だが、バルカインは、世界屈指の電撃魔導師の魔力すらも無効化する。次々に光の弾丸の直撃を受けながらも、巨大鋏はノーダメージのまま上空へと戻っていったのだ。
「ほほう……やはり伝説の暗黒神サマには、もっと上級の電撃魔法じゃないと効かないか」
けれど、もしそれでも駄目だったら?
そのときは覚悟を決めるしかない。
軍帽を被り直して気を引き締めるロセアの瞳には、異空間から抜け出したバルカインの本体が映っていた。
上空から新たにもうひとつの巨大鋏の先っぽが突き出され、アシュリンたちに襲いかかる!
「来るぞレベッカ! 女神デア=リディアよ、我らに力を与えたまえ!」
「へへっ……わくわくするぜ!」
アシュリンがクラウザーソードに願いを込めれば、ブロードソードを強く握り直したレベッカの額からは一筋の冷や汗が滴り落ちる。
〈異形の民〉の神が、空間を鋏で切り裂いてこちらの世界へ現れようとしていた。
アシュリンは考える。
このまま黙って見ていれば、やがてバルカインの本体が現れるだけ。攻撃するなら、すでに現れた脚を狙うしかない。
しかし、無防備なだけはあって、硬い殻に覆われた脚はとても頑丈で、剣の一撃は容易く弾き返されてしまう。
どこか弱点はないものか──見つめる先には、至極色をした蟹のような巨大鋏。
蟹……蟹……蟹……。
ふと、茹でた蟹を剥いて食べるレベッカを思い出した。
そのときの彼女は、とても器用に脚の関節をへし折って次々と食し、十人前を最後まで美味しそうにペロリと平らげた。それでもまだ足りなさそうだったので、ハルが自分の分を差し出したことを覚えている。
「そうか……蟹だ!」
「みゃ? カニ?」
「レベッカ、蟹と同じだ! 脚の関節を狙って攻撃をするんだ!」
指示を受けてすぐ、そびえる脚を見上げるレベッカ。「なーる」と不敵な笑顔でつぶやき、舌舐めずりをしてみせた。
そして、そこからが速かった。
俊敏に駆け抜けて間合いを詰めたレベッカは驚きの跳躍力で飛び上がり、気合いの雄叫びとともにブロードソードで一回ニ回三回と、硬度が弱い関節部分を的確に連続で斬りつけた。
「てぇやあああああああああ! てぇいいいいいい! うぉりゃああああああああああああッッッ!」
『グォォォォォォォォォォォォォ……!』
斬り落とすこそ叶わなかったが、長く伸びる巨大な脚がバランスを崩して揺らぐ。ダメージを与えられた証拠だ。
バルカインのうめき声は地上に着地したレベッカにもしっかりと聞こえていたようで、頭の三角耳の片方をピクンと一瞬だけ動かしてから、にやけた。
「ヘッ、ざまぁ!」
だが、それは彼女なりの強がりだった。
ブロードソードの刃は比較的やわらかい関節部分でも耐えられず、ところどころが欠けてしまっていたのだ。下手をすれば最悪、次の一撃で折れてしまうだろう。
「さすがだな、レベッカ! わたしも負けてられん……ハァァァァァァァァァァッ!」
「えっ? 姫さま!?」
両手で握るクラウザーソードを斜め下に構えながら、アシュリンは雄叫びを上げて走りだす。
だが、我々は忘れてはならない。
シャーロット・アシュリン・クラウザーは病弱な姫君、武術や運動すらいっさい習ったことなど無いことを。想像だけの剣技で、無謀にも暗黒神に立ち向かおうとしていたのだ。人はそれを、勇敢とは呼ばずに蛮勇と呼ぶ。
「ハッ!」
アシュリンが跳んだ。
もちろん、レベッカのように高くは跳べなかった。むしろ常人以下の跳躍力をみせてその場で跳ねただけで、すぐに着地して転んだ。
「い……痛ぅ……」
転んだ拍子に、右膝を擦りむいてしまった。横ずわりの姿勢で血がにじんだ膝小僧を押さえるアシュリンは、自分の未熟さに悔しくて涙までにじませた。
「姫さま、大丈夫かよ!? やっぱりあたしひとりで戦うから、その剣を貸してくれ!」
「…………わたしも戦いたい」
「ええっ……」
クラウザーソードを抱きしめて拒絶するその姿にもはや騎士団長の面影はなく、ひとりのわがままなプリンセスでしかなかった。
「バルカイン様! あなた様の忠実なる息子、ソンドレでございますッ! このときをお待ちしておりましたァァァ! 我ら〈マータルスの民〉をどうかお救いくださいッッッ!」
レベッカは、その大声でソンドレたちが近くにいることに初めて気づいた。ロセアもソンドレとオルテガを捕らえるべく駆け出してはいるが、視線の先はバルカインの様子を見つめていた。
「先ずは……あの蝿野郎からぶった斬ってやる!」
刃こぼれをしている武器でも十分な勝機を確信するレベッカは、仇敵に身体と殺意を向けた──次の瞬間、上空でときたま聞こえていた轟音がさらに大きく鳴り響き、ソンドレたちに迫っていたロセアめがけて巨大鋏が急降下で襲いかかる!
「せい、やぁっ!」
が、そんな攻撃に怯むこともなく、ロセアは華麗に大きく横へ跳んでかわす。
そしてさらに着地するまでの短い時間のあいだ、拳銃の形にした指先を地面に突き刺さった巨大鋏に狙いをつけて反撃までしてみせた。
『電撃魔連射弾!』
連射される青白い光の弾丸。
だが、バルカインは、世界屈指の電撃魔導師の魔力すらも無効化する。次々に光の弾丸の直撃を受けながらも、巨大鋏はノーダメージのまま上空へと戻っていったのだ。
「ほほう……やはり伝説の暗黒神サマには、もっと上級の電撃魔法じゃないと効かないか」
けれど、もしそれでも駄目だったら?
そのときは覚悟を決めるしかない。
軍帽を被り直して気を引き締めるロセアの瞳には、異空間から抜け出したバルカインの本体が映っていた。
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