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伽緒子ジャッジメント
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わたし、桜庭伽緒子は今、同級生の鈴原彩織さんに頼まれて、放課後の教室に残っている。
陽が傾きかけたこの密室に居るのは、わたしと鈴原さん、そして、もう1人──小森帆華さんの3人だけである。
これから行われるのは、鈴原さんと小森さんの話し合いだ。その場に立ち会ってほしいと、学級委員であるわたしは鈴原さんにそうお願いされた。
同じクラスとはいえ、わたしは2人と仲が良いわけじゃない。いくら学級委員でも、友達同士の話し合いにその都度呼び出されてはたまらないが、内容が内容なだけに、今回は引き受けたしだいである。
「あの……彩織ちゃん、どうして桜庭さんまで……ここに居るの?」
自分の席にすわったままの小森さんは、目の前に立つ鈴原さんとわたしの顔を不安そうな面持ちで交互に見上げながら訊ねた。
「あたしがお願いしたのよ。学級委員だし、第三者の視点で公平に判断してもらいたくてね」
そう説明しながら腕を組む鈴原さん。眉間に縦皺が一瞬だけ浮かんで消えた。
「そう……なんだ」
気圧された小森さんは少しだけうつむくと、背中も少しだけ丸める。はたから見れば可哀想なそんな仕種も、鈴原さんとわたしの心には何も響かなかった。
なぜなら彼女は、許されざる罪を犯したのだから。
「そんなことよりもさ、帆華……なんの話かわかってるよね?」
「……えっと、なにかな?」
「とぼけないでよ!」
「鈴原さん」
怒鳴り声と同時に、机の天板を両手で強く叩いた鈴原さんの片腕にそっと触れる。
話し合いに暴力は要らない。感情的にならないようにと、わたしを呼んだのは正解だった。
「きょうの彩織ちゃん、なんか怖いよ……」
「あんたが怒らせたんでしょうが……フゥゥゥ……それじゃあさ、ハッキリ言わせてもらうけど、このあいだ家へ遊びに来た時に盗った物を返しなさいよ」
鈴原さんと小森さんの話し合いの理由──それは、窃盗事件だった。
未成年者でも、窃盗は立派な犯罪だ。わたしがこの話し合いに介入する決意をしたのも、出来るだけ事を穏便に解決したかったからである。
それと、理由はもうひとつあって……
しばらくの沈黙のあと、小森さんがうつむいたまま消え入りそうな涙声で答える。
「わたしじゃない……わたし、なにも盗ってない……」
横目で鈴原さんを見れば、ちょうど視線が合った。
「いくら誤魔化しても無駄だって。ここ最近であたしの部屋に入ったの、お母さんと帆華だけだし。犯人がお母さんのわけない。だから必然的に、帆華しかいないのよ」
「ねえ鈴原さん、泥棒の可能性は?」
「真っ先に部屋の窓とかドアを念入りに調べたけど、どこも壊れてなかった。あたしだって親友を疑いたくはないけどさ、消去法でいくと、帆華しかいないのよ」
あらためて2人して小森さんを見下ろす。
ひどくストレスを感じているのか、いまだに顔を伏せたまま、肩を震わせていた。
「わたし……じゃない……パンツなんて盗ってない……」
か細くて聞き取り難い声でも、その言葉をわたし達は聞き逃さなかった。
「帆華……あたし『パンツが盗られた』なんて言ってないんですけど? どうして盗まれた物が下着だって知ってるのよ?」
そう問い質された直後、小森さんの身体の震えがピタリと止まる。
残念ながら、やはり彼女が窃盗犯のようだ。
わたしが立会人を引き受けた理由のひとつ、それは、盗まれた品物がパンツだったからだ。
異性ならまだしも、どうして同性の下着泥棒なんてするのか。場合によっては、単なる窃盗事件だけでは済まされない。彼女個人の、セクシュアリティに踏み込む問題にまで発展するだろう。
「ちょっと帆華、黙ってないで答えて!」
「……が……無かったから……」
「え? なに? 声がちいさ過ぎて聞こえないんですけど」
「お金が無くって、パンツが買えなくって……それで……ごめんね、彩織ちゃん……」
小森さんは下を向いたままだったけれど、その表情は紅く染まった耳朶と涙声から容易に想像が出来た。
さて、困ったぞ。
学制服を着ているため、見た限りではパンツが買えないほど生活が困窮しているのかは判断が難しい。けれども鈴原さんは、
「そんな見え透いた嘘、誰が信じるのよ!?」と怒りをあらわにして大声でふたたび叫ぶ。
この問題を穏便に済ませるためにも、鈴原さんには冷静になって対応をしてもらわなければならない。
わたしは、なるべく和やかな口調で小森さんに話しかける。
「小森さん、とりあえずその……盗んだ下着を返してくれないかな? 鈴原さんも、そうしてほしいよね?」
鈴原さんを見れば、怒りがまだ収まらない様子で顔も鬼のように真っ赤だった。それでもまだ理性は残っているようで、唇を一文字にして大きくうなずいてくれた。けれども、小森さんは──
「……いま穿いてるんで、すぐには返せません」
ほほう、そうきたか。
彼女の言い分だと、お金が無くてパンツを盗んだ事になる。だから、穿いていても不思議ではない。道理としては。
ただし、もしそうでないのなら──生活苦が動機でないのなら、小森さんは真性のド変態でしかない。
だけど、それをこの場でどうやって証明する?
隣を見れば、鈴原さんは困惑していた。まあ、当然の反応だろう。
やがて、数秒遅れてこちらに気づいた彼女が『どうする?』と言いたげな表情をみせた。いや、それはわたしが決める事じゃないし。
でも、学級委員として立ち会ったからには無視するわけにもいかない。
わたしは大きな賭けに出た。
「小森さん、ちょっと立ってくれる?」
「えっ……あ、はい」
静かな教室に椅子の動く音が響く。
久しぶりに顔を見せてくれた小森さんの頬は涙で濡れていた。
「ありがとう。じゃあそのまま今度は、スカートをたくし上げて」
「!?」
卑猥な命令に、小森さんだけでなく鈴原さんも驚いていた。
「どうしたの? 恥ずかしくて出来ない? でも、いま穿いているのは鈴原さんのパンツなんでしょ? それとも、持ち主に見せられない穿き方でもしてるとか?」
「そ、そんなことしてません!」
「なら早く見せてよ」
「ちょ……桜庭さん、やり過ぎだって!」
慌てて鈴原さんがわたしの腕を引っ張って制止する。
「……確認しなくていいの?」
「う、うん。いいよ、もう。帆華が大切に穿いてくれてるなら、それでいい。あげるよ、あたしのパンツ」
「彩織ちゃん……」
どうやらわたしの思惑どおり、この事件は穏便に済みそうだ。
真相を気にしてはならない。深追いは禁物。
何事も平和がいちばん。
わたしはあくまで、学級委員として立ち会っただけ。
一個人のセクシュアリティを暴く事が目的ではないのだから……
「1枚だけで足りてる? ブラもあげようか?」
「うん……ありがとう彩織ちゃん。できれば、捨てようとしてるのが欲しいかな……」
陽が傾きかけたこの密室に居るのは、わたしと鈴原さん、そして、もう1人──小森帆華さんの3人だけである。
これから行われるのは、鈴原さんと小森さんの話し合いだ。その場に立ち会ってほしいと、学級委員であるわたしは鈴原さんにそうお願いされた。
同じクラスとはいえ、わたしは2人と仲が良いわけじゃない。いくら学級委員でも、友達同士の話し合いにその都度呼び出されてはたまらないが、内容が内容なだけに、今回は引き受けたしだいである。
「あの……彩織ちゃん、どうして桜庭さんまで……ここに居るの?」
自分の席にすわったままの小森さんは、目の前に立つ鈴原さんとわたしの顔を不安そうな面持ちで交互に見上げながら訊ねた。
「あたしがお願いしたのよ。学級委員だし、第三者の視点で公平に判断してもらいたくてね」
そう説明しながら腕を組む鈴原さん。眉間に縦皺が一瞬だけ浮かんで消えた。
「そう……なんだ」
気圧された小森さんは少しだけうつむくと、背中も少しだけ丸める。はたから見れば可哀想なそんな仕種も、鈴原さんとわたしの心には何も響かなかった。
なぜなら彼女は、許されざる罪を犯したのだから。
「そんなことよりもさ、帆華……なんの話かわかってるよね?」
「……えっと、なにかな?」
「とぼけないでよ!」
「鈴原さん」
怒鳴り声と同時に、机の天板を両手で強く叩いた鈴原さんの片腕にそっと触れる。
話し合いに暴力は要らない。感情的にならないようにと、わたしを呼んだのは正解だった。
「きょうの彩織ちゃん、なんか怖いよ……」
「あんたが怒らせたんでしょうが……フゥゥゥ……それじゃあさ、ハッキリ言わせてもらうけど、このあいだ家へ遊びに来た時に盗った物を返しなさいよ」
鈴原さんと小森さんの話し合いの理由──それは、窃盗事件だった。
未成年者でも、窃盗は立派な犯罪だ。わたしがこの話し合いに介入する決意をしたのも、出来るだけ事を穏便に解決したかったからである。
それと、理由はもうひとつあって……
しばらくの沈黙のあと、小森さんがうつむいたまま消え入りそうな涙声で答える。
「わたしじゃない……わたし、なにも盗ってない……」
横目で鈴原さんを見れば、ちょうど視線が合った。
「いくら誤魔化しても無駄だって。ここ最近であたしの部屋に入ったの、お母さんと帆華だけだし。犯人がお母さんのわけない。だから必然的に、帆華しかいないのよ」
「ねえ鈴原さん、泥棒の可能性は?」
「真っ先に部屋の窓とかドアを念入りに調べたけど、どこも壊れてなかった。あたしだって親友を疑いたくはないけどさ、消去法でいくと、帆華しかいないのよ」
あらためて2人して小森さんを見下ろす。
ひどくストレスを感じているのか、いまだに顔を伏せたまま、肩を震わせていた。
「わたし……じゃない……パンツなんて盗ってない……」
か細くて聞き取り難い声でも、その言葉をわたし達は聞き逃さなかった。
「帆華……あたし『パンツが盗られた』なんて言ってないんですけど? どうして盗まれた物が下着だって知ってるのよ?」
そう問い質された直後、小森さんの身体の震えがピタリと止まる。
残念ながら、やはり彼女が窃盗犯のようだ。
わたしが立会人を引き受けた理由のひとつ、それは、盗まれた品物がパンツだったからだ。
異性ならまだしも、どうして同性の下着泥棒なんてするのか。場合によっては、単なる窃盗事件だけでは済まされない。彼女個人の、セクシュアリティに踏み込む問題にまで発展するだろう。
「ちょっと帆華、黙ってないで答えて!」
「……が……無かったから……」
「え? なに? 声がちいさ過ぎて聞こえないんですけど」
「お金が無くって、パンツが買えなくって……それで……ごめんね、彩織ちゃん……」
小森さんは下を向いたままだったけれど、その表情は紅く染まった耳朶と涙声から容易に想像が出来た。
さて、困ったぞ。
学制服を着ているため、見た限りではパンツが買えないほど生活が困窮しているのかは判断が難しい。けれども鈴原さんは、
「そんな見え透いた嘘、誰が信じるのよ!?」と怒りをあらわにして大声でふたたび叫ぶ。
この問題を穏便に済ませるためにも、鈴原さんには冷静になって対応をしてもらわなければならない。
わたしは、なるべく和やかな口調で小森さんに話しかける。
「小森さん、とりあえずその……盗んだ下着を返してくれないかな? 鈴原さんも、そうしてほしいよね?」
鈴原さんを見れば、怒りがまだ収まらない様子で顔も鬼のように真っ赤だった。それでもまだ理性は残っているようで、唇を一文字にして大きくうなずいてくれた。けれども、小森さんは──
「……いま穿いてるんで、すぐには返せません」
ほほう、そうきたか。
彼女の言い分だと、お金が無くてパンツを盗んだ事になる。だから、穿いていても不思議ではない。道理としては。
ただし、もしそうでないのなら──生活苦が動機でないのなら、小森さんは真性のド変態でしかない。
だけど、それをこの場でどうやって証明する?
隣を見れば、鈴原さんは困惑していた。まあ、当然の反応だろう。
やがて、数秒遅れてこちらに気づいた彼女が『どうする?』と言いたげな表情をみせた。いや、それはわたしが決める事じゃないし。
でも、学級委員として立ち会ったからには無視するわけにもいかない。
わたしは大きな賭けに出た。
「小森さん、ちょっと立ってくれる?」
「えっ……あ、はい」
静かな教室に椅子の動く音が響く。
久しぶりに顔を見せてくれた小森さんの頬は涙で濡れていた。
「ありがとう。じゃあそのまま今度は、スカートをたくし上げて」
「!?」
卑猥な命令に、小森さんだけでなく鈴原さんも驚いていた。
「どうしたの? 恥ずかしくて出来ない? でも、いま穿いているのは鈴原さんのパンツなんでしょ? それとも、持ち主に見せられない穿き方でもしてるとか?」
「そ、そんなことしてません!」
「なら早く見せてよ」
「ちょ……桜庭さん、やり過ぎだって!」
慌てて鈴原さんがわたしの腕を引っ張って制止する。
「……確認しなくていいの?」
「う、うん。いいよ、もう。帆華が大切に穿いてくれてるなら、それでいい。あげるよ、あたしのパンツ」
「彩織ちゃん……」
どうやらわたしの思惑どおり、この事件は穏便に済みそうだ。
真相を気にしてはならない。深追いは禁物。
何事も平和がいちばん。
わたしはあくまで、学級委員として立ち会っただけ。
一個人のセクシュアリティを暴く事が目的ではないのだから……
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