ここがケツバット村

黒巻雷鳴

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ここがケツバット村

【田中麻美、浅尾真綾(1)】

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 真綾は目を覚ましたはずなのだが、ここはまだ夢の中なのかと錯覚するほど部屋は薄暗く、そして静かだった。
 身を起こしかけた直後、臀部に強い痛みが走り、両足首に取り付けられた金属の足枷にも気づく。
 旅館での出来事が走馬灯のように思い出され、真綾は恐怖のあまり吐きそうになってしまったが、空腹のためなのか、胃酸が上がってきただけで無事になんとか治まった。
 咳き込みながら、まわりを見てみる。
 波板のトタン壁に背を預けてすわり、顔を伏せている1人の女性がそこに居た。
 最初は誰なのかわからなかったが、薄暗さに目が慣れてくると、その服装に真綾は見覚えがあった。

「麻美さん……麻美さん……」声をひそめて何度も名前を呼ぶ。

 この部屋の様子と取り付けられた足枷を見れば、自分たちがとらわれの身となっていることは明らかだった。とにかく、ここから一刻も早く逃げ出さなければ──真綾の声にようやく気づいた麻美がゆっくりと顔を上げる。

「やだ……あたしったら、寝てたみたい」

 はにかみながら笑顔で話す麻美に、緊張感で張り裂けそうだった真綾の心は、少しだけホッとした。

「真綾ちゃん、大丈夫?」
「はい。お尻が……メッチャ痛いですけど、ほかは大丈夫です。麻美さんこそ、怪我とか大丈夫ですか?」
「あたしもお尻が痛いけど、今は首のほうが痛いかな。あっ、それと、キンキンに冷えたビールが飲みたいかも!」

 麻美は目をつぶってジョッキを飲み干す仕草をし、さらに続けて「プハーッ!」美味しそうに口元を豪快に拭ぐって見せた。
 その様子に真綾が思わず笑いだすと、麻美もつられて笑いだす。部屋の陰鬱な雰囲気が、ほんの一時だけ明るくなった。

「ねえ、麻美さん。わたしたち……これからどうなるのかな……」
「うーん……アイツらの赤黒い目ん玉、真綾ちゃんも見たでしょ?」

 真綾が無言でうなずく。

「村の人たち、普通フツー人間ヒトだったのにサイレンが鳴ってから狂暴になっちゃってさ……理由はもちろんわからないけれど、絶対にあれは真面まともじゃない。だから、あたしたちを捕まえたのは、お金が目的じゃないと思うんだよね」

 麻美の仮説に真綾も同意ができた。正気とは思えない村人たちの凶行が金銭目的とはとても思えなかったし、真綾も孝之の家も富裕層ではない。とすれば、いったい目的はなんなのであろうか?

「とにかくさ、何をされるかわからないし、早くここを逃げ出さないとね」
「そうですね! でも……どうやって……」

 麻美はあらためて部屋を見てみるが、出入りが出来そうなのは目の前の鉄格子だけだった。
 恐る恐る触れてみる。錆びてはいるものの、鉄格子はとても頑丈で、ねじ曲げたり折ったりすることは不可能だろう。扉部分もしっかりと施錠がされていた。

「……やっぱ無理か。こうなったら、何かの理由でここから出された時に逃げるしかないわね」

 そうなると、この足枷は邪魔だ。麻美はうらめしそうに、金属製の拘束具に細い指先で触れる。冷たいはずのそれは、心なしか生暖かく感じられた。
 足枷は両足首にピッタリとめられていて、こぶしひとつ分の長さの鎖で繋がっていた。鍵穴なのか、側面には穴がひとつある。
 その穴を人差し指で撫でながら、何か細い金属でもあればこの鍵穴を開けられるかもしれないと、麻美は考えた。

「ねえ、真綾ちゃん。ヘアピンか何か、硬くて細い物って持ってるかな?」
「ヘアピンはしてないです……すみません」真綾は申し訳なさそうに苦笑いをした。

 硬くて細い物……真綾は念のためにショートデニムパンツのポケットをまさぐる。うしろの右ポケットに、部屋番号のプレートが半分折れた旅館の鍵が入っていた。

「麻美さん、これって使えますか?」

 差し出された鍵を受取った麻美は、まじまじと眺めてから「まさかね」と言って自分の足枷の鍵穴に差し込んでみた。先端部分だけ入りはしたが、それ以上の進展は無かった。
 すると鉄格子の向こうのほうで、扉が開くような物音がした。すぐさま、麻美は盾となって真綾を自分の背中で隠す。

「大丈夫よ、真綾ちゃん。絶対にあたしが守ってみせるから」

 気丈につぶやき、鉄格子の先をにらみつける。
 麻美の肩を掴んでおびえる真綾も、近づく気配のぬしをとらえようと懸命に見つめた。

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