ここがケツバット村

黒巻雷鳴

文字の大きさ
24 / 56
ここがケツバット村

【田中麻美、浅尾真綾(4)】

しおりを挟む
 鉄格子から死角になっていた通路側には、ほこりを被った工具類や見たこともない大小様々な鉄屑てつくずが壁際に寄せてあり、ひび割れた床タイルが目立つ廊下の上にも錆びた金属部品がいくつか落ちていた。
 先導している女がすぐ隣の部屋へ入ったので、麻美と真綾も後に続いて中へ入る。
 そこは6畳ほどの狭いロッカー室で、辺りにはえたにおいが漂っていた。
 女は壁際に並ぶ古びたロッカーのひとつに止まり、無言のまま扉を開ける。中から小さい鍵の束を取り出すと、やはり無言のまま、鍵の束を麻美のそばに立つ真綾にそっと差し出した。
 それを受け取った真綾は、その場でしゃがみ込んで麻美の足枷を外してから自分の足枷も外した。その間、麻美はバットを持つ手をちらつかせて女を警戒していたが、女は何も喋らずに真綾の様子をただじっと見下ろしていた。

「ねえ、あんたさぁ」

 話しかけられても、女は真綾を見つめ続けている。

「この村の人間じゃないよね?」
「えっ?」

 麻美の言葉に、真綾は思わず声を出して立ち上がる。
 女は真綾が立ち上がっても、視線を床に向けたままだった。そして静かに、抑揚のない小さな声で「ええ、そうよ」と、囁くように答えた。

「わたしは……あなたたちと同じ。ケツバット村に訪れた観光客の1人なのよ」

 真綾は、麻美と視線が合うと息を呑んだ。女は淡々と、だが、しっかりとした口調で語り続ける。

「半年前、わたしは大学のサークル仲間たちと一緒にこの村へ旅行に来たの。最初はなんの問題もなく、村の人とみんな楽しく過ごせていたわ。だけど……だけど……」

 やがて女の声は、感情を現して震えだす。それに比例して、女の顔の血の気が徐々に失せていった。

「サイレンが…………あのサイレンの音が、突然村中に鳴り響いて……それで…………それで、わたしたちは逃げて……」

 伏せ顔をさらに両手で覆い隠す。指の隙間からは、女の涙がぽろぽろと流れ落ちた。

「逃げたけどダメで、みんなダメで、わたしだけになって……がんばって走ったけど、森で捕まって…………それでアイツらに……アイツらが……わたしを無理矢理に…………」

 女は古びたロッカーを背に、床へと泣き崩れ落ちる。そして、命が宿る腹を一撫でし、さらに声を上げて号泣した。
 語られた女の悲話──ロッカー室の空気と温度が、季節は真夏だというのに、まるで凍りついたかのように寒々しく一変する。

(この村が……ケツバット村が、そんな悪魔の巣だったなんて……!)

 真綾は、これまでの酷い精神的緊張ストレスとロッカー室の饐えたにおいも相まって胃酸が逆流し、その場にすわり込んで透明な体液を吐き出した。

「サイレンが鳴るまえって、村人は正気なの? それとも、善人ぶってるだけなの?」

 咳き込む真綾の背中をさすりながら、麻美は女に訊いた。

「わかんない…………わかんないけど、目の色が元に戻ったら……みんなまた、わたしを優しく扱ってくれる」

 女の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

「その時に、この村から逃げようとしなかったの?」

 女は泣き顔をゆっくり左右に振り、

「わたしが妊娠するまで、あの牢屋に監禁されてたから」

 今にも消えそうな声で、涙ながらにそう答えた。
 麻美は目を瞑り、深い溜め息をつく。やがて、凛とした表情で両目を見開いた。

「真綾ちゃん、立てそう?」
「はい……もう大丈夫です」

 真綾を支えながら立たせ、肩越しに女を見る。

「ねえ、一緒に逃げよう。いま逃げないと、一生この村から出れないよ?」

 麻美の言葉に女は静かに顔を上げ、鼻水と涙で汚れる口角を緩める。

「逃げる? 何から逃げるの? わたし、もうすぐお母さんになるのよ?」

 先ほどまでとは違い、達観した面持ちになった女は自分の腹を見つめると、愛しそうに撫でまわして穏やかな笑顔をつくった。

「…………そう。真綾ちゃん、行こう」
「お母さんよ? お母さんになるのよ、わたし。あはははは! あはははははははは!」

 女の笑い声に送られながら、麻美は真綾を連れてロッカー室を後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

処理中です...