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それから数日後の朝。
校舎裏の紫陽花の前に、あの少女がいた。
紫陽花に顔を近づけた前屈みの姿勢──あのときのわたしと同じ姿で、こちらに背をむける少女。
そのとき、なぜかわたしは、ごく自然にリュックサックを下ろしてスマホを取り出そうとしていた。
今度は仕返しをしてやる。そんなことをするキャラじゃないのに、不思議とそう考えて、それを実行しようとしていた。
ゆっくりと近づき、スマホのカメラ機能を起動させる。
胸の高鳴りが止まらない。
久し振りのいたずらだ。
「ねえ!」
興奮のせいか、思わず大きな声が出る。
──カシャッ!
思惑どおり、急な呼びかけに振り向いた彼女の撮影に成功した。
「あっ、すごいすごい! マジで最高傑作が撮れちゃった!」
朝日にきらめく紫陽花と、わたしが行きたかった私立女子中学校の制服を着た少女。
それは、学校紹介のパンフレットやホームページに掲載されてもおかしくないくらいに良く撮れた写真だった。
けれども、大喜びするわたしとは対照的に、彼女の濃くて綺麗な焦茶色の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちてゆく。
「……え? やだ…………なんで泣いてるのっ!?」
おどろいたわたしは、スマホの画面を閉じるのも忘れて駆け寄り、彼女の左肩に無意識で触れていた。
あまりにも突然の出来事で(と言っても、自分が仕出かしたことだけど)わたしも泣きそうになる。
「ごめんね! 違うの、違うの! ほんとうにごめんね!」
必死になって謝るわたしを見つめていた彼女は、とうとうポロポロと涙をあふれさせ、仕舞いには号泣してしまった。
「あー! やだ、ごめんごめん、ごめんなさい! ほんとにごめんなさいっ!」
どうしたらいいのか、まったくわからない。困り果て、さらに必死にもなって、ただひたすら謝り続けることしかできない。頭のなかがパニック状態だ。
きっかけは、無許可の写真撮影。
しかも、自分がされて怒ったことを、今度は自分がしてしまった結果が、これだ。
ああ、どうして……なんでこうなったんだろう?
そうだ。
彼女が紫陽花の前にいて──だけど、何をしていたんだろう?
ああ、そうか。
わたしが、あのときしていたように、紫陽花の香りを確かめたかったのかもしれない。
そんな思いをめぐらせながら途方に暮れていると、彼女は急に泣き止んだ。
「アハ、ははははは……うふふ、あははっ!」
泣き止んだ彼女は、今度は狂ったように笑い始める。
まさか……気でもふれたの?
わたしは、とんでもないことをしてしまった。
ひとりの人間の心を、人生を、壊しちゃった!
「あははは……嘘だよ、嘘泣き。どう? うまいでしょ」
「え? 嘘泣き?」
彼女の言葉を信じるなら、すべてが演技ってことになる。もしそうなら、オスカー女優顔負けの演技力だ。でも、そんなふうにはとても見えなかったけど──すると彼女は、呆然とするわたしの片手からスマホをサッとたやすく奪い取った。
「ほんとだ。マジでうまく撮れてるじゃん」
写真を満足そうに眺める顔はほんのりとまだ赤く、下睫毛に残された涙の粒も宝石のようにきれいだ。時々スンスン鼻を鳴らすのも、じゅうぶん同情を誘える仕草だった。
「……ねえ、ほんとうに嘘泣きだったの?」
「うん。そうだよ」
わたしの問い掛けに素っ気なく答えた彼女は、そのまま勝手にスマホをいじり始める。もしかしたら、電話帳か画像のフォルダを見ているのかもしれない。
「ちょっと!? 返して!」
我に返ったわたしは、今度はスマホを取り返そうと必死になっていた。
「ふーん。野良猫に青空に花の写真かぁ。とくにエロいのはないね」
「あるわけないじゃん! ねえ、返してよ!」
無事にスマホを取り返して彼女を睨みつけてやったけど、そのあとは言葉が何も続かなかった。
「……さよなら」
とにかく、別れの言葉を告げながら、スマホをリュックサックにしまって学校へ向かう。
いったい少女は何者なの?
最近になって見かけるようになったことを考えると、新入生か転入生なのかもしれない。
いずれにせよ、登校時間をずらそうと、わたしは心に強く誓った。
校舎裏の紫陽花の前に、あの少女がいた。
紫陽花に顔を近づけた前屈みの姿勢──あのときのわたしと同じ姿で、こちらに背をむける少女。
そのとき、なぜかわたしは、ごく自然にリュックサックを下ろしてスマホを取り出そうとしていた。
今度は仕返しをしてやる。そんなことをするキャラじゃないのに、不思議とそう考えて、それを実行しようとしていた。
ゆっくりと近づき、スマホのカメラ機能を起動させる。
胸の高鳴りが止まらない。
久し振りのいたずらだ。
「ねえ!」
興奮のせいか、思わず大きな声が出る。
──カシャッ!
思惑どおり、急な呼びかけに振り向いた彼女の撮影に成功した。
「あっ、すごいすごい! マジで最高傑作が撮れちゃった!」
朝日にきらめく紫陽花と、わたしが行きたかった私立女子中学校の制服を着た少女。
それは、学校紹介のパンフレットやホームページに掲載されてもおかしくないくらいに良く撮れた写真だった。
けれども、大喜びするわたしとは対照的に、彼女の濃くて綺麗な焦茶色の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちてゆく。
「……え? やだ…………なんで泣いてるのっ!?」
おどろいたわたしは、スマホの画面を閉じるのも忘れて駆け寄り、彼女の左肩に無意識で触れていた。
あまりにも突然の出来事で(と言っても、自分が仕出かしたことだけど)わたしも泣きそうになる。
「ごめんね! 違うの、違うの! ほんとうにごめんね!」
必死になって謝るわたしを見つめていた彼女は、とうとうポロポロと涙をあふれさせ、仕舞いには号泣してしまった。
「あー! やだ、ごめんごめん、ごめんなさい! ほんとにごめんなさいっ!」
どうしたらいいのか、まったくわからない。困り果て、さらに必死にもなって、ただひたすら謝り続けることしかできない。頭のなかがパニック状態だ。
きっかけは、無許可の写真撮影。
しかも、自分がされて怒ったことを、今度は自分がしてしまった結果が、これだ。
ああ、どうして……なんでこうなったんだろう?
そうだ。
彼女が紫陽花の前にいて──だけど、何をしていたんだろう?
ああ、そうか。
わたしが、あのときしていたように、紫陽花の香りを確かめたかったのかもしれない。
そんな思いをめぐらせながら途方に暮れていると、彼女は急に泣き止んだ。
「アハ、ははははは……うふふ、あははっ!」
泣き止んだ彼女は、今度は狂ったように笑い始める。
まさか……気でもふれたの?
わたしは、とんでもないことをしてしまった。
ひとりの人間の心を、人生を、壊しちゃった!
「あははは……嘘だよ、嘘泣き。どう? うまいでしょ」
「え? 嘘泣き?」
彼女の言葉を信じるなら、すべてが演技ってことになる。もしそうなら、オスカー女優顔負けの演技力だ。でも、そんなふうにはとても見えなかったけど──すると彼女は、呆然とするわたしの片手からスマホをサッとたやすく奪い取った。
「ほんとだ。マジでうまく撮れてるじゃん」
写真を満足そうに眺める顔はほんのりとまだ赤く、下睫毛に残された涙の粒も宝石のようにきれいだ。時々スンスン鼻を鳴らすのも、じゅうぶん同情を誘える仕草だった。
「……ねえ、ほんとうに嘘泣きだったの?」
「うん。そうだよ」
わたしの問い掛けに素っ気なく答えた彼女は、そのまま勝手にスマホをいじり始める。もしかしたら、電話帳か画像のフォルダを見ているのかもしれない。
「ちょっと!? 返して!」
我に返ったわたしは、今度はスマホを取り返そうと必死になっていた。
「ふーん。野良猫に青空に花の写真かぁ。とくにエロいのはないね」
「あるわけないじゃん! ねえ、返してよ!」
無事にスマホを取り返して彼女を睨みつけてやったけど、そのあとは言葉が何も続かなかった。
「……さよなら」
とにかく、別れの言葉を告げながら、スマホをリュックサックにしまって学校へ向かう。
いったい少女は何者なの?
最近になって見かけるようになったことを考えると、新入生か転入生なのかもしれない。
いずれにせよ、登校時間をずらそうと、わたしは心に強く誓った。
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