1 / 6
先の王の死
しおりを挟むふと、自身の手が震えていることに気づく。
長きにわたる魔王の不在に、いっそのこと私自身がその椅子に座そうかと企んだこともあった。あるいは、新しき魔王に相応しき力なければ、その首うち落とし自身が成り代わろうかとも。
それだけの野心と、それを適えるだけの器量は持ち合わせているつもりでいた。
千年の間、空席であった玉座。
主なく冷え切ったであろうその黒檀に、今日この日再び熱が宿った。
名のある魔物どもを、その力をもってしてねじ伏せ。
彼は、魔物の頂き魔王の座にたどり着いた。
逞しき体躯からは、オーラが黒き靄のように立ち昇り。その輪郭を霞ませている。
しかし、その圧倒的存在感に。彼がいま、そこにおわすことを誰一人として疑うことはないだろう。
ほどなく、人類にも彼の即位が伝わるであろう。
彼が魔王として君臨する限り、魔族たちの悲願である滅びと嘆きにあふれる世界が必ずや訪れ、人々は恐怖に打ち震え夜毎震えて過ごすこととなるのだ。
意図せず、震えた手が剣の鞘に触れた。その冷たさに、私は吃驚し思わず拳を強く握りこんでしまう。手のひらに爪がくいこみ、血がにじむ。
何が、相応しくなければその首うち落とす駄。固く閉ざされ言うことを聞かぬ拳で、いかに剣の柄が握れようか。
私の、愚かな野心は本物の魔王と対峙することで霧散してしまったのだ。
彼と、剣を交えれば私は確実に死ぬ。
いや、死すらを超える苦しみをこの身に刻まれるであろう。
鞘より、剣を抜くことができない。そもそも、彼と戦う意思が湧かないのだ。もし許されるのであれば、いますぐ裸足で逃げ出したいほどだ。
御伽噺でしか知らぬ、伝説の恐怖がいま私の目の前にあるのだ。
そんな私の葛藤を見抜いてか、魔王はくつくつと笑い目を細めた。
「安心しろ、とって食おうとは思わん。だが、些か無礼ではあるな」
「申し訳ございません。我が一族は、礼より先に剣を学ぶ故」
「それで、貴様は誰だ」
「我らは、魔王の座を見守ることを宿命づけられた一族でございます」
「なんとも、けなげな一族だな。しかし、答えにはなっておらぬ。我が問うたは、貴様のことよ」
魔王からの問いかけに、私は自らの役目を思い出した。
なぜ、私はここにいるのか。それは、三千世界に蔓延る影を確かなものとするため。
それは、魔王が世界の敵と為らんとするのを助けるため。
まずは、語らねばならぬ。
一族に伝わる、先の世の魔王と勇者の戦いを。
「私は、一番槍にして語り部。先代魔王の最期を、お伝えするべく御前におります」
魔王は、私の口上にしばし前のめりとなった。
「人に滅ぼせられし、先の王。我は、彼奴を惰弱であったとは思わぬ。それほどに、魔王の座は遠く果てなき高みにあった」
その御身姿に、私は改めて確信する。
既に、天下に並ぶもの無き力を携えながら、それでもなお先に学ぼうという姿勢。
今上の魔王は、傲りや慢心とは無縁であるのだ。
なれば、新たな王はかつての王より遥かに強いだろう。
この勤勉なる魔王を、打ち倒す隙など一寸ほどありはすまい。
しかし、そもそも魔王とはそうあらねばならない。そうでなくては、我らが欲する魔王足り合えない。
そのためだけに、我ら一族は語りを紡いできたのだから。
「勇者に生なし、勇者に死なし。
先王、幾たびも勇者の首を撥ね、胴を螺旋きり、頭顱を擂り潰し。
その眼を飲み、皮を剥ぎ、腸を喰らった。
されど勇者怯むことなく漸進す。
かの者に恐れなし。喜んで命差し出す者なり。
勇者、死す度、力を得。
遂には先王の戟を躱し、その肌に擦疵を刻む。
次いで指を堕とし、肉を削ぎ、その切っ先が喉を貫き申す。
勇者、侮るべからず。
かの者に、久遠の死を与う」
魔王の喉が、低く鈍く唸った。
「我が一族に伝わる、魔王の最期にございます。口伝故、委細わかりませぬが、かつての勇者は蘇生魔法が使えたものと我らは解しております」
「馬鹿な」
「なぜ、否定できましょう」
「魔法とは、世界の理を超え奇蹟を現出する術。
邪法、魔法と呼ばれる所以はそれだ。
だが、その魔法をもってしても失われた命には触れられぬ。
それが、理外の術、唯一の理なのだ」
「勇者は、女神の加護を受けていたと聞きます。神の力をもってしても不可能でしょうか?」
「ふむ、神もまた理外の存在。ならばあるいは―――。あいや、確かに人間が先の王を討ち取ったという事実を知れたのみで充分」
「一族に伝わる物語。王の力添えとなりましょうや」
「うむ、よくぞ千年の長きにわたり伝えたものよ。大儀であった。
時に、貴様は己をもって一番槍と申したな。ならば、早速その槍振るうがよい」
魔王は、嫣然と立ち上がりその右手を前へとかざした。
「我は魔王。全てを擂り砕き、打毀し、滅尽せし存在。
光を闇に、希望を絶望に。罪を賞に、生を死に。ハライソを地獄に。悉くを覆し、万物を翻せ。
王の名のもとに命ずる。
フィンブルヴェト大いなる冬の使徒として、その先駆けと成れ」
その豪然たる声明に、私の拳は震えを止めた。
魔王の御手と、淀みなき眼が指し示す敵は人類。
かの者は、その口舌の全てを世に現出せしめるであろう。
これは決して、夢や願望といった幽かなものではない。
魔王の、魔族たちの宿願がいまここに成就する。
胸中より恐怖が立ち消え、熱と力が沸き上がる。
そうか。これが、我ら一族が血に宿し魂に刻まれた力。
ならば今こそ。
新たに後世に語られる伝説が、幕を開くのだ。
0
あなたにおすすめの小説
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる