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2章 夏
28話
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「羽衣、なにしてるの?」
小走りで近づき、心美が声をかけると、羽衣ちゃんは僕らに視線を向ける。
心美ちゃん、むとー、と小さな声で彼女は言う。近くにいたのに、羽衣ちゃんも僕らの存在には気づいていなかったみたいだ。
「こえがね、聞こえるんだ」
「声?」
「うた、なのかなあ。さいきんずっと考えごとしてて、ぐるぐる考えてたら、川から聞こえてくるようになったの」
「クジラの唄だね」
心美は嬉しそうに僕を見た。
わたしの言っていることは嘘じゃないでしょ、というような顔だ。
僕がずっと努力をしてきたのに、羽衣ちゃんに抜かれてしまうとは・・・となぜか負けた気分になる。
「羽衣ちゃん、こんな唄?」
僕は携帯をとりだして動画を検索すると、羽衣ちゃんに聞かせる。春に永井が流したものとおなじ動画だ。
「そうそう、これ」
仮説1 心美が聞いた音はクジラの歌声ではない
この説はもう破棄しなければならないのかもしれない。書店にもどったら永井と由紀に話してみよう。羽衣ちゃんはまだ幼いけれど、賢くて説得力のある小学生なのだ。
僕や永井、由紀にはまだ聞こえないけれど、この女の子たちには聞こえている。さすがに二人に聞こえているとなると、存在するものとして本気で考えていかないといけない。
「羽衣ちゃん、書店に帰ろっか。店長が心配しているよ?」
「うん・・・」
うん、と言うものの羽衣ちゃんはその場から動こうとしない。
なにかを話したいのに、話すことをためらっているような、そんな顔をしている。
「羽衣、聞くよ。話してみなよ」
羽衣ちゃんは思いつめたような顔をして、僕と心美の顔を交互に見る。
最近元気がない原因を話してくれるのかもしれない、と思い僕らは羽衣ちゃんを挟むようにして石段に腰をかける。
羽衣ちゃんが僕の左手を握った。彼女の左手をちらっとみると、心美の右手も握っていた。彼女の小さな手からは、小学生らしい温かな体温がつたわる。
「わたしほんとうは、生まれてきちゃいけなかったのかも」
羽衣ちゃんはゆっくりと呟いた。
発した瞬間に消えてしまいそうなほどに、小さな声で。
どういう意味?と心美が尋ねる。
「わたしのおかあさんはね、わたしのせいで死んでしまったの。おかあさんはわたしを産まなければもっとずっと、長生きすることができたのに」
僕と心美は顔を見合わせる。
僕は、十文字の母親は病気にかかって死んだと聞いていた。
「お母さんは、羽衣ちゃんを産んだ後、病気で亡くなったんじゃなかった?」
「おとうさん、ずっとそう言ってたよね」
「ちがうの?」
「雨がばあーって降るようになったころに、おとうさんの机の引き出しが空いてて。なんとなくのぞいてみたら母子手帳がでてきてね、ほんとーのことが書いてあったの」
「ほんとうのこと?」
「おかあさんは、わたしが生まれた後に病気になったんじゃなくて、わたしを産む前にはもう、おかあさんのは赤ちゃんを産めるような元気な身体じゃなかったの」
驚いて、僕は心美のほうを見た。
心美は僕と目が合うと、首を横にふる。
ほんとうは、十文字の奥さんの身体は子供を産める健康な身体ではなく、羽衣ちゃんを産んだことが原因で、死んでしまった。
そういうことなのだろうか。
十文字が隠していたのであろう「ほんとうのこと」を知って、羽衣ちゃんはここ数か月悩んでいたのだ。
「おとうさんだって、おかあさんが死んでからずっと寂しかったよね。おとうさんにとっておかあさんは、世界で一番大切なひとだったから。ほんとうは羽衣が生まれてくるより、おかあさんが生きていてくれているほうが、ずっとよかったと思う」
ひとつひとつ、悩みながら話していく羽衣ちゃんの言葉は、シャボン玉のようにふわふわとしていて、僕と心美のまわりを浮かんでいる。屋台の光に反射してキラキラと光る淡い球体は、たしかな形をもって彼女の言葉を伝えてくる。羽衣ちゃんは、とてもまっすぐに自分の悩みと向き合っているのだ。
今の僕たちにできることは、彼女の話をきちんと聞いてあげることしかないのだろう。
「でもわたし、いやだった。ずっとずっといやで、ふたをしたの」
「・・・なにが嫌だったの?」
心美が、羽衣ちゃんに尋ねる。
「わたしがうまれてこなかった世界を想像することだよ。ねむると夢になって出てくるから、頭のなかにあるすごくかたい箱の中に押し込んで、ふたをして、ふたの上にいくつもいくつも重たい石を置いて、とじこめていたの。だけど、箱の中からものすごい力で開けられてね、でてくるの。やめてって言っているのに。そんなの出てきたって、わたしにはどうしようもできないじゃない。考えないようにしたいのに、どんどん頭の中にあふれてくるの」
羽衣ちゃんは涙声になっていた。
声には嗚咽がまじり、聞いているのがつらくなる。
「その世界のなかで、おとうさんもおかあさんも笑ってた。すごく幸せそうだったよ。だけどね、そこにわたしはいないの。おかあさんが生きている世界にわたしはいないの。だけど、いやなの。おとうさんがいて、むとーや心美ちゃんや友達がいるこの世界にわたしがいないのは、いやなの。だからわたし、その世界の中のおかあさんに向かって叫ぶんだよ。おかあさん、お願いだから死んでくださいって」
けして大きな声ではなかったが、羽衣ちゃんの言葉は心の底からの叫び声のようだった。まっすぐなその声は暗い橋の下をぐるりと回ると、川と一緒に流されていった。僕と心美は羽衣ちゃんの小さな手をにぎりながらずっと、彼女の言葉に耳を傾けている。
たった九歳の女の子がここまで自分を追いつめてしまっているというのに、僕らは気づいてあげることができなかった。羽衣ちゃんは頭がよくて年齢の割に自分できちんと考えることができる子だけれど、今はその考える力が、羽衣ちゃんの心を傷つけている。
「おとうさんの顔を見ているのがつらくて、最近ここに隠れにきていたんだあ。そうしたら、こえが聞こえることに気づいたの」
時間が経ち、泣き疲れてぼんやりとした表情になった羽衣ちゃんは、そう言った。「クジラの唄」は、心美と羽衣ちゃんに聞こえている。
「唄を聞いていると、安心する?」
心美は羽衣ちゃんに問いかける。
今まで聞いたことがないような、優しい声だ。
「うん。きいていると、ここらへんがポカポカしてきて、すごく落ち着くんだあ。おかあさんのこと、なんにも知らないけれど、おかあさんの声ってこんな感じなのかな、て」
羽衣ちゃんは僕の手をはなし、右手で胸のあたりを指さす。
クジラの歌声を聞いていると安心するというのは、心美も言っていたことである。
「わかるよ」
「心美ちゃんにもきこえる?」
「うん。だけど恭二郎は聞こえないんだってさ、鈍いからかな」
心美は羽衣ちゃんに笑いかける。
一瞬ポカンとした顔をした羽衣ちゃんが、むとーはにぶいのか、と言って心美と一緒に笑う。
「なんだよ、二人して馬鹿にして」
僕はピエロにでもなったような気分だったが、羽衣ちゃんに笑顔がもどったことが嬉しくて、そのまま道化を演じることにする。
羽衣ちゃんと心美はまた、楽しそうに笑い声をあげた。目を真っ赤に腫らしながら。
「羽衣、ヒデさんと話してみなよ。わたしたちはヒデさんの気持ちも、羽衣のおかあさんの気持ちも分からないから、なんにも言えないけれど」
心美は羽衣ちゃんと繋いでいた手をはなし、頭にポンッと手をおく。
「きっと、大丈夫だよ」
「うん。心美ちゃんとむとーに聞いてもらったら、すこーしだけ楽になったよ」
羽衣ちゃんはそう言うと、はにかむような笑顔をみせた。
人は問題にぶつかったとき、どこかに落ちている「答え」を探して思いなやんでしまうことがある。探して、探して、自分の心のどの場所を探しても「答え」が見つからないときは、誰かに話を聞いてもらうというのも一つの手だと僕は思う。その誰かが「答え」を見つけてくれることもあるば、誰かに話すことそれ自体が「答え」を探り当てるきっかけになることもある。
たとえ簡単に見つからなくても、一緒に探し続けてくれる誰かがそばにいてくれるというのは、とても心強い。
羽衣ちゃんと心美がほんとうの姉妹のように笑い合う姿を見ながら、羽衣ちゃんにとっての僕たちがそういう存在になれていたらいいな、と考えていた。
ドンッ
ヒュルルルルルル
バーン!
とつぜん大きな音が鳴り、橋の下までカラフルな光がさしこんでくる。
花火大会が始まったようだ。
「わあ、見にいこ!」
羽衣ちゃんは僕と心美の手をとり、はしりだす。
橋の下から出て空を見上げると、またバーン!と音がして、空一面に火花が散った。
いつの間にか屋台の人工的な灯りが全てきえていて、見あげる僕らの視界を邪魔するものはほとんどなかった。まっ黒な背景のキャンバスを、花火はなんどもなんどもカラフルに染めて、ひらひらと消えてゆく。
同じ色のりんご飴を食べながら見ているカップル、お父さんに肩車をされて喜んでいる小さな女の子、きっと毎年見ているのであろう白髪の老夫婦。
ほんの束の間ではあるが、僕らと同じ場所、同じ時間に空を見上げる彼らの表情もカラフルに染まってゆく。
束の間、を与えてくれるこの花火というものが、僕はとても好きだった。
チラッと羽衣ちゃんの顔を見ると、わぁー、と言って満面の笑顔を見せている。
よかった、少しは元気になったみたいだ。
目線を上げると、心美と目が合った。
心美も同じことを考えていたらしい。
よかったね、というように心美が柔らかく笑う。
清らかな美しい笑顔である。
「たーまやー!」
そう心美が叫ぶと、羽衣ちゃんは、なにそれー、と言ってクスクスと笑う。
ヒュルヒュルと上がり、バーンと花ひらき、ひらひらと犀川の流れにきえてゆく。
僕はそんな光景を、ずっと見ていたいと思った。
僕はふだん、自分の課題や、将来のことばかりを考えている。
だけど今、横には心美がいて、羽衣ちゃんがいて、きっと書店では十文字たちが一緒に夜空を見上げている。
大変なことはたくさんあるけれど、時々だれかと一緒に空を見上げる瞬間は、きっと心の中に染み込ませるようにして大切にしなければいけないものだ。
たとえどれだけの時が経っても、変わらない大切なものがあるのだと、僕はそのとき思った。
小走りで近づき、心美が声をかけると、羽衣ちゃんは僕らに視線を向ける。
心美ちゃん、むとー、と小さな声で彼女は言う。近くにいたのに、羽衣ちゃんも僕らの存在には気づいていなかったみたいだ。
「こえがね、聞こえるんだ」
「声?」
「うた、なのかなあ。さいきんずっと考えごとしてて、ぐるぐる考えてたら、川から聞こえてくるようになったの」
「クジラの唄だね」
心美は嬉しそうに僕を見た。
わたしの言っていることは嘘じゃないでしょ、というような顔だ。
僕がずっと努力をしてきたのに、羽衣ちゃんに抜かれてしまうとは・・・となぜか負けた気分になる。
「羽衣ちゃん、こんな唄?」
僕は携帯をとりだして動画を検索すると、羽衣ちゃんに聞かせる。春に永井が流したものとおなじ動画だ。
「そうそう、これ」
仮説1 心美が聞いた音はクジラの歌声ではない
この説はもう破棄しなければならないのかもしれない。書店にもどったら永井と由紀に話してみよう。羽衣ちゃんはまだ幼いけれど、賢くて説得力のある小学生なのだ。
僕や永井、由紀にはまだ聞こえないけれど、この女の子たちには聞こえている。さすがに二人に聞こえているとなると、存在するものとして本気で考えていかないといけない。
「羽衣ちゃん、書店に帰ろっか。店長が心配しているよ?」
「うん・・・」
うん、と言うものの羽衣ちゃんはその場から動こうとしない。
なにかを話したいのに、話すことをためらっているような、そんな顔をしている。
「羽衣、聞くよ。話してみなよ」
羽衣ちゃんは思いつめたような顔をして、僕と心美の顔を交互に見る。
最近元気がない原因を話してくれるのかもしれない、と思い僕らは羽衣ちゃんを挟むようにして石段に腰をかける。
羽衣ちゃんが僕の左手を握った。彼女の左手をちらっとみると、心美の右手も握っていた。彼女の小さな手からは、小学生らしい温かな体温がつたわる。
「わたしほんとうは、生まれてきちゃいけなかったのかも」
羽衣ちゃんはゆっくりと呟いた。
発した瞬間に消えてしまいそうなほどに、小さな声で。
どういう意味?と心美が尋ねる。
「わたしのおかあさんはね、わたしのせいで死んでしまったの。おかあさんはわたしを産まなければもっとずっと、長生きすることができたのに」
僕と心美は顔を見合わせる。
僕は、十文字の母親は病気にかかって死んだと聞いていた。
「お母さんは、羽衣ちゃんを産んだ後、病気で亡くなったんじゃなかった?」
「おとうさん、ずっとそう言ってたよね」
「ちがうの?」
「雨がばあーって降るようになったころに、おとうさんの机の引き出しが空いてて。なんとなくのぞいてみたら母子手帳がでてきてね、ほんとーのことが書いてあったの」
「ほんとうのこと?」
「おかあさんは、わたしが生まれた後に病気になったんじゃなくて、わたしを産む前にはもう、おかあさんのは赤ちゃんを産めるような元気な身体じゃなかったの」
驚いて、僕は心美のほうを見た。
心美は僕と目が合うと、首を横にふる。
ほんとうは、十文字の奥さんの身体は子供を産める健康な身体ではなく、羽衣ちゃんを産んだことが原因で、死んでしまった。
そういうことなのだろうか。
十文字が隠していたのであろう「ほんとうのこと」を知って、羽衣ちゃんはここ数か月悩んでいたのだ。
「おとうさんだって、おかあさんが死んでからずっと寂しかったよね。おとうさんにとっておかあさんは、世界で一番大切なひとだったから。ほんとうは羽衣が生まれてくるより、おかあさんが生きていてくれているほうが、ずっとよかったと思う」
ひとつひとつ、悩みながら話していく羽衣ちゃんの言葉は、シャボン玉のようにふわふわとしていて、僕と心美のまわりを浮かんでいる。屋台の光に反射してキラキラと光る淡い球体は、たしかな形をもって彼女の言葉を伝えてくる。羽衣ちゃんは、とてもまっすぐに自分の悩みと向き合っているのだ。
今の僕たちにできることは、彼女の話をきちんと聞いてあげることしかないのだろう。
「でもわたし、いやだった。ずっとずっといやで、ふたをしたの」
「・・・なにが嫌だったの?」
心美が、羽衣ちゃんに尋ねる。
「わたしがうまれてこなかった世界を想像することだよ。ねむると夢になって出てくるから、頭のなかにあるすごくかたい箱の中に押し込んで、ふたをして、ふたの上にいくつもいくつも重たい石を置いて、とじこめていたの。だけど、箱の中からものすごい力で開けられてね、でてくるの。やめてって言っているのに。そんなの出てきたって、わたしにはどうしようもできないじゃない。考えないようにしたいのに、どんどん頭の中にあふれてくるの」
羽衣ちゃんは涙声になっていた。
声には嗚咽がまじり、聞いているのがつらくなる。
「その世界のなかで、おとうさんもおかあさんも笑ってた。すごく幸せそうだったよ。だけどね、そこにわたしはいないの。おかあさんが生きている世界にわたしはいないの。だけど、いやなの。おとうさんがいて、むとーや心美ちゃんや友達がいるこの世界にわたしがいないのは、いやなの。だからわたし、その世界の中のおかあさんに向かって叫ぶんだよ。おかあさん、お願いだから死んでくださいって」
けして大きな声ではなかったが、羽衣ちゃんの言葉は心の底からの叫び声のようだった。まっすぐなその声は暗い橋の下をぐるりと回ると、川と一緒に流されていった。僕と心美は羽衣ちゃんの小さな手をにぎりながらずっと、彼女の言葉に耳を傾けている。
たった九歳の女の子がここまで自分を追いつめてしまっているというのに、僕らは気づいてあげることができなかった。羽衣ちゃんは頭がよくて年齢の割に自分できちんと考えることができる子だけれど、今はその考える力が、羽衣ちゃんの心を傷つけている。
「おとうさんの顔を見ているのがつらくて、最近ここに隠れにきていたんだあ。そうしたら、こえが聞こえることに気づいたの」
時間が経ち、泣き疲れてぼんやりとした表情になった羽衣ちゃんは、そう言った。「クジラの唄」は、心美と羽衣ちゃんに聞こえている。
「唄を聞いていると、安心する?」
心美は羽衣ちゃんに問いかける。
今まで聞いたことがないような、優しい声だ。
「うん。きいていると、ここらへんがポカポカしてきて、すごく落ち着くんだあ。おかあさんのこと、なんにも知らないけれど、おかあさんの声ってこんな感じなのかな、て」
羽衣ちゃんは僕の手をはなし、右手で胸のあたりを指さす。
クジラの歌声を聞いていると安心するというのは、心美も言っていたことである。
「わかるよ」
「心美ちゃんにもきこえる?」
「うん。だけど恭二郎は聞こえないんだってさ、鈍いからかな」
心美は羽衣ちゃんに笑いかける。
一瞬ポカンとした顔をした羽衣ちゃんが、むとーはにぶいのか、と言って心美と一緒に笑う。
「なんだよ、二人して馬鹿にして」
僕はピエロにでもなったような気分だったが、羽衣ちゃんに笑顔がもどったことが嬉しくて、そのまま道化を演じることにする。
羽衣ちゃんと心美はまた、楽しそうに笑い声をあげた。目を真っ赤に腫らしながら。
「羽衣、ヒデさんと話してみなよ。わたしたちはヒデさんの気持ちも、羽衣のおかあさんの気持ちも分からないから、なんにも言えないけれど」
心美は羽衣ちゃんと繋いでいた手をはなし、頭にポンッと手をおく。
「きっと、大丈夫だよ」
「うん。心美ちゃんとむとーに聞いてもらったら、すこーしだけ楽になったよ」
羽衣ちゃんはそう言うと、はにかむような笑顔をみせた。
人は問題にぶつかったとき、どこかに落ちている「答え」を探して思いなやんでしまうことがある。探して、探して、自分の心のどの場所を探しても「答え」が見つからないときは、誰かに話を聞いてもらうというのも一つの手だと僕は思う。その誰かが「答え」を見つけてくれることもあるば、誰かに話すことそれ自体が「答え」を探り当てるきっかけになることもある。
たとえ簡単に見つからなくても、一緒に探し続けてくれる誰かがそばにいてくれるというのは、とても心強い。
羽衣ちゃんと心美がほんとうの姉妹のように笑い合う姿を見ながら、羽衣ちゃんにとっての僕たちがそういう存在になれていたらいいな、と考えていた。
ドンッ
ヒュルルルルルル
バーン!
とつぜん大きな音が鳴り、橋の下までカラフルな光がさしこんでくる。
花火大会が始まったようだ。
「わあ、見にいこ!」
羽衣ちゃんは僕と心美の手をとり、はしりだす。
橋の下から出て空を見上げると、またバーン!と音がして、空一面に火花が散った。
いつの間にか屋台の人工的な灯りが全てきえていて、見あげる僕らの視界を邪魔するものはほとんどなかった。まっ黒な背景のキャンバスを、花火はなんどもなんどもカラフルに染めて、ひらひらと消えてゆく。
同じ色のりんご飴を食べながら見ているカップル、お父さんに肩車をされて喜んでいる小さな女の子、きっと毎年見ているのであろう白髪の老夫婦。
ほんの束の間ではあるが、僕らと同じ場所、同じ時間に空を見上げる彼らの表情もカラフルに染まってゆく。
束の間、を与えてくれるこの花火というものが、僕はとても好きだった。
チラッと羽衣ちゃんの顔を見ると、わぁー、と言って満面の笑顔を見せている。
よかった、少しは元気になったみたいだ。
目線を上げると、心美と目が合った。
心美も同じことを考えていたらしい。
よかったね、というように心美が柔らかく笑う。
清らかな美しい笑顔である。
「たーまやー!」
そう心美が叫ぶと、羽衣ちゃんは、なにそれー、と言ってクスクスと笑う。
ヒュルヒュルと上がり、バーンと花ひらき、ひらひらと犀川の流れにきえてゆく。
僕はそんな光景を、ずっと見ていたいと思った。
僕はふだん、自分の課題や、将来のことばかりを考えている。
だけど今、横には心美がいて、羽衣ちゃんがいて、きっと書店では十文字たちが一緒に夜空を見上げている。
大変なことはたくさんあるけれど、時々だれかと一緒に空を見上げる瞬間は、きっと心の中に染み込ませるようにして大切にしなければいけないものだ。
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