38 / 68
3章
届いた手紙 3
しおりを挟むその後に振り出した雨で、まだ少しくすぶっていた納屋の残り火は完全に消えた。
領民にも見知らぬ人間を見かけなかったか、異変を感じたことはなかったかと聞いて回ったものの、これという証言は得られなかった。
「シオン……、モンバルト先生に何の話かな? 出かけてからもう、随分たつけど……」
父とふたり庭でお茶をのみながら、ぽつりとつぶやいた。
シオンは今朝早くモンバルトのもとへ行き、まだ帰っていなかった。もともと旧知の間柄なんだから、何の不思議もない。けれどなんだか出て行った時のシオンの思いつめた顔が気にかかる。
シオンに届いたタリオンからの手紙といい、何者かが潜んでいた納屋の火事といい、胸の奥がひどくざわついていた。
「そうだな……。もしかしたら、火事の件と何か関係があるのかもしれないな……」
「え……!? それ、どういう意味?」
父の意味深な言葉に、どきりとした。
「お前にも話しておいた方がいいだろうな……。実はな、数日前私のもとにおかしな匿名の手紙が届いたんだよ」
「匿名の手紙って……」
聞けば、手紙には領主である父が国に治めるべく税をごまかし、外に愛人を囲うために散財していると書かれていたらしい。
「いまだにお母様のことを愛しているお父様が、愛人だなんてあり得ないっ。そんな馬鹿なこと天地がひっくり返ったってないわよっ。どうしたそんなでたらめを、一体誰が……!?」
それにもともとこんな自然しかない貧乏領地に、愛人を囲えるほどの利益があるはずもない。そんなことは、領主であるこの家の暮らしぶりを見れば一目でわかることだ。
怒りから一気にカップの中のお茶を勢いよくのみ干せば、父も苦笑いしながらうなずいた。
「確かにうちの領地を知っている者なら、それがいかに馬鹿な話かはすぐにわかることだ。だが多分これはただの脅しだ」
「……脅し?」
「手紙にはな、シオンについても書いてあったんだ」
「シオン? あ、ゆくゆくは跡を継ぐかもしれないからってこと?」
シオンがこの領地の婿養子となったことは、戸籍を調べればすぐにわかることだ。けれど離婚前提の結婚なのだし、あえて周囲には極力知らせずにいるのだ。
なのに手紙の差出人は、どうやって結婚したことを知ったんだろう。
「手紙には、『シオン・イグバートは、国を裏切り仲間を殺した大罪人だ。これ以上罪人をかくまうのなら、領地諸共すべてを失う』と書いてあったよ」
「……!」
言葉が出てこなかった。
シオンはそんな人間じゃない。真面目で不器用で、少しわかりにくけど穏やかさと静けさを好む、優しい人だ。
そんなシオンが国を裏切ったり仲間を手にかけるなんてあるはずがない。
そしてはっとした。
「そう言えば……! 夜会でシオンの元上官だったクロイツ・シュクルゼンって男の人と会ったの。その人が言ってたの……。シオンが友の死の上に平穏に生きているとか、きれい事や正義感なんて何にもならないとかって……」
夜会での出来事とシオンの明らかにおかしな様子を父に話してきかせた。
すると父はしばし記憶を辿り、小さく息を吐き出した。
「……シュクルゼン? 名前は聞いたことがあるが、それなりに有力な伯爵家だったってことくらいしか知らんな。モンバルトなら何か知っているかもしれないが……」
「……」
モンバルトに聞けば、何か教えてくれるだろうか。シオンの過去に何があったのか。タリオンからの急な手紙、クロイツという男と匿名の手紙。それに納屋の火事――。それらの点をつなぐ、シオンの過去を。
けれどそれをこそこそと嗅ぎまわるのは、シオンへの裏切りな気がした。こんなに自分たちと領地のためによくしてくれたのに、それを裏切るような真似をしていいのか、と。
シオンと自分はただの形だけの夫婦なのだ。たった数年の間結婚という契約で、互いの利を得るだけの――。そんなほんの通りすがりの自分に、シオンの人生の深い場所に立ち入る資格なんてない。
それに知ったところで、自分には何もできない。シオンとは何の思いも通わせていない、愛で結ばれた関係ですらないんだから。
ひとり心の中で逡巡していると、ふいに父が神妙な顔つきで言った。
「ごめんな。アグリア」
「え?」
突然の謝罪に、ぽかんと口を開いて父を見やった。
「お前は昔からそうだな……。どんな思いもひとりで抱え込んで、自分の望みなんて口に出すこともなく頑張って……。いや、お前がそうなったのは俺のせいだ」
「やめてよ……! もうっ、お父様ったら急に何を言い出すの? 私はとても幸せよ。お父様とふたりでこれまで楽しく暮らしてこれたんだもの。だからあやまることなんて何も……」
言いかけた言葉をのみ込んだ。こちらをじっと見る父の目が、あまりにも苦しげで真剣だったから。
「マーガレットが死んでから、お前が寂しさを抱えていることは知っていた。だが、俺は日々を乗り越えるのが精一杯で見て見ぬふりをしていた……」
「お父様……」
「気がつけばお前はまだ小さいのにひとり何もかもをのみ込んで、隠すようになった……。その結果、お前は自分の思いも望みも何もかも閉じ込めてしまった。俺のせいだ……。俺の……」
「……」
何も言葉は返せなかった。だってそれは本当のことだったから。
母が亡くなってからの父は、いつも夜遅くまで脇目もふらずに何かしていた。それは仕事だったり家事だったり、色々だった。
そして深夜たったひとりで暖炉の前で、大きな体を縮こまらせるようにしてお酒をのむのが常だった。ちっともおいしそうなんかじゃなかったけれど。
「……逃げたんだ。あいつのいない寂しさとこれからの不安から、目の前のお前から逃げていた……。だめな父親だった」
「それは……、でもお父様だって悲しんでいることは子どもでもわかっていたから……」
けれど本当は思っていた。父が仕事に打ち込めば打ち込むほど、ひとりぼっちになった。心の中でどんどん膨れ上がる悲しみも寂しさも不安をどうすればいいのかわからなくて、苦しかった。
一度だって、そんな思いを口にしたことはないけれど。
「……お前は、言ってはいけないと思っていたんだろう? 寂しさや悲しさを口に出してはいけない、と……気持ちを心の中に押し込めてずっと口をつぐんでいた。……違うか?」
「……」
父の言葉に、思わず黙り込んだ。
464
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです
百門一新
恋愛
旧題:恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる