はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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1章

おかしな新婚生活 1

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 コンコンッ! コンコンッ!

 きれいに晴れ渡ったある日の屋敷に、釘を打つ小気味いい音が響く。

「ありがとう、シオン。助かったわ。ずっとガタガタしていて、おそるおそる使ってたの」

 シオンが長期滞在することになって、一週間が過ぎた。
 最初は互いにぎこちなかった関係も、今では程よい距離感で接することができるようになった。たまに顔を直視できなくなる時はあるけど。

 やはり寝食をともにするというのは、親しみを生む一番の方法に違いない。

 シオンが金槌を片手に爽やかな笑みを浮かべ、振り向いた。

「あと他に直すところは? なんなら、もっと手のかかるものでもかまわないが……」
「あ、なら……」 

 王都育ちのシオンにはこんな田舎暮らしは退屈だろうと思っていたのだけれど、もはやすっかりなじんでいた。

 てきぱきと無駄のない動きで力仕事をこなしていくシオンのたくましい二の腕をちらと見つめ、安堵する。

 シオンに長期滞在してもらったのは、正解だった。父の世話もなかなかに大変だし、こうしてガタのきているあれやこれやまで直してもらえて感謝しかない。

 それになんといっても、頼もしい男手が屋敷にいてくれるというのは安心感が違う。父とはまた違った安心感とか頼もしさ、というか。

(やっぱり軍人さんだけあるわよね……。すごい筋肉。かと言って見た感じはゴツゴツした感じはないし、なんていうか……すっごくスマート、というか……)

 基本的には体を動かす仕事の方が好きらしいのだけれど、だからと言って事務仕事ができないというわけでもないらしい。文官ではなく軍人になることを選んだのは、ただ単に居場所の問題らしかった。

 確かに家を継ぐ兄弟が他にいると、残った兄弟はどうしたっていつか屋敷を出る羽目になる。かといって王都に居を構えるのはそれなりに費用もかさむ。
 ならば、と基本家などなくてもどうにかなる軍人になるのが手っ取り早いと考えたかららしかった。

「これが済んだら、ログのシーツを交換しに行こうか。アグリア」
「そうね。そろそろ湿布も変える時間だし、お願いできる?」
「あぁ」

 父の世話は、正直想像していたよりもずっと大変だった。心臓を悪くして寝込んでいる間は、本人も具合が悪そうだったしただひたすらに静かに休んでいることが多かった。だからどうにかなっていたのだ。

 でも、今はぶっちゃけ腰以外はピンピンしている。なんなら長く療養生活が続いていたせいか、本人は動きたくてたまらないらしいのだ。
 おかげで一言で言ってうるさいし、世話が焼ける。

 思わず父の腰から上の元気さを思い、ため息がこぼれた。

「ん? どうした、アグリア」

 シオンが手を止め、振り返った。

「あ、ううん! 違うの。ただちょっと……早く父の腰がよくならないと困るなぁって思ってただけ。じゃないと、シオンが大変だもの」

 苦笑しながらそう答えれば、シオンが小さく笑った。

「ふっ。ログは領地のことが気になって仕方ないらしい。仕事がしたくてうずうずしてるみたいだ。ずっと寝込んでいたせいだろうな」
「それはわかるんだけど……。階段からこけて腰を痛めたのは自分の不注意なんだから、もうちょっとおとなしくしててほしいわ」

 ぽろりと本音がこぼれ落ちた。でも事実なのだから仕方ない。

「そう言えば昨日、ログが言っていたよ。君ひとりに領地の未来を背負わせて申し訳ない、と」
「えっ……」

 そんなことを聞いたら、ついさっき口にしたばかりの苦言を撤回したくなる。

「別に……私はここのひとり娘なんだし、そんなの当たり前だわ」

 父は十分に自分に愛情をかけてここまで育て上げてくれた。母がいた時も、いなくなってからもずっと。そんな父が大切に思う領地を守りたいと思うのは、娘なら当然のことだ。

「男手ひとつで娘ひとり育てるのって、大変だったと思うの……。ほら、やっぱり思春期とか……難しいじゃない? でもいつだって、私とこの領地のために身を粉にして頑張ってきてくれたの。そのせいで心臓も……」

 本当は、父が倒れた日から不安が消えない。
 いつかひとりでこの領地を守っていかなくてはならない日がくる。この屋敷の中で、たったひとりで両親の記憶だけを胸に抱いて――。

「ずっと、この時間が続いてくれたらいいのに……」

 ふいにぽろり、と言葉がこぼれ落ちた。

「……アグリア?」

 シオンの声で、はっと顔を上げた。

 今、何を言おうとしたんだろう。この時間というのは、腰はともかく父が元気になってくれた今を指しているのか。それとも、シオンのいるこの時間――?

 自分でもどうしてそんな言葉を口にしたのかわからず、慌てて言葉を重ねた。

「ええっと、今のは……、だから……! つまり……皆元気が一番よねってそういう意味で!」
「……」

 けげんそうなシオンの視線が痛い。
 
 こうなったら強引に話題を変えてしまおう、とあることをひらめいた。

「あっ、そうだ! 昼食だけど、いいお天気だからお庭で食べない? ピクニックみたいに足を伸ばして、サンドイッチなんかを広げるのっ」
「貴族の令嬢が、足を伸ばしていいのか……?」

 からかうようなシオンの顔に、ドキリとする。

「貴族って言ったって、こんな田舎じゃ誰もお嬢様扱いなんかしないわっ。小さい時から領地の子たちと一緒になって、泥んこになって遊んでたんだから!」
「くくくくっ! 確かにアグリアは、誰よりも泥だらけになって遊んでそうだ。なんなら今から一緒に遊びに行くか?」
「……もう大人なんだから、しないわよっ。もうっ、シオンったら!」

 次から次へと新しい表情を見せてくれるシオンに、ドキドキしてばかりだ。見た目が素敵なだけじゃなくて、シオンの醸し出すやわらかな穏やかな空気がとても心地いい。

「なら、さっさとやるべきことを終わらせないとな」

 シオンが白い歯を見せて笑った。

「う、うんっ! じゃあ私は、腕によりをかけておいしいサンドイッチを作っておくわ」 
「あぁ。楽しみだ」

 シオンが笑うたびに、自分の中で何かが動く。胸の奥底にずっと押さえつけてきた、見ないようにしてきたものが少しずつ音を立てて変わっていく。
 そんな予感をひしひしと感じていた。

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