はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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1章

はじめまして、旦那様 5

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 その時だった。

「わっ……! うおぁっ……‼」

 ガタンッ! ガタガタッ! ドオォォォンッ!

 夜の屋敷に響きわたる轟音とうめき声に、シオンとふたり音のした方を見やった。

「な、何っ⁉ 今の音はっ?」
「今の声って……! お父様っ!?」

 何かとてつもなく嫌な予感がして、急ぎかけつければ――。

「う……うぅっ……! うおぁっ……」

 そこには、階段の下で痛そうに腰を押さえうめき声を上げている父の姿があった。

「お、お父様っ!? どうしたのっ? まさか……」
「もしかして……、上から落ちたのか……?」

 シオンの視線の先には、父の部屋へと続く階段があった。

「いででででで……! うおっ……、アグリア。だめだ、そこ……触るなっ! 痛いっ……」
「もうっ……! 何してるのよ、お父様っ。ようやくモンバルト先生からもう心臓は大丈夫だってお墨つきをもらったばかりなのに……!」

 相当に腰を痛そうに押さえているところを見ると、きっと階段の途中でこけて腰をひどく打ちつけてしまったのだろう。

「待ってて! すぐにモンバルト先生を呼ぶからっ!」

 夕食の折調子に乗ってモンバルトもそこそこな量の酒を飲んでいた気もするが、この際致し方ない。領地にモンバルト以外の医者はいないのだ。

「俺が行く。アグリア、君はここにいてくれ。いいな?」

 実に冷静な態度でシオンに指示され、声もなくこくこくとうなずいた。
 確かにこんな夜更けに寝間着姿にストールを引っかけた自分が呼びに行くよりは、シオンが出向いた方がいいだろう。
 
 モンバルトはあきれ顔をしつつも、すぐに飛んできてくれた。
 そして、腰を診てもらった結果は――。

「腰痛で……全治一か月、ですってぇっ!? やっと……やっと心臓がよくなったのに……? 今度は、腰を痛めて……当分寝たきりっ!?」
「すまん。つい足を滑らせてしまった……。いや、本当に申し訳ない……。というわけで、シオン君」
「……はい?」

 父がシオンをじっと見やり、シオンの手をぐっと力強く握った。そして――。

「君にはすまないが、しばらくの間君にここにいてもらうわけにはいかないだろうかっ⁉」

 突然の懇願に、シオンの口があんぐりと開いた。

「はっ!? いや……しかし、もともとここには一週間の滞在の予定で……」
「そこをなんとか……! アグリアだけでは、さすがに身動きの取れない私の面倒は無理だ。ひ弱な女性なんだし」
「それは……確かにそうでしょうが……。しかし……」

 すがるように父に熱く見つめられ、シオンが口ごもった。

「大丈夫よっ。いつも力仕事だってしてるし、どうにかなるわ! いざとなったら誰か手伝いにきてもらってもいいんだし……!」

 慌てて父を止めれば、なぜかモンバルトも父に加勢しはじめた。

「おぉっ! それはいい案だっ。寝たきりとなれば、寝具の交換やら色々な介助にどうしたって力がいるからな。男手は必要だっ。そうしろ、シオン!」
「ちょっと、モンバルト先生まで……! 私なら大丈夫だからっ」

 けれど、モンバルトはにやりと笑うとちらとシオンを見やった。

「……シオン。お前本当は今度の休暇は、ひと月近くあると聞いたぞ。一週間だけ滞在すると言ったのは、さすがに長すぎるからと遠慮したんだろう?」

 その瞬間、シオンの顔が大きくひきつった。

「えっ? そうなのっ、シオン!?」

 見れば、シオンの目が泳いでいる。

「それは……だから……」

 もごもごと言い淀むシオンに、モンバルトがさらに詰め寄る。

「どうせ王都にいくつもりはないんだろう? ならここにいればいいじゃないか。残りの休暇をどこで過ごすにしたって、それなりに金もかかるしな。ならここでアグリアの手伝いでもしておけばいい」
「しかし……」

 困惑するシオンの様子に、はっとした。

「も、もしかしてシオン、実はどこかに恋人でもいてその人と過ごすつもり……とか!?」

 こんなに素敵な人なのだ。恋人のひとりやふたり、いてもおかしくはない。
 けれどシオンはそれを激しく否定した。

「馬鹿な……! 形だけとはいえ、結婚しているのにそんなことするはずが……!」
「え? そうなの? ならどうして? 別にこちらはどれくらい滞在してもらってもかまわないけど……」
 
 正直に言えば、シオンに会うまではどうかと思っていた。もしもちょっと不安を感じるような人なら、こんなことを言いはしなかっただろう。

 でもシオンならきっと大丈夫。そんな謎の安心感さえあった。
 どうしてか、と言われると返答に困るけど。

「ならどうだ? この際、アグリアを助けると思ってしばらくここに滞在するってのは? そうすればアグリアだって男手があって色々助かるし」
「……」

 モンバルトの説得に、しばしシオンは黙り込みそしてはぁ、と深く息を吐き出した。

「……本当にいいのか? アグリア」
「え?」
「君には色々と負担になると思うが……、本当に俺がここにいてもいいのか?」

 どこか不安そうにこちらをうかがうシオンの顔が、なんだかかわいく見えた。

 きっとよく知りもしない異性が長期間同じ屋敷にいることに、不安を覚えてはいないかと心配してくれているのだろう。
 そんな不器用な気遣いが、なんだか嬉しい。

「ふふっ」

 思わず小さく笑いがこぼれた。

「……?」

 けげんそうな顔をしてこちらを心配そうに見つめるシオンに、にっこりと笑いかけた。

「あなたさえ嫌じゃなかったら、歓迎します! 実際シオンが手伝ってくれたら助かると思うし、それにせっかくならもっとこの領地のよさを知ってもらいたいし!」

 奇妙な縁ではあるけれど、せっかくこうしてきてくれたのだ。
 この領地の素敵なところを存分に見ていってほしい。そして戦地での疲れを存分に癒して体も心も休めてほしい。

 そんな思いが自然にわき上がった。

 シオンはしばし驚いた顔で黙り込むと、こくりとうなずいた。

「わかった……。君がそう言ってくれるなら……、ひと月世話になる。よろしく頼む」
「はいっ! こちらこそ、よろしく」

 こうして、シオンとのひと月にも渡る奇妙な新婚生活がはじまったのだった。

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