はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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1章

はじめまして、旦那様 4

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 その夜、夕食にはモンバルトもやってきた。

 モンバルトとシオンが旧知の間柄だというのは、本当らしい。しかも大分気心の知れた仲でもあるらしく、互いにずけずけとした物言いで言い合いをしていたのには驚いた。

 けれどきっとモンバルトは、シオンのことを心から気にかけている気がする。いくつかの戦地で一緒だったと聞いたけれど、ふたりにはきっと深い縁があるのかもしれない、なんて思った。

「どうぞ。メリューのパイです。朝に焼いたばかりなの。お口に合うといいんだけど……」

 きれいな色に焼けたパイをシオンの前に差し出せば、シオンの鼻がぴくりと反応したのがわかった。

「これがメリューの……」

 物珍しそうに皿の上のパイを見つめるシオンに、モンバルトがにやりと笑った。

「アグリアは料理上手だからな。特にメリューのパイは絶品なんだ」

 モンバルトの言葉に、頬が熱くなった。

 ほめられたことははじめてじゃないし、メリューのパイには自信もある。何せ子どもの時から繰り返し作ってきたのだ。
 特に今日のパイは焼き加減も中の果肉の煮え具合もちょうどよかった。とは言え手放しでほめられると、妙に緊張してしまう。

「そうなんだ。アグリアは昔から料理が得意でね。どの料理もうまいが、特にメリューのパイは見事なんだよ」
「お父様まで……!」

 父にも手放しでほめられ、気恥ずかしさと照れから思わず身を縮こまらせた。

(もうっ……そんなこと言ったら、口に合わなかった時においしくないって言いにくいじゃないの! 好みとか色々あるんだし……)

 けれど我ながらよく焼けた自信作だし、メリューはこの領地の特産でもあるのだ。シオンが気に入ってくれたら嬉しいんだけど、と思いながらシオンを見やった。

「……では、さっそく」

 シオンがパイにナイフを入れ、サクッという小気味のいい音をさせて一切れ口に運んだ。それをドキドキしながら見守る。

「……」

 シオンはしばらく無言で咀嚼し、フォークを置いた。

「驚いたな……。うまい……!」

 シオンの目がぱちぱちと瞬き、二口目三口目とどんどん食べ進めていく。そのわかりやすい反応に、ほっと胸をなで下ろした。

「はっはっはっはっ! アグリアのパイはうまいだろう。シオン君っ!」

 父の言葉に、あっという間に皿を空にしたシオンがうなずいた。

「メリューという果物自体知らなかったんですが、とてもおいしいですね。……ありがとう、アグリア。とてもおいしかった」

 シオンの顔に、ほんの一瞬やわらかな笑みが広がった。

「……!」
「……?」

 思わず目を見張り、慌ててうつむいた。

(よくない……! 美形すぎるの、よくないわっ。目のやり場に困るっ)

 シオンの笑顔は、破壊力満点だった。

 最初に会った瞬間はどことなく表情が暗くて、死に急いでいるとか生きる希望を見失っていると言っていたモンバルトの話を思い出し、なるほどと納得してしまったくらいだ。
 けれどよく見れば、醸し出す雰囲気はとてもやわらかいし表情も穏やかだ。

 その上、こんなに優しいドキリとするような素敵な笑みを見せられてはまともに直視などできない。

「あ、えっと……! お代わり、あるからっ。なんなら全部召し上がれっ」

 真っ赤に染まった顔をごまかそうと、シオンの皿の上に追加でパイを二切れ同時に差し出した。

「えっ……? ふたつも……?」
「あ……」

 思わず勢いでお代わりがいるかどうかも聞かず、二切れ同時に皿に乗せるなど、挙動不審もいいところである。
 するとシオンは一瞬固まり、「ぶっ!」と噴き出した。

「ありがとう、アグリア。いただくよ。……ぷっ。くくっ……!」

 笑いをこらえながら震えるシオンの肩を見ながら、ちらと父とモンバルトに視線を移せば案の定ふたりは笑いを必死にこらえながらこちらを見ていた。

「……」

 ぎろりとにらみつければ、ふたりの視線が慌てたようにぱっとそれた。

「今日のお酒はここまでね!」

 笑われた仕返しに、とふたりの前から酒の瓶を取り上げれば、ふたりの顔が引きつった。

「待てっ。あと少しだけ……! せっかくシオン君がきてくれたんだし、もうちょっとだけ。な? アグリア」
「病み上がりに深酒は厳禁ですっ!」

 つんとそっぽを向けば、今度はモンバルトが泣きつく。

「いや、酒は薬にもなるからな! ほら、アグリアも一緒にのめっ。なっ!」
「……」

 仕方なく酒瓶をもとに戻せば、ほっとしたようにふたりが笑った。
 ちらと見れば、シオンの顔にも笑みが浮かんでいる。

(ぱっと見はとっつきにくい感じもしたけど、よかった。どうにかうまくやれそう……)

 たかが一週間と言えども、異性が同じ屋根の下にいるのだ。当然のことながら、まったく不安がなかったわけじゃない。けれどシオンとなら大丈夫。ふとそう思えたのだった。

 その夜、何か足りないものはないか聞きに行くついでに、水とちょっとつまめるものを手にシオンの部屋をたずねた。

「あぁ、大丈夫だ。わざわざすまない。……。あ、アグリア。ちょっといいか?」

 トレイごと手渡し去ろうとしたら、シオンに呼び止められた。

「その……、君は……」
「はい?」
「君は……この結婚を後悔してはいないか?」
「え?」

 突然の問いかけに、首を傾げた。

「あなたは……後悔してるの? 私と……こんな結婚をしたこと」

 確かにこんな結婚、ただの時間稼ぎに過ぎない。シオンにとっても、自分にとっても。
 でもこの領地を守るためには、必要なことだった。

「俺はもともと結婚に特別な思いなどないから、問題はない。だが君は……、君の父親にとっては大事なひとり娘の結婚だ。だから……大丈夫なのか、と」

 どうやらシオンは、父の心中を慮ってくれたらしい。実際に自分や父に対面したことで、今さらながら心配になったのだろう。
 
「ふふっ。父のことなら大丈夫。よくよく考えて決めたことだし、父も理解してくれていますから」
「そうか。なら……いいんだが……」

 シオンの顔に、安堵の色が広がった。

「そういえば、私もあなたに確認しておきたいことが……」
「なんだ?」
「ええと……もう少し先の話ではありますけど、色々と事前に準備が必要なので……」
「……?」

 シオンがいぶかしげに首を傾げた。

「大体の時期でいいんですけど……えっと、その……離婚はいつにいたしますか? 旦那様」

 その瞬間、シオンの目がきょとんと丸くなった。

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