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3章
幻影よ、こんにちは 2
しおりを挟む王都の正門を通り過ぎた辺りで、背後から大声で自分の名を呼ぶ声に気がついた。
足を止めずに振り向けば、リンドがあきれ顔で馬車の窓から顔をのぞかせていた。
「あっ! リンド殿下、きてくれたんですねっ」
息を切らせながら、リンドを満面の笑みで見やった。
「きてくれた、じゃないっ。なんで馬車を待たなかったんだっ」
「いやぁ。いても立ってもいられなくって、つい……」
当然と言えば当然の突っ込みに、てへへ、と舌を出した。
「いいから早く乗れっ! 馬車の方が早いし安全だ」
リンドが終わらないうちに、 リンドの乗っていた馬車にわらわらともっちーズたちが乗り込もうとジャンプした。
「うわっ、ちょっ……ちょっと待て! さすがにもっちーズ全員は無理だっ。後ろの馬車にわかれて乗ってくれっ」
リンドの言葉に、もっちーズたちが渋々二手にわかれて馬車に乗り込んだ。
ようやく皆馬車に乗り込み、リンドがほっと息をついた。
「まったく、なぜひとりで飛び出したんだ。無茶をしないと約束したばかりなのに……」
そう言えばそうだった、と肩をすくめてみせた。
「ごめんなさい。なんかつい慌てちゃって……。あ! でもすぐに殿下が兵たちと追いかけてきてくれるって信じてましたからっ」
自信があった。たとえそれがもっちーズたちの察知したことでも、リンドはきっと信じて兵を出してくれると。
「そ……それはまぁ、当然だよ。君のことも、君が生み出したもっちーズたちのことも信用しているからね」
リンドの耳がみるみる赤く染まっていく。何かおかしなことを言っただろうか。
なぜかリンドがひどく嬉しそうな顔をしていた。
「……?」
でもまぁいい。今はとにかく魔物の話が先だ、とばかりに身を乗り出した。
「魔物のことなんですけど、もっちーズたちによれば北の方角にこれまでこの国に出たことがないような大きな魔物が現れて、今にも近くの町や村を襲おうと近づいているらしいんですっ!」
すかさずリンドが地図を広げ、ある地点を指さした。
「それはおそらくこの辺りだろう。近くを巡回中の兵たちによれば、近くで魔物の咆哮が聞こえたらしい」
その地点を見やり、眉をひそめた。
「ここ、少し前に魔物を倒して浄化した場所です。ということは、今度もやっばり……」
リンドがうなずき、深く嘆息した。
「あぁ、今度もやはり幻影だ。どうやら数がどんどん増えているらしい」
「そんな……」
「しかもこれまでにない大きさの幻影となれば、先日の幻影以上に聖力での大幅なダメージは見込めないだろうな」
「……」
思わずぐっと奥歯をかみしめた。
もしもそんなに大きな魔物が近くの町や村を襲ったら、今度こそただでは済まないだろう。
リンドもそのために、ありったけの対魔物用の武器を持参してきたらしい。
けれど倒すのには、相当な時間がかかると見込まれた。
「私、もしも実物の幻影をこの目で見れれば何かわかるかなって思ったんです。幻影相手の新しい戦い方が見つかればいいなって」
これまで魔物を倒す際には、聖力が相手に届いた時の反応をみながら攻撃していた。
けれど、幻影はそうはいかない。
聖力への反応が鈍いせいか、どんな攻撃に相手がどう反応しているのかがよくわからないのだ。
どうにかそれを感じ取ることができれば、もしかしたら新たな対幻影用の戦い方を編み出せるかもしれない。
聖力の放出方法を変えるとか、放出量をもう少しコントロールするとか、色々。
「そうか……。だから君はわざわざ安全な王宮を飛び出したのか」
あきれ顔の中にほんの少しの感心の色をにじませ、リンドがうなずいた。
「もっとも、そんな方法が見つかるかどうかはわかりませんけどね。でもやってみる価値はあるかと思って」
そして、はっと思い出した。
今こうしている間にも、魔物は近隣の町村に近づいているのかもしれない、と。
ならば、ほんのわずかな時間も無駄にはできない。
「あのー、殿下?」
「……なんだい?」
「せっかくなので、パンをこねながらお話を聞いてもいいですか? その方が時間を無駄にしなくていいし……」
おずおずと切り出せば、一瞬リンドが黙り込んだ。
「馬車の中で……か?」
こくり。
「あ、あぁ……。もちろんだ……」
どこか困惑した様子が気にはなるが、まぁいい。
「ふふっ。ありがとうございます! じゃあちょっと失礼して……」
粉が馬車中に舞って咳込まないように窓を全開にし、さっそく小麦粉を取り出した。
「……」
無言で見つめるリンドをよそに、いつものよう準備をし、作業に取りかかった。
もちろん、もっちーズたちとともに。
「さ、こちらは気にせず話の続きをどうぞ! 殿下はどんな戦い方をしてみるつもりなんですか?」
「あ、あぁ。ええと……」
ぺちんっ、ドシンッ!
こねこね、こねこね……。
手を止めることなく、リンドの話に耳を傾ける。
物心ついた時からずっとパンをこねてきたのだ。パンをこねる動きも手順も体が完全に覚えている。話を聞きながら聖力を放つくらい、わけない。
「へぇ! じゃあ今回の討伐には、まだ開発中の武器も投入してみるんですね。確かに何がヒットするかわかりませんもんね!」
「そ、そうだな」
リンドの目がなぜかこちらの手元から離れない。今さらパンをこねている姿なんて、珍しくないと思うのだけれど。
「あの……どうかしましたか?」
さすがに気になって首を傾げれば、リンドが慌てて首を横に振った。
「いや……、なんというか……いつ見ても迷いのない勢いのある手つきだな、と」
ぱしんっ、ぺちんっ!
こねこね、こねこね……。
「そうですか? へへっ。パンをこねていると、気持ちも落ち着くんですよねっ。ちっともおいしくないのだけが難点ですけど……」
「……」
何も答えずに苦笑したのは、リンドの優しさなのだろう。多分。
「あぁ、そう言えばトルクのけがはもう大分よくなったらしい。医者が言うには、あと一週間もすれば動き回れるようになるとのことだ」
「本当ですか? よかった! そのうち、トルクにあやまりにいかなくちゃ……」
もしかしたら、トルクに叱られてしまうかもしれない。何やってるんだよ、しっかりしろって。
たとえ相手が本物の魔物だろうが幻影だろうが、魔物から皆を守るのが、聖女の務めなのだ。
それもなかなか果たせずノロノロしてんなよって、あの子なら言いそうだから。
「でもその前に、ちゃんと魔物も幻影も倒さなきゃ! じゃなきゃ、あわせる顔もないですもんっ」
真っ白になった粉だらけの手をぐっと握りしめ、決意も新たにうなずいた。
「ふふっ。君らしいね、シェイラ」
そう言って笑ったリンドの顔は、胸がぴょこんと跳ねるくらいにとびきり甘く見えた。
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