聖女は今日も今日とてパンをこねる 〜平凡なパン屋の娘が、ご神託と王子の愛で救国の聖女になりました

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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3章

幻影よ、こんにちは 4

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 ようやくシェイラは、驚きから我に返った。

 今はぼうっとしている時じゃない。幻影が怯んでいる今が絶好の攻撃のチャンスだ。
 そう気づいて、リンドと兵たちに向け声を張り上げた。

「い、今ですっ! 魔物が怯んでいる隙に、目いっぱい攻撃を! もっちーズちゃんが魔物の注意を引きつけている間がチャンスですっ」 

 咄嗟に兵たちに叫べば、兵たちが一斉に遠隔攻撃をはじめた。

 もちんっ! ぺちんっ!
 どすんっ! ぽすんっ!

 力強くけれど全速力でパンをこねながら、巨大化したもっちーズをちらと見やった。

(すごい……! まさかもっちーズちゃんたち、こんなことまでできるなんて!)

 もっちーズが最初に現われた時も本当に驚いた。動物でもないし、魔物でもないおかしな姿。真っ白でもっちりふわふわなその体で、とことこと部屋を走り回る姿はなんともかわいくて。
 はじめはただの癒し系だと思った。聖力が生み出したちょっとしたかわいい副産物なのだろう、くらいに。

 けれど今は――。

(もしかしたらもっちーズちゃんたちは、魔物を倒すための戦いに不可欠な存在なのかもしれない……。最初からピンチになったら登場するように、天が遣わしてくれた救世主なのかも!)

 こんな激まずパンしか作れない頼りない聖女だけでは、きっと魔物を倒しきれないだろうと神様がお助けキャラを用意しておいてくれたのだろうか。
 実際にもっちーズちゃんたちが現れてから、魔物退治に弾みがついた。ひとりじゃないという精神的な安定にもつながったし、なんといっても見た目のかわいらしさに心が癒される。一体一体の体は小さくても、その力は絶大だった。

(もしもっちーズちゃんたちが神様からのお助けキャラだとしたら、幻影にだってきっと勝てる……! だってこんなにすごい進化だってしちゃうくらいなんだからっ!)

 むくむくとわき上がる希望の光に、パンをこねる手にも力がこもった。

 まだまだやれることはきっとある。聖力だって進化するかもしれないし、聖力の放出方法だって他にも見つかるかもしれない。

 聖力がぐんぐんと体内で熱を持つような不思議な感覚を覚えながら、シェイラは懸命にパンをこね続けた。そのせいだろうか。いつの間にか、この間の退治の折には感じ取れなかったわずかな幻影の変化を感じ取れるようになっていた。

「聖力をぶつける度に、幻影の力が揺らいでる……? これはまさか……」

 わずかではあったけれど、確かに手応えを感じはじめていた。兵たちが物理的な遠隔攻撃と対魔物用の武器で攻撃するのと同時に、延々と聖力をぶつけ続けた結果、確かに幻影の力が弱りはじめていた。

(やっぱりいくら幻影とは言っても、魔物から生まれたことに変わりはないんだわ……。これならもしかしたらやれるかもしれない……!)

 ズガァァァァァァンッ!
 ゴオオオオオォォォンッ!

 馬車の外からは、先ほどから幻影がもっちーズたちに繰り出す攻撃の大きな音が響き渡っていた。

 はじめは困惑した様子を見せていた魔物だったが、目の前に鎮座する巨大もっちーズを自分の敵とみなしたらしい。対峙する巨大もっちーズにむけて、魔物の攻撃が繰り返し放たれる。

 その度に地面や大気が大きく震え、パンをこね続ける馬車の中の小麦粉が衝撃でぶわりと宙に舞う。

(頑張って! もっちーズちゃんっ)

 心の中でもっちーズたちに応援の声を送りながら、真っ白になる視界をどうにか手で振り払い懸命にパンをこね続けた。

「どんどん礫を放てっ! 手を休めるなっ」
「はいっ!」
「命中せずともかまわんっ! 幻影の動きを止められればいいっ」
「了解ですっ!」

 休みなく繰り返されるリンドの檄に兵たちも懸命に応え、攻撃を続ける。
 
 もっちーズはと言えば、そのもっちりとした大きな体で幻影の攻撃を一身に受け続けていた。けれどその巨大な体から繰り出されるどんな攻撃もものともせず、そのやわらかな体で押し返す。

 グルゥゥゥゥゥッ……!?

 どんな攻撃にもなぜかびくともしないその反応に、幻影がいよいよもって首を傾げはじめた。これほどまでに攻撃が通用しない相手に、困惑しているのだろう。

 いくら幻影とは言え、力に限界はある。実体のない体で攻撃を繰り返すには、それなりの力を要するのだろう。それがどんどん削れていくのを感じた。

(幻影の力が……揺らいでる……? まさか幻影には姿を保てる時間に限界があるのかもしれない……!)

 以前は感じられなかった幻影の力の揺らぎが、確かに感じられた。命の火とよく似た、少しずつ弱まっていく揺らぎが。

「だとしたら、この幻影はもうちょっとで……!? リンド殿下っ!」

 馬車の中から頭を出し、兵たちの先頭で指揮に当たっているリンドに向かって思い切り叫んだ。

「リンド殿下っ! もうすぐこの幻影は倒れますっ。攻撃し続けて大分疲れてるみたいですっ!」
「何だとっ!? それは本当かっ!」
「はいっ! 幻影の力が揺らいでいるのを感じるんですっ。だからもっちーズちゃんに幻影の相手は任せて、皆で一斉に最後の攻撃をお願いしますっ!」
「わかった!」

 こうして、突如出現した巨大な幻影への最後の攻撃がはじまったのだった。

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