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2章
今日も元気にパンをこねる 4
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そんなある日のこと。
「今日のご昼食ですが、残念ながらリンド王子殿下はご一緒できないそうにございます。ですが、午後のお茶の時間にはぜひお会いになりたいと」
最近リンドは、随分忙しいらしい。
カイルに聞いたところでは、なんでも上の偉い人たちの間で面倒事が起きているとかで満足に食事の時間も取れないほど仕事に追われているんだとか。
(そんな忙しいのに、私とお茶なんてして大丈夫なのかな……。もし私を気遣ってくれてるんなら、リンドこそゆっくり休んだ方がいいと思うんだけど)
そんなことを思っていたら、まるで心の声を見透かしたようにカイルがやってきてささやいた。
「殿下もそろそろストレスがたまって、気分転換が必要なんだ。よかったらシェイラちゃん、付き合ってあげてよ。ひとりにしとくとろくにお茶ものまずに働き詰めなんだから、あの人」
どうやら無茶をしがちなのは、お互い様であるらしい。ならばいつかの町歩きのお返しに今度は自分がリンドの気分転換に付き合おう、とこくりとうなずいた。
「わかりましたっ! お任せください」
「そ! ならよかった。あ、今日のお茶は特別に王族専用庭園でするってさ。時間になったら俺が案内するね」
思いがけないカイルの言葉に、きょとんと目を瞬いた。
「へっ……? 王族専用の……庭園? え!?」
そう言えば以前リンドが話していた気がする。王族しか立ち入れない特別な庭があって、そこにそろそろきれいな花が咲くとかなんとか。
まさかそこでお茶をするつもりなんだろうか。
「いつもここと自室しか行き来してないんですもの。いい気分転換になりますわ」
「そうそう! 体だけじゃなく、心の息抜きも必要です」
「どうぞリンド殿下と楽しんでいらしてくださいね。シェイラ様」
侍女たちはそう言うけれど、果たしてただのパン屋の娘風情が王族専用の庭に入っていいものなんだろうか。いくら王子の誘いとは言え、あとになって叱られたりはしないだろうか。
そんな不安に襲われていると、カイルがくくっと笑った。
「大丈夫。ちゃんと陛下の許可ももらってあるから安心して行っておいで。シェイラちゃん」
「は……はい」
どうも皆にすっかり心の内を見抜かれている気がする。そんなにわかりやすいのかな、と少々複雑な思いに駆られつつもリンドが待つ王族専用の庭園とやらに向かったのだった。
ピチピチピチピチ……。
そよそよそよそよ……。
落ち葉ひとつなく美しく整えられた庭園に並べられた、テーブルと二脚の椅子。ずらりと並んだ、おいしそうな色とりどりのお菓子と湯気を立てる紅茶。
それらを挟んで、リンドと向かい合う。
(なんか……落ち着かないな。侍女さんたちもいないし、カイルさんだっていないし)
いつもの部屋とは違う場所で会うのは、町を一緒に歩いた時以来だ。しかもあの時は少し離れたところにカイルさんだっていたし、外だったし。
でも今日はちょっと感じが違う。
「今朝庭師から報告があったんだ。とっておきの花の一番花が咲いた、と。だから君にも見せたくてここに呼んだ」
「えっと、ありがとうございます! う、嬉しいです」
きっといつも部屋に閉じこもりきりの自分を心配して、たまには外に連れ出そうと考えてくれたのだろう。町にお忍びはそうそうできなくても、庭園くらいになら出られるから。
「それにしても、さすがは王族の皆さん用に作られたお庭ですね! パン屋は朝が早いし、夕方になると今度は次の日の仕込みに追われるから、あんまりのんびり花を見て歩くなんて習慣はなかったんですけど」
「そうか。パン屋は朝が早いと聞くからな」
なるほど、とリンドがうなずいた。
「そうなんです。だから今日はゆっくりこんなにきれいなお花を見られてよかったです!」
リンドが見せてくれたのは、淡いクリーム色をしたまるで果実のようなかわいらしい花だった。なんでもリンドの誕生を祝して植えられた大切な花らしい。
「きれいな花を咲かせるのがなかなか難しいらしくてね。去年は雨にやられてきれいに咲かなくて、ようやく今年最高の花が咲いたと庭師が喜んでいたよ」
「へぇ! お花にも色々あるんですねぇ」
これからどんどん花が咲き進んで、ひと月過ぎる頃には満開になるらしい。その時にまたここで会おう、とリンドは言ってくれた。
「はいっ! とっても楽しみです」
そう答えながらも、ふと考えていた。
その頃には魔物たちをきれいさっぱり一掃できていたらいいな、と。そうしたらどんなにか晴れやかな気持ちで満開の花をリンドと見られるだろう。
けれどそれは同時に、聖女としての役目が終わるということでもある。
(もしも魔物が一匹残らずいなくなったら、私はもう王宮から出て行くんだな……。皆とも別れて、聖力だって使えなくなるのかもしれないし……)
そうなったらもうもっちーズたちも生まれないし、王宮にいる必要もない。元通りの暮らしに戻るのだ。
ずっとそれを望んでいたはずなのに、不思議と気持ちが沈んだ。
(なんで私、こんな落ち込んでるんだろう。皆と一緒にいられなくなるのが、寂しいから? それともリンドと会えなくなるのが嫌、とか……?)
聖女として王宮に住み込んで、早いものでもう三か月が過ぎようとしていた。
今の調子なら、魔物を完全に退治できる日もそう遠くはない。ということは、こうしてリンドと満開のこの花を見る機会があるかどうかもわからない。そしてその後はもう一生会うことなく、元の暮らしに戻るのだ。お互いに、別々の道を。
当たり前のそんな未来を思い描き、またしても胸の中にちくりと針を刺したような痛みが走った。
(そんなの、最初からわかってたことなのに。当然のことなのに……)
胸の中にもやもやと未知の感情が湧き上がってくる。けれどそれが一体どんな感情なのか、自分のもののはずなのにさっぱりわからなかった。
だからそっと蓋をした。
わからないものを色々考えていても仕方ない。だってわからないんだから。
けれど同時に、その気持ちが何であるのか気づいてはいけないという思いもよぎる。その理由はわからないけど、そんな気がしていた。
ピチピチピチピチ……。
そよそよそよそよ……。
ふたり並んで庭園を歩きながら、何とも言えない気持ちでリンドの背中を見つめていた。すると一歩先に歩くリンドが、穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
「ほら、シェイラ! あそこに鳥の巣がある。雛の育ち具合からすると、巣立ちはそろそろ近そうだな」
「そうですね。ほんと、きっともうすぐ……」
感じたことのない胸の痛みは、リンドが優しく笑えば笑うほど増していく気がした。
「今日のご昼食ですが、残念ながらリンド王子殿下はご一緒できないそうにございます。ですが、午後のお茶の時間にはぜひお会いになりたいと」
最近リンドは、随分忙しいらしい。
カイルに聞いたところでは、なんでも上の偉い人たちの間で面倒事が起きているとかで満足に食事の時間も取れないほど仕事に追われているんだとか。
(そんな忙しいのに、私とお茶なんてして大丈夫なのかな……。もし私を気遣ってくれてるんなら、リンドこそゆっくり休んだ方がいいと思うんだけど)
そんなことを思っていたら、まるで心の声を見透かしたようにカイルがやってきてささやいた。
「殿下もそろそろストレスがたまって、気分転換が必要なんだ。よかったらシェイラちゃん、付き合ってあげてよ。ひとりにしとくとろくにお茶ものまずに働き詰めなんだから、あの人」
どうやら無茶をしがちなのは、お互い様であるらしい。ならばいつかの町歩きのお返しに今度は自分がリンドの気分転換に付き合おう、とこくりとうなずいた。
「わかりましたっ! お任せください」
「そ! ならよかった。あ、今日のお茶は特別に王族専用庭園でするってさ。時間になったら俺が案内するね」
思いがけないカイルの言葉に、きょとんと目を瞬いた。
「へっ……? 王族専用の……庭園? え!?」
そう言えば以前リンドが話していた気がする。王族しか立ち入れない特別な庭があって、そこにそろそろきれいな花が咲くとかなんとか。
まさかそこでお茶をするつもりなんだろうか。
「いつもここと自室しか行き来してないんですもの。いい気分転換になりますわ」
「そうそう! 体だけじゃなく、心の息抜きも必要です」
「どうぞリンド殿下と楽しんでいらしてくださいね。シェイラ様」
侍女たちはそう言うけれど、果たしてただのパン屋の娘風情が王族専用の庭に入っていいものなんだろうか。いくら王子の誘いとは言え、あとになって叱られたりはしないだろうか。
そんな不安に襲われていると、カイルがくくっと笑った。
「大丈夫。ちゃんと陛下の許可ももらってあるから安心して行っておいで。シェイラちゃん」
「は……はい」
どうも皆にすっかり心の内を見抜かれている気がする。そんなにわかりやすいのかな、と少々複雑な思いに駆られつつもリンドが待つ王族専用の庭園とやらに向かったのだった。
ピチピチピチピチ……。
そよそよそよそよ……。
落ち葉ひとつなく美しく整えられた庭園に並べられた、テーブルと二脚の椅子。ずらりと並んだ、おいしそうな色とりどりのお菓子と湯気を立てる紅茶。
それらを挟んで、リンドと向かい合う。
(なんか……落ち着かないな。侍女さんたちもいないし、カイルさんだっていないし)
いつもの部屋とは違う場所で会うのは、町を一緒に歩いた時以来だ。しかもあの時は少し離れたところにカイルさんだっていたし、外だったし。
でも今日はちょっと感じが違う。
「今朝庭師から報告があったんだ。とっておきの花の一番花が咲いた、と。だから君にも見せたくてここに呼んだ」
「えっと、ありがとうございます! う、嬉しいです」
きっといつも部屋に閉じこもりきりの自分を心配して、たまには外に連れ出そうと考えてくれたのだろう。町にお忍びはそうそうできなくても、庭園くらいになら出られるから。
「それにしても、さすがは王族の皆さん用に作られたお庭ですね! パン屋は朝が早いし、夕方になると今度は次の日の仕込みに追われるから、あんまりのんびり花を見て歩くなんて習慣はなかったんですけど」
「そうか。パン屋は朝が早いと聞くからな」
なるほど、とリンドがうなずいた。
「そうなんです。だから今日はゆっくりこんなにきれいなお花を見られてよかったです!」
リンドが見せてくれたのは、淡いクリーム色をしたまるで果実のようなかわいらしい花だった。なんでもリンドの誕生を祝して植えられた大切な花らしい。
「きれいな花を咲かせるのがなかなか難しいらしくてね。去年は雨にやられてきれいに咲かなくて、ようやく今年最高の花が咲いたと庭師が喜んでいたよ」
「へぇ! お花にも色々あるんですねぇ」
これからどんどん花が咲き進んで、ひと月過ぎる頃には満開になるらしい。その時にまたここで会おう、とリンドは言ってくれた。
「はいっ! とっても楽しみです」
そう答えながらも、ふと考えていた。
その頃には魔物たちをきれいさっぱり一掃できていたらいいな、と。そうしたらどんなにか晴れやかな気持ちで満開の花をリンドと見られるだろう。
けれどそれは同時に、聖女としての役目が終わるということでもある。
(もしも魔物が一匹残らずいなくなったら、私はもう王宮から出て行くんだな……。皆とも別れて、聖力だって使えなくなるのかもしれないし……)
そうなったらもうもっちーズたちも生まれないし、王宮にいる必要もない。元通りの暮らしに戻るのだ。
ずっとそれを望んでいたはずなのに、不思議と気持ちが沈んだ。
(なんで私、こんな落ち込んでるんだろう。皆と一緒にいられなくなるのが、寂しいから? それともリンドと会えなくなるのが嫌、とか……?)
聖女として王宮に住み込んで、早いものでもう三か月が過ぎようとしていた。
今の調子なら、魔物を完全に退治できる日もそう遠くはない。ということは、こうしてリンドと満開のこの花を見る機会があるかどうかもわからない。そしてその後はもう一生会うことなく、元の暮らしに戻るのだ。お互いに、別々の道を。
当たり前のそんな未来を思い描き、またしても胸の中にちくりと針を刺したような痛みが走った。
(そんなの、最初からわかってたことなのに。当然のことなのに……)
胸の中にもやもやと未知の感情が湧き上がってくる。けれどそれが一体どんな感情なのか、自分のもののはずなのにさっぱりわからなかった。
だからそっと蓋をした。
わからないものを色々考えていても仕方ない。だってわからないんだから。
けれど同時に、その気持ちが何であるのか気づいてはいけないという思いもよぎる。その理由はわからないけど、そんな気がしていた。
ピチピチピチピチ……。
そよそよそよそよ……。
ふたり並んで庭園を歩きながら、何とも言えない気持ちでリンドの背中を見つめていた。すると一歩先に歩くリンドが、穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
「ほら、シェイラ! あそこに鳥の巣がある。雛の育ち具合からすると、巣立ちはそろそろ近そうだな」
「そうですね。ほんと、きっともうすぐ……」
感じたことのない胸の痛みは、リンドが優しく笑えば笑うほど増していく気がした。
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