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しおりを挟む「……お化粧直してきます」
彼と少しでも離れる口実が欲しかった。御堂さんも引き留めることもなかった。
そのことだけが今のわたしには救いのように感じ、立ち上がって外に繋がる扉に手を掛ける。
店内は金曜日の夜ということもあってか他のお客さん達で席が埋まっており、バックヤードで待機している女の子達も少ない。
「ほのかちゃん初指名おめでとう」
背後から聞こえる店長の声に、わたしは振り返って曖昧に微笑んだ。ぎこちないわたしの様子に客商売をしている彼は何かあったのかとすぐに勘付き、眉を顰める。
「どうしたの? もしかして席のお客さんに何かされた?」
声を小さくしたのは周囲に気付かれないようにした心配りだろう。沈んだ顔を誰にも見られたくなくて、少しだけ俯く。しかし声だけは深刻なものにならないようにと意識する。
「慣れていないからか何を話したらいいのか分からなくて……」
嘘はついていない。けれど真実を言えないことは、自分が弱っているからか余計に苦しく感じる。
「なんだ。そういうことなら、今ほのかちゃんの席でドンペリ入ったみたいだし、誰か女の子何人かつけようか?」
「え……」
わたしですらボトルが注文されていることを知らないのにどうして店長は知っているの、と思ったがボーイ達はインカムを使って、店の状況を把握している。だから、どの席で何が起こったのかすぐに分かるのだ。
店長も『今』と言っていたから、わたしが退出してすぐにボトルを注文したのだろう。
(ドンペリなんて高いお酒……わざわざ頼まなくても)
そもそも営業が終わるまで居るのだから、指名料も合わせるとそれだけでも結構な金額になるはずだ。
「それか、ゆりなちゃんのお客さんは帰っちゃうみたいだし、終わったら来てもらうとか……」
「……せっかく指名してくれているから、自分の力で頑張ってみたいです」
殊勝なことを口にしているが、他の人達に自分と御堂さんの関係性がバレたくないだけだ。
なんて小賢しいのだろうと内心の自嘲はおくびにも出さないできっぱりと断れば、彼はわたしの返答が意外だっだのか眼を丸くする。
「大丈夫なの? その、ほのかちゃんの席の方って妙に迫力があるから……ちょっと心配しちゃって」
「確かに少しだけ凄みがありますね」
あえて間の抜けた相槌を打ち、ずるいわたしの本心を誤魔化そうとする。彼もわたしが触れて欲しくない話題だと察したのか、女の子が必要になったらいつでも言ってくれていい、と立ち去った。
そして残ったわたしも化粧を直してから、御堂さんの元に戻るのだった。
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