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58(side:龍一)
しおりを挟むほのかと出会って十年。ようやく俺は彼女と対面することを決めた。
(柄にもなく緊張しているな)
手にかいた汗をハンカチで拭い取る。
彼女の父が友人の保証人になったことで、背負わされた借金。その問題を解決するためにやってきたのだがーーいざ彼女を目にするとどうしても離れたくない欲が勝り、ついには自分の情人になれと最低の迫り方をしてしまった。
自分でも初手であのアプローチは良くないと分かっている。けれど、長年想いを寄せていたほのかが目の前に居るのだ。
余裕なんかものは消え去り、どうやったら彼女な自分の元に繋ぎ止められるのかという焦燥がいきり立った結果がそれだ。
俺は金でほのかの人生を縛り付けてしまった。
確かに彼女は俺の情人になることを了承した。
しかし、それは借金を返済をするために仕方なくのことだ。
現に情人なってからのほのかの表情は暗いまま。
せめて少しでも喜んで欲しいとプレゼントを贈れば、どういう訳か更に表情は硬くなる。
一体どうしたら笑ってくれるのだろう?
陽だまりのようなあの笑みを俺に向けて貰えるのならば、どれだけ幸福なことか。
ぼんやりとそう考えながら、マンションに帰ろうと玄関に近付くと妙に騒がしい。
ふとドアの方向を見やれば、ほのかが立っている。
(逃げ出そうとしたのか?)
しかしそれにしては島田達の声は切羽詰まったものではない。
どんな状況なのだろうかと極力冷静に見極めようとすれば、彼女が笑っていることに気付く。
(……俺の前ではちっとも笑わないくせに)
他の男には簡単に笑うのかと思うと苛立ちが膨れ上がる。嫉妬に目が眩んだ俺は彼女の腕を強引に引いて、乱暴に抱く。
無理に彼女の身体を酷使したせいで、ほのかは翌日熱が出た。
(馬鹿か、俺は……!)
ほのかが自分の傍に居るのならば、ひたすらに甘やかしたいと思っていた。
この世の何よりも大切にして、幸せにしたいと思っていたのに……現実はずっと彼女に暗い顔をさせた状態だ。
そのことに勝手に焦って、空回りをして。
なんと格好悪いのだろう。
ベッドで眠っているほのかの呼気は苦しいのか荒い。自分がそこまで彼女を追い詰めたのだと思うと罪悪感で胸が軋む。
ひとまずは部下に風邪薬やスポーツドリンク等を用意させるために電話を掛ける。そして冷却シートがないので、中身が密封出来るようにフリーザーバックに氷と少しの水を入れて、彼女の額に乗せておけば、少し表情が和らいだ気がした。
まだ寝ているほのかの手を握り、すまないと何度も謝る。
彼女の意識がない状態であれば幾分か冷静に動けるくせに、いざほのかと対峙すると長年の想いが溢れ出しそうで怖かった。
(俺はこんなにも臆病者だったのか)
いっそのこと彼女の幸せを考えれば、自分のような男は離れた方が良いのではないかと考える時がある。
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