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しおりを挟む鋭利な刃で頬をなぞられる。その刃が紅く染まったらと想像すると血の気が引いていく。
「あたしね貴女が気に入らないの。お兄様はどうしてこんなどこにでも居るような平凡な女を気に入っているのかちっとも分からない。けれど、その凡庸な顔をもし好んでいるのだとしたら、ズタズタに引き裂こうと思うの」
「……い、いや!」
無邪気に蝶の羽を捥ぐ子供のように笑う目の前の女が恐ろしくて暴れようとした。
しかし、後ろ手に拘束されている以上、まともに動けるはずもない。不恰好に蠢くと女はわたしの僅かばかりの反抗心が気に触ったのだろう。
柳眉を吊り上げて、男にわたしを抑えるように命令した。
「あたしに歯向かうつもり?」
馬乗りになった女が脅すようにしてわたしの頬にヒタヒタと短刀を当てる。少し動けば肌を傷付けるであろうそれに短い悲鳴を上げる。
「や、やめて……」
「うふふ。貴女怯えている顔は中々良いわね。だけど貴女はあたしのお兄様を奪ったんだもの。何か罰は必要だと思わない?」
舌なめずりした女はゆっくりと短刀を下に滑らせる。そして首筋の位置に短刀を当てられると命を握られている恐怖に背筋が震えた。
「ひっどい顔ー! ねぇ、初対面の女に命を握られるのはどんな気分? 悔しい? 怖い? ほら教えてよ! あたし貴女が嫌がることならなんだってしたいんだからさ」
ジワジワと涙が目に溜まっていく。だけどここで泣いては真の意味で目の前の女に屈したことになる。そんなことはなんだか嫌だと思った。だからグッと奥歯を噛み締めて、女を睨んだ。
「……こんなことして一体何になるんです?」
弱いところを見せたところで、女が喜ぶだけだ。それが本能的に分かったからこそ、命を賭けた精一杯の虚勢を張る。まさか自分にこんなにも負けん気があるだなんて思いもしなかった。
正面切って買った喧嘩はあまりに不利である。けれどわたしが投げ掛けた質問は女の痛いところに刺さったらしい。女は唇を引き攣らせ、目を三角に吊り上げた。
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