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 ふとその時、彼の手が震えていることに気がついた。
 けれど、それをわざわざ指摘するのは野暮なことだろう。だからわたしはそのことを見なかったことにして、小さく謝った。


「ごめんなさい」
「いや、いい。これは俺の八つ当たりだ。最近静かになったアイツの動きをもっと怪しむべきだった」


 頭上から歯噛みする音が聞こえる。その音は彼後悔が形となったものだ。


「龍一さん……」
「俺は結局ほのかを危険な目に合わせてしまったな」
「でも怪我もなく、無事ですから」
「結果論だ」



 彼は今自分を責めている。痛々しいまでに自分を追い詰めた状態の彼を表面上の言葉でなぞらえても意味がないような気がする。であれば言葉ではなく、行動で示したいと思った。

 彼の名を呼ぶと、わたしの様子を窺うようにして覗き込まれる。
 わたしはそれに覚悟を決めて、彼の頬に手を伸ばし、そして顔を近付けた。


「ほのか?」


 目を丸くする彼がなんだか可愛らしくて、普段よりも幼く見える。


「好きです」

 ゆっくりと唇が重なり合う。
 ほんの一瞬だけの口付け。子供のようなキスであったものの、龍一さんを相手になんて大胆なことをしてしまったことに心臓が早鐘を打つ。
 だが……。龍一さんはわたしの肩を掴み、そしてもう一度唇を重ねた。


「足りねぇ」

 短い言葉は彼の切望が込められている。
 何度も何度も角度を変えてキスを深める。啄むようなキスをしているうちに吐息が苦しくなって口を開ければ、彼の舌が入り、わたしの舌に吸い付いた。


「ん……ぁ」

 わたし達しか居ない空間でくちゅくちゅと淫らな音が響き渡る。
 お互いの唾液を交わせ、舌で絡み合ううちに愛おしい気持ちが膨れ上がる。
 もはや彼に縋り付く腕に力は入っていない。反対に彼は痛いくらいにわたしを強く抱きしめた。


「愛している。苦しいくらいにお前を、お前だけをずっと愛している」


 なんて熱烈な告白なのだろう。
 応えたいと思うのに、長い口付けで乱れた息を正すのがやっとの状態になっていることがもどかしい。
 ぼんやりと彼の顔を見れば、龍一さんの唇にわたしの口紅が色移っており、なんだか扇状的に映る。
 赤くなった顔に彼も気付いたのだろう。頭上から笑い声が響く。


 すっかり緩まった空気。彼はわたしに手を差し出して「マンションに戻ろう」と言ってくれたのだ。

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