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83(side:龍一)

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 ドクドクと鼓動が荒れ狂う。
 まるで雷に打たれたような衝撃が体中に駆け巡る。
 それを誤魔化そうと「お人好し」だと皮肉を口にした。

(小学生を相手に俺はなんて大人気ないことを言うんだ)

 自分で自分を責めるが、少女はそれを気にする様子はなく、真新しい消毒液の蓋を開けていた。


『では傷口に触れても良いですか?』
『ああ』

 動揺から俺の返事は短い。せめてよろしく頼む、くらい言えば良かったと思うが、処置は既に始まっている。今更言ったところで空気が変になるだけだと判断し、押し黙ることを選んだ。
 小さな手が黙々と手当を進めた。
 その手際は子供にしては慣れた様子であった。


『随分と慣れているな』
『近所に居る年下の子がよく怪我をしているものですから』


 さすがにここまで大きな怪我はしていませんが、その子を相手に何度か手当しているからですね、と苦笑する。
 それを聞いて、彼女の親切心は俺にだけ向けられていなかったのかと些か残念な気持ちになる。

(……残念? 俺は何を考えている?)


 その気持ちを意図的に深掘りしないようにして、会話を打ち切った。
 そうだ。彼女がまだ幼いから失念していた。俺は御堂の血を引く人間だ。
 もしかしたら、目の前の少女に対しても、妄執する恐れもあるのだ。

 相手が子供だからと油断するな。もしそうなれば、親切心を抱いて処置してくれた少女を不幸に追いやる存在に成り果ててしまう。
 御堂家が抱える呪いの餌食にしてはならないときつく自分に言い付ける。
 眉間に皺を寄せた俺を少女は傷口が痛いのではないかと心配する。
 俺はそれにかぶりを振ると少女はほっとした様子でまた処置を進めていった。


 顔の手当が終わると当然少女の温かな手が離れていく。
 少女はチラチラと俺の痣だらけになった手足を見やるものの、どう手当をすれば良いのか分からなくて困っている様子だった。
 もう十分だと礼を言って、この感情が大きくならないうちに離れようと思った。そう思って口を開いた矢先ーー遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
 

 野太い男の声に応えようとようやっと立ち上がる。
 そして最後に少女の頭を撫で、ハンカチを俺の血で汚したことを謝った。
 ハンカチを借りることにしたのは、いつか少女に受けた分の礼をしようと思ったからだ。
 本当は今すぐにでも返したいが、もしそれで少女が正妻に目を付けられでもしたらと思うと気乗りがしない。

 ならば、全て『片付けた』タイミングが望ましいだろう。
 御堂家の実権を握る正妻を相手にしようと決めたのはこの時だ。

 下手をしたら、己の命も危うい。
 けれど、やられたからにはやり返してやるのだ。
 その気概の糧として少女のハンカチを借りる。

『いつか。これは必ず返す。それまで借りていても良いか?』
『わかりました。必ず返してくださいね。約束ですよ』

 黄昏時の約束に彼女は微笑む。
 その笑みは陽だまりのように暖かなものであった。

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