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26.
三日後の夕方。
――ゴォン、ゴォン、ゴォン。
重く、響く鐘の音が砦全体に鳴り渡る。
三回。
魔物のウェーブ接近の合図。
前回よりも――明らかに、重い音。
空気が張り詰める。
廊下を走る足音。
怒号。
鎧の擦れる音。
すべてが一気に動き出す。
⸻
「エアリス様!」
ナートが急いで部屋へ入ってくる。
少し息が上がっている。
「大丈夫っすからね」
すぐにエアリスの近くへ寄る。
安心させるように。
だが――
エアリスは、落ち着かない。
指先が、わずかに震えている。
外套の前をぎゅっと握る。
「……」
鐘の余韻が、まだ耳に残っている。
心臓が、早い。
⸻
外は、徐々に暗くなっていく。
時間が経つほどに、空は沈み。
やがて――夜。
戦闘は、長引いていた。
⸻
「……外、暗いっすね」
ナートが窓の外を見ながら呟く。
ここは砦の内側の塔。
戦場は見えない。
だが。
遠くで、何かがぶつかるような低い音。
風に乗って届く気配。
それだけで十分だった。
エアリスも、同じように外を見る。
暗い。
何も見えない。
『くらい こわい』
紙に書く。
ナートがそれを見て、苦笑する。
「ん?そうっすねえ。暗いと怖いっすよね」
軽く返す。
少しでも空気を和らげるように。
エアリスはこくり、と頷く。
でも――
視線は、外から離れない。
何かを考えている。
そして。
また、ペンを取る。
『くらい みえない まものみえる?』
ナートがそれを読む。
「んー……魔物は、暗い方が目がいいのが多いっすかねえ」
あっさりと答える。
隠す理由もない。
「夜の方が、向こうは有利っすね」
「……」
エアリスの手が、ぴたりと止まる。
呼吸が、浅くなる。
また、書く。
少しだけ、文字が乱れる。
『よる あぶない かいぜるさま』
ナートの視線が、エアリスに向く。
(……あー)
理解する。
「……大丈夫っすよ」
あえて軽く言う。
「カイゼル様、めちゃくちゃ強いっすから」
いつも通りの調子。
だが。
エアリスの不安は、消えない。
『いたい いや』
震えるような文字。
ナートの言葉よりも、ずっと強い感情。
「……」
ナートは一瞬だけ、言葉に詰まる。
(……これは)
ただの不安じゃない。
“あの人が傷つくのが嫌だ”という感情。
(……ここまで来てるんすね)
少しだけ、息を吐く。
だが。
今は、それをどうこう言う場面じゃない。
「……大丈夫っす」
もう一度だけ言う。
今度は、少しだけ真面目に。
「絶対帰ってきますよ」
エアリスは、それを聞いても――
落ち着かない。
胸が、ざわざわする。
呼吸が、浅い。
(……いや)
心の中で、何度も繰り返す。
(カイゼル様、痛いのいやだ)
(傷つくの、いやだ)
(……お願いします)
ぎゅっと、目を閉じる。
視界を遮る。
外の暗さも。
不安も。
全部。
ただ――
願う。
強く。
強く。
その瞬間。
――ふわり、と。
エアリスの周囲の空気が、わずかに揺れた。
ナートの目が、ぴくりと動く。
「……?」
何かを感じる。
だが――
まだ、はっきりとは分からない。
エアリスは、気づかない。
ただ、目を閉じたまま。
必死に、願っているだけ。
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