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37.
教会の奥。
人の気配が遠ざかる、静かな控室。
扉が閉まると同時に――
外の喧騒が、嘘のように消えた。
「……」
カイゼルはそのまま、エアリスをソファへ下ろす。
だが、エアリスの呼吸は、まだ整っていない。
肩が、小さく上下している。
「……エアリス」
低く、落ち着いた声。
反応はない。
視線は、どこも見ていない。
過去に引き戻されているような目。
「……」
カイゼルは一瞬考えて――
そのまま、距離を詰める。
エアリスの前に膝をつく。
視線を合わせる高さまで下がる。
「……もういない」
短く、はっきりと言う。
「ここには来させない」
ゆっくりと。
言葉を選ぶように。
「……」
エアリスの瞳が、わずかに揺れる。
「……大丈夫だ」
もう一度。
今度は、少しだけ柔らかく。
その言葉が――
ゆっくりと、届いていく。
「……っ」
詰まっていた息が、少しだけ流れる。
だが、まだ苦しい。
(……こわい)
身体が、覚えている。
あの声。
あの視線。
「……」
カイゼルは、そっと手を伸ばす。
一瞬、止まる。
それから。
ゆっくりと――エアリスの手を取る。
冷たい。
驚くほどに。
「……」
そのまま、両手で包む。
温度を移すように。
「……ここにいる」
ぽつりと、独り言のように。
だが確かに、伝える声。
エアリスの指が、わずかに動く。
「……」
少しずつ。
呼吸が、落ち着いていく。
浅かったそれが、ゆっくりと深くなる。
「……は、……」
かすかな音。
喉が、震える。
カイゼルの目が、わずかに動く。
「……?」
エアリスの唇が、震えている。
「……だ……」
途切れ途切れ。
それでも――
「……だい、じょ……」
出そうと、している。
怖い。
でも。
(……つたえたい)
「……ぶ」
小さく。
本当に、小さく。
「……だいじょう、ぶ」
言えた。
自分に言い聞かせるように。
でも――
確かに、言葉になった。
「……」
カイゼルの手に、わずかに力が入る。
(……今)
はっきりと聞こえた。
「……ああ」
短く、返す。
それ以上は言わない。
ただ――
その言葉を、否定しない。
エアリスの肩から、さらに力が抜ける。
視線が、少しだけカイゼルへ向く。
「……」
まだ、少し赤い目。
それでも。
さっきまでの恐怖は、少し薄れている。
「……戻れるか」
静かに問う。
無理はさせない。
選ばせる声。
「……」
エアリスは、少し考える。
それから――
こくり、と頷く。
完全ではない。
でも。
(……いける)
カイゼルの手があるなら。
「……そうか」
ゆっくり立ち上がる。
だが、その手は離さない。
「少し休んでからでいい」
「……」
エアリスは、小さく頷く。
そのまま、少しだけ近くに寄る。
無意識に。
「……」
カイゼルは、一瞬だけ目を細める。
何も言わない。
ただ、その距離を許す。
静かな時間。
外のざわめきは、遠い。
ここだけ、切り離されたように穏やかだった。
⸻
扉の外。
ナートと執事が、控えている。
ナートが小声で。
「……大丈夫そうっすかね」
執事は、静かに頷く。
「カイゼル様がいらっしゃいますから」
その声には、確信があった。
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