声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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夜の砦は、静まり返っていた。

外はまだ冷えるが、部屋の中は暖かい。

穏やかな静寂。

規則正しい寝息だけが、空間に溶けている。

「……」

ベッドの傍。

椅子に腰掛けたまま、カイゼルは目を閉じていた。

浅い休息。

完全に眠ることはない。

何かあればすぐ動けるように。

その時――

「……っ、……や……」

かすかな声。

苦しそうな呼吸。

「……」

カイゼルの目が、すぐに開く。

視線は、ベッドへ。

エアリスが、眉を寄せている。

呼吸が乱れている。

指が、シーツを掴むように震えている。

「……エアリス」

低く、呼ぶ。

だが、届いていない。

夢の中だ。

「……いや……っ」

かすれる声。

拒絶。

震え。

「……」

カイゼルはすぐに立ち上がる。

ベッドへ近づき――

そっと、肩に触れる。

「大丈夫だ」

静かに。

しかし、はっきりと。

「エアリス」

もう一度。

名前を呼ぶ。

「……っ」

びくり、と身体が跳ねる。

そして――

ゆっくりと、目が開く。

「……」

焦点が、定まらない。

夢と現実の狭間。

息が、まだ荒い。

「……」

カイゼルは、ためらわず。

そのまま、引き寄せる。

腕の中へ。

「……ここだ」

低い声。

「もう大丈夫だ」

「……」

エアリスは、一瞬抵抗するように身体を強張らせる。

だが――

すぐに、気づく。

(……ちがう)

この温もり。

この匂い。

「……か、い……」

かすれた音。

名前になりきらないが確かに読んだ。

「……ああ」

短く応じる。

「……」

エアリスの力が、抜ける。

そのまま――

そっと、カイゼルの服を掴む。

ぎゅっと。

離さないように。

「……」

カイゼルは何も言わない。

ただ、背中を撫でる。

ゆっくりと。

一定のリズムで。

安心させるように。

「……」

呼吸が、少しずつ整っていく。

浅かったそれが、深くなる。

「………」

やがて、再び眠りへ落ちていく。

だが――

服を掴んだ手は、離れない。

ぎゅっと。

小さく、必死に。

「……」

カイゼルは、その手を見る。

(……離さないな)

ほんのわずかに、息を吐く。

困ったようで。

けれど、どこか柔らかい。

「……仕方ない」

小さく呟く。

そのまま――

エアリスを起こさないように。

ゆっくりと身体を動かす。

ベッドへ。

隣に、横になる。

距離は近い。

触れれば分かるほどに。

「……」

腕は、そのまま。

エアリスを包むように。

背中を守る位置。

自然と、そうなる。

「……」

エアリスは、安心したように。

ほんの少しだけ、身体を寄せる。

無意識に。

「……」

カイゼルの目が、わずかに細まる。

そのまま、視線を落とす。

すぐそばの寝顔。

穏やかになった表情。

さっきまでの苦しさが、嘘のように消えている。

「……」

静かに、目を閉じる。

完全に眠るわけではない。

だが――

さっきよりは、深く落ちる。

腕の中の温もりを感じながら。

その夜。

二人は――

初めて、同じベッドで眠った。







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