声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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夕食のあと。

静かに片付けが終わり。

部屋には、二人だけ。

「……」

カイゼルが立ち上がる。

「では、戻る」

いつも通りの一言。

扉へ向かう足音。

その背中を――

エアリスは、じっと見ていた。

(……いく)

(……いっちゃう)

胸の奥が、きゅっとする。

さっきまで、普通だったのに。

隣にいたのに。

「……っ」

気づけば。

一歩、踏み出していた。

そして――

「っか……ぜる、さ……ま、」

かすれた声。

それでも、はっきりと届く。

「……」

扉の前で、足が止まる。

ゆっくりと振り返るカイゼル。

「どうした」

低く、落ち着いた声。

「……」

エアリスは、何も言えない。

口が、開いたまま。

言葉が出ない。

(いっしょに……)

(ねて……ほしい)

でも。

恥ずかしい。

怖い。

こんなこと、言ったことがない。

「……」

視線が揺れる。

手が、ぎゅっと握られる。

「……エアリス」

少しだけ、歩み寄るカイゼル。

「何だ」

急かさない。

ただ、待つ。

「……っ」

エアリスは、ゆっくりと口を動かす。

震える声。

「……い、っしょ……」

途切れる。

顔が、どんどん赤くなる。

「……」

カイゼルは黙っている。

最後まで聞く。

「……ね、て……くださ、い」

消え入りそうな声。

それでも。

確かに、言った。

「……」

一瞬の、静寂。

エアリスは顔を伏せる。

(いっちゃった……)

逃げ出したい。

でも――

「……ああ」

短い返事。

「いいぞ」

「……っ」

顔が、勢いよく上がる。

目を見開くエアリス。

「……いいの?」

そう言うように。

「……」

カイゼルは、わずかに息を吐く。

そして――

エアリスの前まで来る。

「昨日も、そうだっただろう」

静かに言う。

「……」

確かに。

自分から掴んで、離さなかった。

「……嫌ではない」

はっきりと。

「むしろ――」

一瞬だけ、言葉を区切る。

「……その方がいい」

「……」

エアリスの目が、揺れる。

じんわりと、熱くなる。

嬉しい。

でも、くすぐったい。

恥ずかしい。

全部、混ざる。

「……」

こくり、と頷く。

小さく。

でも、確かに。




ベッド。

昨日と同じ場所。

けれど――

今日は、違う。

「……」

エアリスは、少しだけ距離を空けて横になる。

どうしたらいいか分からない。

ちら、とカイゼルを見る。

「……」

カイゼルは何も言わず、隣に横になる。

自然な動き。

「……」

少しの沈黙。

(……どうしよう)

(ちかい……)

(でも……)

(さびしいの、やだ)

迷って。

迷って。

そして――

そっと、近づく。

ほんの少しだけ。

「……」

それに気づいたカイゼル。

何も言わず。

腕を伸ばす。

「……っ」

そのまま、引き寄せられる。

昨日と同じ位置。

腕の中。

「……」

驚いて見上げるエアリス。

すぐ近くに、カイゼルの顔。

「これでいいだろう」

低く、穏やかな声。

「……」

エアリスは、ゆっくりと。

カイゼルの服を掴む。

昨日よりも、少しだけ自然に。

「……」

カイゼルの手が、背中に回る。

優しく、撫でる。

「……安心するか」

「……」

こくり、と頷く。

胸に、額を寄せる。

鼓動が、聞こえる。

一定で、落ち着く音。

「……」

そのまま、目を閉じる。

「……おやすみ、エアリス」

「……お、や……」

小さく、返そうとして。

言葉になりきらないまま。

でも――

ちゃんと、伝わる。

「……」

呼吸が、ゆっくりになる。

力が抜ける。

眠りに落ちるのは、早かった。




「……」

カイゼルは、しばらくそのまま。

腕の中の存在を感じている。

軽い。

温かい。

守るべきもの。

「……」

わずかに、目を細める。

(……離す気はない)

心の中で、はっきりと。

そのまま――

静かに、目を閉じた。








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