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58.
婚姻式、前夜。
ヴァルクレスト要塞は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
準備はすべて整っている。
あとは――明日を迎えるだけ。
エアリスの部屋。
窓の外には、夏の夜空。
涼しい風が、カーテンをわずかに揺らしている。
ベッドの端に座り、手元を見るエアリス。
指にはめられた指輪。
淡い青が、月明かりにきらりと光る。
(……あした)
胸が、少しだけざわつく。
怖いわけじゃない。
でも――
知らない何かに向かうような、そんな感覚。
コンコン。
ノックの音。
「……っ」
びくりと肩が揺れる。
「入るぞ」
低く、よく知った声。
「……ん」
小さく頷くと、扉が開く。
カイゼルが入ってくる。
いつもと同じはずなのに――
どこか、少しだけ違って見える。
「……起きていたか」
こくり、と頷く。
「……少し、話すか」
「……!」
わずかに目が見開かれる。
ベッドの隣に座るカイゼル。
いつもより、少し近い。
しばらく、静かな時間が流れる。
「……明日だな」
ぽつり、と。
「……ん」
「……緊張しているか」
少し考えて。
こくり、と頷く。
「……そうか、私も、緊張している」
エアリスは目を瞬かせて、カイゼルを見つめる。
「…か、ぜる、さまも…いっしょ…?」
静かに頷く。
(同じ…なんだ……)
なんだか嬉しくて、少し肩の力が抜ける。
言葉数は少ない。
それでも、隣にいる。
その距離が、少しずつ安心をくれる。
「……エアリス」
「……?」
「……ここに来たばかりの頃」
少しだけ、目を細める。
「……お前は、ほとんど何も話さなかった」
「……」
静かに聞く。
「……今も多くはないが」
「……」
「それでも――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……変わったな」
「……っ」
小さく、目が揺れる。
「……いい方向に、だ」
「……」
胸が、じんわりと温かくなる。
少しだけ勇気を出して。
「……かいぜる、さま」
「……なんだ」
「……ここ、きて……よかった」
ゆっくりと。
一語ずつ。
「……っ」
カイゼルの呼吸が、わずかに止まる。
「……そうか」
それだけ。
でも――
それ以上はいらない。
沈黙。
でも、心地いい。
ふと。
エアリスが、少しだけ身体を寄せる。
「……」
カイゼルは拒まない。
そのまま、受け入れる。
「……あした」
「……?」
「……ちゃんと、できるか、な?」
不安そうに見上げる。
「……できる」
即答。
「……私がいる」
「……ん」
安心したように、目を細める。
少しの間。
ただ寄り添う時間。
そして――
カイゼルが、そっとエアリスの顎に手を添える。
「……」
ゆっくりと、顔を上げさせる。
目が合う。
近い。
(……あ)
エアリスの呼吸が止まる。
ゆっくり、距離が縮まる。
あと、少しで――
その時。
エアリスの指が、ぎゅっと服を掴む。
「……っ」
緊張。
カイゼルが、ぴたりと止まる。
数秒。
そのまま見つめて――
ふっと、わずかに笑う。
「……明日に取っておくか」
低く、優しい声。
「……っ」
顔が一気に赤くなるエアリス。
「……」
こくこく、と小さく頷く。
カイゼルは、そのまま――
額に、軽く触れるだけの口づけを落とす。
「……おやすみ」
「…………おやすみ」
たどたどしく、でも確かに返す。
カイゼルが部屋を出ていく。
静かになった部屋。
エアリスは、そっと自分の額に触れる。
(……あした)
胸が、少しだけ高鳴る。
もう――怖くない。
ベッドに潜り込みながら。
指輪をぎゅっと握る。
(……かいぜるさま)
小さく、心の中で呼ぶ。
明日。
ふたりは、正式に結ばれる。
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