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第十八話 十人張り
しおりを挟む「信じられぬ」
三郎がイダテンの矢を手にとってしげしげと見つめている。
「……とても矢師には見せられぬのう。これで的中するところを見たら腕に覚えのある職人は自分の仕事に誇りを持てまい」
弓を貸してくれというので手渡した。
「わしは、この屋敷にある弓はすべて引いたことがあるでな……なに、引かせてくれぬ場合はこっそりとな」
三郎は、弦を引こうとして、目を見張った。
「これはいかぬ。びくともせぬ。間違いなく、この屋敷で一番の強弓じゃ。五人張り……いや、十人張りやもしれぬ。できも良い。さぞかし名のある者が作ったのであろう――しかも、ぶ厚い上に、ずいぶんと小ぶりじゃ。特別に作らせたに違いない。だれが作ったのじゃ?」
「知らん。おれが生まれる前に父が用意したと聞いた」
「おお、宗我部兄弟に一泡吹かせた鬼であろう……あやつらの敵なら、われらの味方ということじゃ」
父のことを鬼と呼びはしたが、さげすんだ様子はなかった。
続いて、何か面白いことを思いついたかのように口にした。
「のう、イダテン。もうじき多祁理宮で奉納祭があるのじゃ。そこで競弓がある。わしらとともに、それにでぬか? 最後まで勝ち抜けば、米一俵がでるのじゃ。むろん白い米じゃ。赤米や色のついた米ではないぞ」
人の祭りに、人ではない者を出そうというのか。
「何を浮かぬ顔をしておる。心配するな、一人占めにはせんぞ……おお、たしかに米が出るのは大人の試合に限られるがのう。童の試合に大人が出るのは卑怯じゃが、その反対なら文句は出まい」
「人の祭りであろう」
きっぱりと断ったつもりだったが、三郎は笑顔で応えた。
「忠信様は受けるであろう」
先ほども聞いた名だ。あの老臣が確かそのような名だった。
「忠信様は侍所の頭じゃ。警護が主な仕事じゃが、ほかにもいくつかのことを任されておる。この祭りはいつも忠信様が仕切られる……実は、忠信様は、わしらのじい様なのじゃ」
イダテンの物言いたげな目を見て三郎が先回りをする。
「阿岐権守様や姫様に近い務めゆえ、なれなれしくするなと厳しく言われておるのじゃ……おお、言いたかったのはそのようなことではない。腕に自信のある忠信様のことじゃ。童に挑まれて逃げるはずがない」
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