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第四十七話 恩賞
しおりを挟む喧騒が耳に届き、鎬を削る音が聞こえてきた。
視界の隅に、南二の門の櫓の上で何本もの矢を受けて横木にもたれかかっている味方の姿が映った。
暗い空も見える。
命運が尽きかけているにも関わらず恐怖心はなかった。
叩きつけられた体同様、心も麻痺しているのだろうか。
喜八郎たちは無事だろうか。
吹晴山に逃げ込んでいれば可能性はある。
あの岩の下の穴に潜り込み、入口を塞げばよいのだ。
三人で熊を燻り出したあの岩だ。
――だが、二人ともたどり着けなかったようだ。
目と鼻の先で血まみれになり、折り重なるように倒れていた。
三郎は、その中にまぎれて、見過ごされたのだろう。
すまぬ、と心の中で手を合わせた。
もう一働きして、わしもすぐにそちらへ行く。
だが、その機会は与えられそうになかった。
腹巻姿の兵が倒れている童たちに止めを刺しに回ってきたのだ。
すぐに順番が回ってきた。
穂を向けられ、これまでか、と観念した。
が、その時、
「先に進むぞ」
と、兵に声がかかった。
「しかし、皆殺しにせよと……」
「生きていたところで逃げ場もないのだ。なにより手柄にもならぬ」
その言葉に納得したのだろう。
兵は血に濡れた穂を三郎の衣で拭うにとどめた。
声をかけた兵は周りを見回し舌打ちする。
梯子のかかった二の郭は、ほぼ制圧されている。
一の郭にはほとんど兵がいない。
混乱を避けるため邸攻めの数はあらかじめ決められていたようだ。
「ここまで一方的になると戦とは言えぬのう」
「楽でよいではないか」
「それはそうじゃが、手柄も立てられぬではないか」
「鬼の子がおろう」
「おお、たいそうな恩賞がかかっておるそうじゃな?」
尋ねられた兵が、それよ、と続けた。
「十二町歩の田が手に入ると聞いたぞ」
相手は、なんと、と言って言葉を失った。
「……ちょっとした領主ではないか。イダテンとは、それほどのものか?」
「知らぬ……が、あやつの親は桁違いに強かったというぞ。なんでも、得物を持った兵、十人を素手で殴り倒したとか」
「一対一は御免じゃな。われらで取り囲んでみるか?」
「おお、こたびは、こわっぱじゃ。四、五人で囲めば間違いはあるまい」
「ならば急ごう」
――おお、イダテン。やはり、おまえはたいしたものだ。
わしと同じ年で首に恩賞がかかるとは。
しかも、皇子さまを守って死んだという、我が、ご先祖様に引けを取らぬほどの恩賞ぞ。
邸の背後にある吹晴山と長者山に目をやった。
連なる尾根沿いに旗は立っていない。
逃げられまいとたかをくくっているのだ。
ならば、姫様のもとに駆けつけ、山に登ってわずかなりとも時を稼ごう。
イダテンは必ず帰ってくる。
あいつはそういう男だ。
それまで持ちこたえるのだ。
左手の指が動いた。
首が動いた。
かたわらに転がっていた矛に手を伸ばし、それを杖代わりに山を見上げ、震える足を叱咤して、ようやく立ち上がった。
――突然、左足に火箸を突きたてられたような衝撃が走った。
棒のようになって顔から地面に倒れ落ちた。
郭の外から降り注いできた矢の一本が、三郎の左のふくらはぎに突き刺さったのだ。
痛いなどという言葉では表せない。
頭の中が針で掻き混ぜられたようだ。
足が、視界が、あっというまに真っ赤に染まる。
あってはならぬことだった。
後方から矢が突き刺さったのだ――これでは敵に後ろを見せたようではないか。
動けぬ。
くそ、動け、動くのじゃ。
くそっ、なんということじゃ!
姫様を助けに行かねばならぬのじゃ。
ミコとおかあを助けに行かねばならぬのじゃ。
たのむ。
動け、動いてくれ!
左目に血が入り込む。
目が霞む。
目が見えぬ。
せめて姫様を守らねば……兄者と約束したのじゃ。
わしは武門の子じゃ。
わが身を盾にしてでも主人を守らねばならぬのだ。
そうでなければ、この世に生まれてきた意味がないのじゃ。
ご先祖様に顔向けできぬのじゃ。
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