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第七十八話 『天を恨む』
しおりを挟む【弱法師】
赤子の胸が震えていた。
襟を開くと、胸元の籠目紋の守袋が踊るように跳ねている。
袋の口を開き、息を飲んだ。
言葉に尽くせぬほど見事な翡翠玉が輝いていた。
貧しい暮らしの夫婦が持てるようなものではない。
しかも、長く使われた形跡はないが、霊力がある。
赤子の母が口にした父の名、ハハキを聞いて、もしやとは思った。
この赤子こそ、荒覇吐様の正統な血を受け継ぐ者ではないか、と。
*
荒覇吐様の残した霊力を持つ神器、十種神宝。
それがどこに安置されているかは十二大師でさえ知らなかった。
長を継ぐ者にしか知らされなかったのだ。
その年、国に帰ってすぐ長に呼ばれ、国の禁秘を知った。
それらは、荒覇吐神社の地下深くに安置されていた。
呼び出された理由は、聞かずとも見当がついた。
長の力では使いこなせなかったのだ。
ゆえに、わしが呼ばれたのだ。
わしは喜びに震えた。
理由など、どうでもよかった。
わが法力で神宝を発動させることができるのだ。
震える手で、神鏡、澳津鏡に手を伸ばした。
初めて愛したおなごにしたように慈しむように触れた。
興奮も収まらぬうちに、布留の言を唱え、澳津鏡の名を唱えた。
――澳津鏡は淡い燐光を発し、虫の羽音のような唸りを上げた。
それを見た長は、「起動するのか……」と絶句したのだ。
とんでもない話だった。
この国が半独立を保っていられるのも、朝廷が十種神宝を怖れているからである。
予想していなかったわけではない。
長の一族には力がない。
だが、その発言が、神宝の力自体を疑うものであったことに愕然とした。
問い詰められ、長はようやく白状した。
その驚愕の事実を。
自分が知る限り祖父の代からのち、誰一人起動できなかったと。
一つとして起動できなかったと。
――国の命運が、わが双肩にかかっていることを知った。
決して、おごり高ぶっていたわけではない。
それでも、わしであれば、半数とはいかぬまでも三つや四つは起動できると思っていた。
残りの大師が一人一つ起動させることができれば、十種神宝が同時に発動したことになるのではないかと。
ならば国を護れようと。
だが、澳津鏡に続いて辺津鏡を起動させると、澳津鏡が光を失い動かなくなった。
コツを掴めていないだけだろうと、再度試みた。
が、同時に起動させることができなかった。
順を変え、幾度繰り返そうともできなかった。
十種神宝ほど強大な力は無いものの、長とわしを含む十二大師は荒覇吐様の鍛えし呪具、鉄囲(てっちん)を身に着けていた。
法師一人一人の力を増幅させる呪具である。
それを身に着けてこのありさまだ。
しかも、神宝は九つしかなかった。
最後の箱には何も入っていなかったのである。
失われたのは道返玉(ちかへしのたま)と呼ばれる翡翠の玉であった。
――赤子の持っていた玉が、それだと確信した。
玉の持つ霊力が他の神宝と酷似していたのだ。
十種神宝が安置されたこの場所は、荒覇吐様自らが張った結界の中にあった。
長以外の者が持ち出せるとは思えなかった。
それでは何代か前の長が持ち出したのか。
論外である。自らの首を絞めるような愚か者はおるまい。
ならば結論は明白である。
荒覇吐様が手放さなかったのだ。
失われた、その玉、道返玉の役割を長から聞き出し、背筋が凍った。
大和の者どもがこの国に攻め寄せた時――
十ある神宝のすべてを同時に発動させなければ壱支国は滅び、
足りぬまま発動させれば日本六十余州が滅ぶ――これは、そうした玉だった。
荒覇吐様の怒りのほどが伝わってくるようである。
だが、長は、そのことにさえ気づいていない様子だった。
あらためて、おのれの半生を振り返った。
愛したおなごを捨て、
修験者としての道を究めんと、
研鑽に研鑽を積んできた、わが力。
わが法力。
その力が、才能が、貰い受けてきた……生まれて間もない赤子にも及ばぬというのか。
――ようやく思い当たった。
天が、わしに与えたであろう役割に。
――わしは天を恨んだ。
*
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