【完結】不死の魔王の殺し方

林檎茶

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21 エピローグ 英雄たちの後日譚

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 あれから三日経った。
 ヴェルテ、それからシシリアの死は異形によるものだと、国民にはディラの口から報告された。

 シシリアの精神を混濁させる魔法が強力すぎて、あのとき実際に観客として俺たちのやり取りを見ていた住民たちですら、その言葉を信じた。曖昧な記憶を補完するのに、英雄であるディラの言葉は十分すぎる説得力を持っていたのだ。

 その衝撃で凱旋パレードに騒ぎ立っていた王都は一瞬にして喪に服し、空気が一転。
 だが、結局国民たちは英雄たちの活躍に感謝するよりも、ただお祭り騒ぎをする機会が欲しかったようで、すぐに元の日常には戻った。

 異形たちはバレンの指示でそれぞれ暮らしていた場所に帰り、それ以来人前に姿を見せていない。
 今後も、人の目を忍んで慎ましく暮らしてくれることだろう。
 ……たまに耳鳴りのような頭痛がすることがあり、もしかしたらあの上級異形が鳴いているのかもしれないが、襲われでもしない限りは決してあの力を使うことは無いと信じている。

 そして俺は今、ディラの研究所に二人でいる。
 何の研究をしているかというと、俺の異形じみた肌を人間のものにするためのものだ。

「ありがとな、ディラ。お前が裏切らないでくれて俺は嬉しかったよ」

 休憩に入り、横で俺が渡した難解なパズルを解くディラを見て、中々言えなかった感謝を告げる。

「はあ? ……まあ、当たり前だろ? 魔法を特別なもので無くしたことについては不服だけど、僕はヴェルテを普通に尊敬してたしね。そして、お前に謝りたいことがある」

「謝りたいこと?」

 思い当たる節はないが……

「お前の今の肉体。親友の妹だったか? になってしまった理由は、僕が『最初に喰った人間の姿になれる』という魔法を人造異形に組み込んだからだ」

「……やっぱりそうだったのか」

 シシリアの『入れ替わり』とは違う性質の魔法が行使されたものだと思っていたが、やはりディラが用意したものだったか。シシリアはそんな魔法を組み込んでないと言っていたし、消去法でディラしか考えられない。

「もしも計画通りに事が進んでいたのなら、異形となったお前がヴェルテを殺し、その死体をお前が捕食することで、結局はヴェルテの肉体を取り戻せるって仕組みだったんだけどな」

 ディラはそう語りながら、パズルを完成させたようで一息ついた。また新しいパズルを作ってやらないとな。

「……今は感謝してる。その魔法がなかったら、俺は未だに王都にも辿り着けずにのたれ死んでいたはずだ。その魔法の存在をシシリアに秘密にしといてくれたのも助かった」

 ニアを殺してしまったことは悔やんでも悔やみきれない。しかし、そのことをずっと引き摺ることは、他でもないニアが許さないはずだ。

「ふん。驚かせようと思ってたからね。そういえばなんだが。その姿になった時、記憶が混濁していたりしなかったか?」

「記憶の混濁……? ああ、言われてみればバレンに関する記憶が無くなっていたような」

 思い出せなかったことを思い出す。てっきりシシリアがやったことだと思っていたが。よく考えてみれば、すぐに俺を殺す予定だったシシリアが記憶をどうこうするのは矛盾しているか。

「どうやって記憶を取り戻した?」

「俺が王都まで乗ってきた異形がいただろ? 彼に言われたんだ。お前は魔王の妹だって。それで思い出した」

「なるほど。記憶については軽くしか弄ってなかったからな」

「なんでそんなことを?」

「お前が異形の体と入れ替わったとして。僕はその後、ヴェルテの死体を君に喰わせるつもりだった。そんなの、正気でやらせる訳にはいかないだろ? だからお前の精神性が肉体に引っ張られるようにした。だけど異形は魔王には攻撃しない。つまり、想定通りに理性を失ったお前がヴェルテの死体を喰う保証は無い。だからお前が異形と入れ替わった直後だけ、魔王に関する記憶を消すような設定にしたんだ。正確にいえば、魔王と僕たちが対峙したあの瞬間の記憶だけ、かな。僕が弄れる記憶は『僕が知っている記憶』だけだから」

「そんなこと……できたのかよ」

『英雄』の埒外な思考回路に目を回しそうになった。

「見たかったな、僕の造った異形がヴェルテの死体を喰う姿」

「最悪な思考してんな」

 本当にコイツを英雄と呼んで良いのか疑問視したい程の危険思想だ。

「話は変わるがその姿、中々可愛いじゃないか。口調を女の子っぽく改めたらどうだ?」

 魔力の過剰分を制御するためか、バチバチと何やら手のひらの上で錬成しながら、ディラはそんなことを言ってきた。
 色恋沙汰の類にはまるで興味がないと思ってたので、まさかディラの口から『可愛い』なんて言葉が出るとは意外だ。よし、ちょっと色仕掛けをしてみるか。

「……そう? 分かったわ。ウフフ」

 完全に決まった!
 あざとく両手に顎を乗せ小顔効果を狙った上での上目遣い。
 自分で言うのもなんだがこの姿は可愛いが過ぎるし、これで落ちない男なんていないはずだ!

「やばい、中身がヴェルテだと分かっているからか、悪寒がした。もうやめろ。普通に胃の中の物が込み上げてきた」

「お前が言い出したんだろ!」

 やれやれと首を振ったその時、バン! という音が響いて勢い良く研究室の扉が開けられる。

「師匠! 訓練三つ目が終わったよ! 次は何をすればイイ?」

 短剣をぶんぶんと振り回したルシカが入ってきた。
 短剣を振った勢いで風の刃が飛ばされ隠れ家の天井が破壊された時のことを思い出しながら、

「危ないから振り回すのはやめろ」

 と言ったが、ルシカに聞く耳はない。

「仕方ない、訓練その四を伝授してやろう」

 訓練その四は、精密な魔力制御。俺の姿をしたバレンがやったように、残像を作り出す魔法の訓練だ。
 俺は弟子を取るのは初めてだったから、この『ただ難しい魔法を教える』という方法が教育に良いのかは分かっていない。今は俺自身に魔力がない状態だから、実践して見せてやることもできないしな。

 正直、人を襲う異形がいなくなった世界で、戦闘の実力をつける意味はあまりない。
 それこそ、戦争に駆り出さてしまうとか。そういった欠点の方が大きい。
 それでもルシカが強くなろうとしているのは、単純に俺を尊敬しているがゆえ、俺の使えた魔法を使えるようになりたいからだろう。

「訓練その四が終わったら、出かけるぞ」

 色々とひと段落ついたので、俺は出かける準備を整える。

「どこ行くの?」

「俺が生まれた村だ。……もう一度、バレンの墓を拝んでおきたくてな」

「えー、また?」

 ルシカは面倒臭そうに言って短剣をぶんぶんと振り回す。

 バレンの墓は三日前、俺がバレンを刺殺した後の遺体を埋める際に行ったばかりだった。
 余談だが、その際にガレイを助けたあの街に寄った。そして俺を街に入れてくれた門番に俺お手製のヴェルテグッズを渡したのだが……なんと、あの門番はルシカの父親だった。
 なんとなくそんな予感はしていたし、驚きはしなかった。しかし、ルシカの父親は傷心していた。なぜならば、あの街ではルシカが大罪人になっていたからだ。
 そうなった理由は明白である。
 ルシカは、異形に味方した。その際にルシカがボコボコにした処刑人が、街じゅうの掲示板にルシカを大罪人として張り出していたのだ。
 その現状をなんとかするため、俺はすぐにディラを街に呼び出した。ルシカは悪人。そんな『噂』が、ディラの「ルシカは英雄の弟子だぞ」という一言によって覆ったあの瞬間は、本当に気持ちが良かった。
 それはいいとして。再度、墓参りに行く理由だが……

「なんでか分からないが、無性に行きたくなってな」

 バレンに呼ばれているような、名状し難い感覚が俺を駆り立てている。

「しょーがないな。じゃあ行こ!」

 訓練その四を伝授する前に、ルシカは研究室を出て行ってしまった。
 やれやれ、じゃあすぐ向かうとするか。

「というわけで俺はしばらく離れる。じゃあな」

「ああ、行ってこい。……新しいパズルの作成は怠るなよ?」

「へいへい」

 ディラは破格の速度で俺が作成したパズルを攻略している。俺の着想が尽きるのも時間の問題だ。

 ──こうして研究所を出た、俺とルシカ。
 馬車に四時間ほど揺られて、今はなき故郷の村へと辿り着く。

 村人たちの死体は埋めてやったが、まだ壊れた家屋なんかは残っている。いずれここも綺麗にせねばなるまい。
 そのまま全てが始まったサリア大森林に向かう。

 しばらく森の中を歩き、開けた場所に着く。
 俺が肉体を奪われたこの場所に、苔むした墓標は相変わらず俺を待ち構えるように立っていた。
 しばしの間それを眺める。

「…………」

 続く静寂が、なんとも心地よい。 
 何分、そうしていただろうか。時間の経過を、吹き始めた穏やかな風が知らせてくる。
 ざわざわと木々の葉が擦れる音が周囲を支配し、甘美なそのさざめきに耳を傾ける。

 ルシカが叫んだ。

「あれ!」

 ルシカが指差す方に、人影が二つ見える。
 一つは小さく、一つは大きい。
 見紛うはずがない。

 ニアと、バレンだった。

 二人は俺たちを見て、柔らかな笑みを浮かべている。
 俺はすぐに叫ぶ。叫ばなければならない。

「ニア! ごめん……俺は、ニアのこれからを、奪って──、」

『あいつを倒してくれてありがとう。ヴェルテお兄ちゃん』

 それだけ言って亡霊は──消えた。
 風が作り出した残像、贈り物だった。
 風が贖罪の機会をくれたのだ。

「ああ、ぅ、あ……」

 呻く俺の頬に一滴の水が伝う。それを拭い取って、願い、誓う。
 どうか生まれ変わっても、彼らが兄妹であれますように。
 そして必ず、この平和な世界を保ち続けてみせる。
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