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第六章
84. 再儀式の代償
「レストア、レオールド、デューレ。貴方たち三人は早急に街へ降りて、魔物を食い止めなさい」
ベルフェリオが姿を消した後、レヴィオンは傍で佇む三人の魔王護六将校にすぐさま指示を出した。
ミラ含む四人は、その指示ですぐさま街へと駆けていく。
俺はその忠誠心に驚きつつも、四人の背を見送った。
そんな中、
「どうしたらいいんだよ…!」
深く、鈍く、沈み込むような沈黙を切り裂いてトモヒサの行き場の無い掠れた叫びが耳に届いた。
確かにトモヒサたちクラスメイトは儀式のことや何故ベルフェリオがこのような行動を取ったのかなど知らない。
ベルフェリオが逃げた先も、魔法が使えなくなった原因も、レヴィオンが敵なのか味方なのかでさえも、知らない。
ここでその全てを懇切丁寧に教えてやる時間などはない。
全てを知っている俺がすべき行動は、ただクラスメイトたちに指示を出すことのみだ。
「トモヒサ。魔法が無くても、戦えるか?」
困惑とも取れる感情を瞳の奥に滲ませるトモヒサの目を、我ながら真剣な眼差しで見つめながら問う。
ずるい、と思う。
トモヒサは絶対に俺のこの問いにノーとは言わない。言えるはずもない。
長年の付き合いだ。俺はトモヒサの性格を知っている。それなのにそう聞いてしまった自分を。
「もちろんだ。俺は…俺たちは街を侵攻している魔物を倒せばいいんだな?」
俺が言うまでもなく、トモヒサは自分たちのすべきことを分かっていたようだ。
だが、その声は少しだけ震えていた。
俺が考えていた各々がすべきこと。
俺はベルフェリオに再び会うため儀式を行う。
その間、残った人たちは街への侵攻を食い止める。
ただこれだけのことだったが、懸念点は幾つもあった。
果たして今から儀式を行うことは可能なのか。
魔法を奪われたクラスメイトたちが戦闘に参加してくれるかどうか。
その懸念を裏付けるように、
「ちょっと…!私たち魔法が使えないのよ…⁉︎どうやって戦えばいいのよ!」
トモヒサの肯定に対し、喚き、取り乱し、声を荒げるヒナコ。
全くこの女は成長していない。この世界に来た直後もそうだった。
ただ自分の利益だけを優先して、自分の強さすらも過信して、挙句ヨウトに痛い目を見せられたというのに何故こんなにも横暴な態度を取れる??
口には出さないが腹が立つ。
そう思っていたのはショウやトモヒサも同じようだった。
「ヒナコは前線に出なくていい。この城で大人しく待ってろ」
トモヒサは軽蔑混じりにヒナコに背を向けた。
サクラやユナは普段の様子とは似つかわしくない冷徹なトモヒサの姿を見て狼狽えている。
俺もこんなトモヒサの姿を見るのは初めてだった。
トモヒサに見捨てられたヒナコは、ワナワナと震えながら手に持っていた高級そうな錫杖を地面に投げ捨てた。
随分ショックだったのだろうが、こんな状況でヒナコはお荷物でしかないため、このまま大人しくしてくれた方が助かる。
それにしても変わらないヒナコに対して、レイ、チアキ、リョウトの三人は別人のように大人しくなったものだと思う。
お調子者でまさしく不良といった感じの傍若無人な行動を、旅の恥はかき捨てとでも言わんばかりに謳歌していたというのに。
変わったきっかけはなんだろう。
古代の代理人との戦闘で敗北を喫した時か。
もちろん三人組のリーダー的存在であるレイがそれ以降消沈しているという事もあるだろうが、本当に顔付きが変わった気がする。
ここでそんな最悪な雰囲気を破って口を開いたのはレヴィオンだった。
「ワタル。もしかして貴方、再び儀式をやろうとしているの?」
「…ああ。そうしようと思ってる。なあ、レヴィオン。今儀式の部屋にいる加護持ち達を使えば、ベルフェリオと再度接触することは可能か?」
この質問にレヴィオンが不可能だと答えた時。
選択肢は世界を蹂躙するベルフェリオが生み出した魔物を駆逐することしか無くなるが──、
「できると思うわ。だけど…今儀式の間で眠っている加護持ちたちの命を引き換えにしなければならないかもしれない」
レヴィオンは淡々とした口調で言った。
最悪の回答ではない。
しかし…考える時間がない今にしては最悪とも言わざるを得ないものだった。
──加護持ちたちの命と引き換えに、成し遂げられるかもわからない可能性に賭ける。
フォーミュラを、カーミュラを、サティスを、アーラヤを、ハザンを生贄にしてこの世界を救えるのだとしたら安い代償なのだろう。
だが…まるでこれは神の試練だとでも言うように、俺が今まで深く関わってしまった人たちが加護持ちである。
まだ加護持ちたちは深い眠りについている。
つまり本人たちの意思を聞かずに命を操作する事になるということだ。
そんなことはまるで人間の倫理に反している。
迷う。だが、迷っている暇はない。
「分かっ…た。けど他に方法は…無いのか?」
俺は絞り出す様に再度尋ねた。
無いと言われるかもしれない。
だが…この場所に来る前、魔王の岩肌でデューレがクラスメイトたちに言った言葉。
それを思い出してその可能性に賭けたくなった。
「…あるわ。そこにいるワタルの友達を使えば、おそらくはね」
レヴィオンはクラスメイト達を指差しながら言った。
示されたクラスメイト達は何が何だかわかっていない。
やはり、あの時デューレがクラスメイト達に対して言った言葉は聞き間違いじゃなかったようだ。
デューレは俺とクラスメイト達に対し、『加護持ち』という言葉を使った。
その言葉の真意はあの当時分からなかったが、今なら分かる。
──俺たちは加護持ちと同義なのだ。
加護持ちの定義は、瞳の奥に特徴的な紋様があること。
まだクラスメイト達にそれがあるかどうかは確認していない。
だが、デューレやレヴィオンが言ったように、クラスメイト達を加護持ちだと断定できる理由があるはずなのだ。
そしてそれを肯定するように、レヴィオンはそう判断した理由を語り始めた。
「──私が貴方達が加護持ちなんじゃないかと疑ったのは、リオーネが侍らせていたヨウトという名の子を見た時。あの子は魔物を従えるという魔法を使えたでしょう?そんな魔法を使えるのは…まさしくベルフェリオの加護を持っているとしか考えられないの。事実、あの子の瞳を確認したら、ベルフェリオの加護持ちと同様の紋様があった」
やはり、ヨウトの紋様を確認していたからここまで断言できているらしい。
納得する俺の様子を見つつ、レヴィオンは言葉を続ける。
「貴方達は他にも加護持ちとしか思えない魔法を使える人がいるでしょう?例えば、この世界で傷を癒す魔法を使えるのはメルクリアの加護持ちしかありえないはずだけど、そこの貴女は龍の上にいる時回復魔法を使っていた」
レヴィオンはユナを示しながら言った。
確かにメルクリアは癒しを司る神だ。加護持ちはその神の特性に似た魔法を使える。
メルクリアの加護持ちであるアーラヤは回復魔法を使える事で聖女と呼ばれていた。
「そして最も特異なのは太っている貴方よ。例え加護持ちだとしても何度も使える転移魔法なんて、三千年この世界で生きた私でも聞いた事がない。貴方はいったい何者なの?」
突然指名されたマサキは、周囲を一通り見回した後で自分で自分を指差してレヴィオンに確認するように「ぼく??」と狼狽えた。
太っているのはお前しかいねーよ、とはつっこまないでおく。
「普通の男子高校生だけど…」
そんな面白くもない、レヴィオンには通用しない言葉を使ってマサキは自己紹介した。
高校生、なんて響き久々に聞いた。
もし俺たちが日本に戻れたとして高校生には戻れるんだろうか。
この世界で過ごした年月を元の世界で合算すると、もう高校生活も終盤に差し掛かっているわけで。
「こうこうせい、ってのは何なのか分からないけど。別に貴方自身が自覚して力を持っている訳では無さそうね」
マサキの威厳も何も無い言動と姿を見て、レヴィオンはそう結論づけたようだ。
まあいい。
早くクラスメイト達を連れて儀式の部屋まで戻らないと。
希望が見えたが、そんな俺の光を遮るようにレヴィオンは呟いた。
「それにしても、ベルフェリオの加護持ちはワタルが殺してしまったし、ララーとロロー、そしてへティアの加護持ちが見当たらないわね」
そうか。
確かに、ララーとロローは時間を司る神だ。
クラスメイトたちに時間を操作するような魔法を使えるやつはいない。
残念ながら俺たち全員が加護持ちであるわけではないわけか。
へティアの加護持ちがいないのは、へティアがそもそもミサキと混じってしまったことが原因かもしれない。
──待てよ。メルクリアとベルフェリオの加護持ちはユナとヨウト。
レヴィオンの口ぶりからして、ゼレスの加護持ちはマサキということになる。
リレイティアは俺だが…まさか──、
「ララー、ロロー、へティアの加護持ちは…再利用するしかないようね」
再利用。
それは死を意味する言葉だと、レヴィオンは俺に告げている。
つまり、カーミュラ、フォーミュラ、そして…サティスを犠牲にしなければならないという事だ。
もう他に手はない。
考えてる内にも蹂躙は侵攻している。もはや俺がどうこう言える問題でもない。
「早く…行こう」
もしかしたら他に案はあるのかもしれない。
知っているとしたら神であるリレイティアだ。
リレイティアは儀式の部屋で待機している。
ひとまず犠牲の話は考えないようにして儀式の部屋に向かうことにしよう。
儀式の部屋へと戻った俺、レヴィオン、マサキ、ユナの四人。
他のクラスメイトたちは魔物と戦うべく街まで降りて行った。
結局ヒナコも嫌々ながらショウやトモヒサに連れられ戦いに身を投じるつもりらしい。
魔法頼りだったヒナコがただの足手纏いにならないとは保証できないが。
儀式の部屋には相変わらず魔法陣の上に意識を失った加護持ちたちがいた。
その中央には制約の神、リレイティア。
直後は何故俺たちが戻ってきた?とでも言いたげな表情をしていたが、流石に何かを察したようだ。
「ベルフェリオが神々の次元まで逃げた。貴女も協力して頂戴」
その言葉だけで俺たちがここまで戻ってきた訳を理解するのには十分なようで、リレイティアは困惑しながらもやっぱりかと溜息を一つこぼした。
俺としては『協力』という言葉が気になるが、これからリレイティアに何か協力を求めるようなことがあるか?
「やはりベルフェリオ様は…この世界から魔力を消し去ったのですね?」
あの場にいなかったが、やはりリレイティアはベルフェリオがしたことを見たかのように分かっているらしい。
ベルフェリオ復活直後のリレイティアの慌て具合の意味が、ようやく分かった。
「ええ。だから再び儀式を行うわ」
「そうですか……この短時間で儀式を二度行えば、その加護持ちは死に至ると知ってのことですか?」
「やはりそうなのね。衰弱具合からしてそうだろうとは思っていたけれど」
「衰弱…とは少し違います。そう何度も次元を行き来されては困りますから…これは私がゼレス様に頼まれて設けた制約なのです」
「…?それにしても、何故ワタルだけはこうも元気なのかしら?」
これは俺も気になっていたことだ。
俺以外の他の六人の加護持ちは今も昏倒しているほどに衰弱している。だが俺は体調にまったく変化がない。
「そうですね…加護持ちというのはそもそも、神の力を含む魔力を扱える者のことを言います。ワタルさんはそもそも魔力がありません」
俺の魔力が無いのは、危うく次元の狭間とやらで彷徨う所だった俺を助けてこの世界に送り込んだ時に全て使ってしまったからだとリレイティアに説明された。
疑問が残るままだが、補足するようにリレイティアが言葉を続ける。
「儀式を行う際使われた魔力は、ワタルさんが認証した神々封殺杖剣から賄われたはずです。加護持ち達のこの衰弱状態は、いわば大幅な魔力の消失に伴う魔力欠乏状態なのです」
「なるほど。自分自身の魔力を使っていないから、ワタルは元気なのね」
ここまでの会話を聞いて思ったことがある。
「儀式には魔力が必要なんだよな?もう、加護持ちの魔力もベルフェリオのせいで無くなっているし、魔法陣に魔力を注げる者もいない。どうすんだ?」
もはや詰みではないか?
なんで今までその可能性を思い浮かばなかった?
ここに来て俺の脳が思考を放棄する。
この世界がいかに魔力という力で回っていたかを思い知る。
「ベルフェリオは魔力全てを消し去った訳じゃない。考えてみなさい?魔力がない状況で、どうやってベルフェリオはあの生命を生み出したの?」
レヴィオンに言われてみて、気づく。
確かにこの世界から完全に魔力が消え去ったのならば、ベルフェリオ自身の魔力も無くなって神々の次元に戻ることができなかったはず。
しかしベルフェリオは魔力を司る神である。
自分だけ魔力を使えるようにするというのも可能なように思えるが──、
ここでふと、俺は神々封殺杖剣を見た。
──魔力がある。
もはや神光支配の存在自体が体の一部となってしまっていたせいで、全く気がつかなかった。
神々封殺杖剣だけではない。
祝福の外套にも魔力がある。
どうやら…ベルフェリオが操作できる魔力の対象に、神のものは含まれないらしい。
それはベルフェリオ自身も含んでいるのか。
「神にまだ魔力があるのは分かった。だが…それでもどうやって儀式を敢行するんだ?」
神々封殺杖剣や祝福の外套に魔力があったところで、それを儀式に利用できるわけではない。
俺のように加護持ち達が古代秘宝を持っているなら話は別になるのだろうが、他人に魔力を分け与えることなんて──、
「神光支配を使えますよね?」
俺の思考を遮り、まるで心を読んだかのようにリレイティアは確認してきた。
「使えるが、神光支配は魔力とは別のはずじゃ──」
「いいえ。神光支配はゼレス様の魔力そのものを具現化したものなのです」
「…そうなのか?じゃあ神光支配を加護持ちに分け与えれば…」
「再度儀式を行うことが可能です」
リレイティアは力強く断言した。
ひとまず安堵するが、俺には決断しなければならない事がある。
「じゃあ今から…と言いたいが、聞きたい。俺はカーミュラやフォーミュラ、サティスを殺したくない。他にベルフェリオをこの世界に引っ張り出せる方法は無いのか?」
「ありますが、現実的ではありません」
「教えてくれ」
「百年後まで待つことです。命を絶たずに二度目の儀式を行うには、百年の間を開ける他ありません。それこそが次元間の往来に対する制約ですから」
「そう…か」
百年も待っていたら世界は魔物によって崩壊しているだろう。
そしてサティスがこれから百年も生き続けられることはない。
残された選択肢はやはり今ここで儀式を行うことしかない。
──待てよ?そういえば…なぜ気づかなかった???
百年を待たずに二度目の儀式を行えば、その儀式で利用した加護持ちは死ぬとリレイティアは言った。
ということはつまり…俺も、その対象に含まれるんじゃないのか…?
「気づいたようね。ワタル?」
「ああ。再び儀式を行えば、俺も死ぬのか?」
死ぬ。
その言葉を口にする時は…不思議と落ち着いていた。
「いいえ。貴方はリレイティアの加護持ちでしょう?別に儀式は加護持ちを使う必要はない。そこにいる神、リレイティアを使えばいいのよ」
「…‼︎」
レヴィオンがリレイティアに協力しろと言った意味。
それはそういうことだったのか。
「取り急ぎ儀式を行うわ。そこの二人。メルクリアとゼレスの加護持ちを魔法陣から退けて、代わりにあなた達が魔法陣の中に入りなさい」
レヴィオンはユナとマサキにアーラヤとハザンを退かすよう促し、二人は大人しくその指示に従った。
二人はこれから何が起こるのか、自分たちが何をされるのかよく分かっていないはずだ。
だが、ここでレヴィオンの指示に従った方が得策だと、皆に迷惑をかけまいと、ただそれだけで動いているように見える。
リレイティアも俺の代わりに魔法陣に乗ることに同意している。
首尾よく二度目の儀式への手筈は進められている。
もう時間がない。
だが、俺は血のように赤いインクで描かれた魔法陣の前で佇み、その四人の行動を見つめるだけ。
ただ呆然と考えていた。
カーミュラが、フォーミュラが、サティスが助かる方法を。
──もう少しだけ考える時間をくれ。
しかし、まるで解けるはずのない問題を前にして意味もなく頭を抱えペンを握っている時のような苛立ちだけが、俺の頭を支配している。
三人を救いつつ世界も救う。
その願いは俺の、俺だけの我儘にすぎない。
そんな俺の自己中心的な考えが滞っている間にも罪のない人々が殺され街が破壊されているというのに。
そんな思考の泥沼を掻き分けて、俺の意識を現実に連れ戻してくれる声があった。
「ワタル…久しぶりだねえ」
サティスだった。
いつの間にか目を覚ましていたらしい。
歳無相応な若々しい容姿から溢れる声は限りなく力無い。
「サティス。本当に久しぶり…だな」
これから俺は、サティスを殺さなければならないのか?
そんなの絶対無理だ。
儀式が始まるまでもうずっと目が覚めないで、その優しい笑顔と慈愛に溢れた声を俺に見せないで欲しかった。
そんなものを見せられたら、揺らぐ。
信念も何もなく、揺らいでしまう。
我儘を突き通したくなってしまう。
だが──
「聞いていたよ。世界から魔力が無くなって、それを元に戻すためには私の命が必要なんだろう?」
「え…いや…」
サティスは流石だった。
年の功なんて言葉じゃ表せない、まるでこの世の全てを知っているかのような聡明さを感じる。
そして俺は、そんなサティスの問いに対して正確な答えを出すのを憚ってしまった。
だってここでそうだと言ってしまえばサティスは──、
「いいよ。私は十分に生きてきたし、アルテナと引き換えなんじゃあ、この命も本望じゃないか?」
肯定するに決まっているから。
違う。
俺はまだ探しているんだ。サティスの命を使わずして世界を救うを方法を。
「僕からもお願いするよ。ワタル」
懐かしい、その声を聞いただけで涙が促されるような声が、まるで俺に誤った選択の余地を与えないように響いた。
フォーミュラだった。
この世界に来てすぐ俺に剣を教え、生きる術を教え、面倒を見てくれたかけがえのない人物。
「僕からもお願いしようかな」
サティスとフォーミュラが目覚めているということはカーミュラも例外ではなかったらしく、フォーミュラと似たその銀髪を整えながら俺の目を見つめていた。
最悪だ。
実に最悪だった。
再会を喜ぶ暇も、他の選択肢を悩む暇も無くなった。
俺はこの三人の意思を無駄にしない、たった一つの方法を取らざるを得なくなった。
「分かったよ…」
掠れた声、喉から絞り出すように俺は三人に向け、その一言を呟いた。
既に魔法陣には名も知らぬベルフェリオの加護持ち、サティス、カーミュラ、フォーミュラ、ユナ、マサキ、リレイティアの七人がいる。
準備は完全に整ってしまった。
「ベルフェリオをこの世界に引き戻す。その後の行動は…任せたわよ。ワタル」
レヴィオンに言われなくとも分かっている。
俺は神光支配を練り上げ、魔法陣に居座る七人全てを覆った。
視界をぼやけさせている涙を無造作に拭い取る。
そして深く息を吸った後──ベルフェリオを再びこの世界に召喚すべく、魔法陣にゼレスの魔力を注ぎ込んだ。
ベルフェリオが姿を消した後、レヴィオンは傍で佇む三人の魔王護六将校にすぐさま指示を出した。
ミラ含む四人は、その指示ですぐさま街へと駆けていく。
俺はその忠誠心に驚きつつも、四人の背を見送った。
そんな中、
「どうしたらいいんだよ…!」
深く、鈍く、沈み込むような沈黙を切り裂いてトモヒサの行き場の無い掠れた叫びが耳に届いた。
確かにトモヒサたちクラスメイトは儀式のことや何故ベルフェリオがこのような行動を取ったのかなど知らない。
ベルフェリオが逃げた先も、魔法が使えなくなった原因も、レヴィオンが敵なのか味方なのかでさえも、知らない。
ここでその全てを懇切丁寧に教えてやる時間などはない。
全てを知っている俺がすべき行動は、ただクラスメイトたちに指示を出すことのみだ。
「トモヒサ。魔法が無くても、戦えるか?」
困惑とも取れる感情を瞳の奥に滲ませるトモヒサの目を、我ながら真剣な眼差しで見つめながら問う。
ずるい、と思う。
トモヒサは絶対に俺のこの問いにノーとは言わない。言えるはずもない。
長年の付き合いだ。俺はトモヒサの性格を知っている。それなのにそう聞いてしまった自分を。
「もちろんだ。俺は…俺たちは街を侵攻している魔物を倒せばいいんだな?」
俺が言うまでもなく、トモヒサは自分たちのすべきことを分かっていたようだ。
だが、その声は少しだけ震えていた。
俺が考えていた各々がすべきこと。
俺はベルフェリオに再び会うため儀式を行う。
その間、残った人たちは街への侵攻を食い止める。
ただこれだけのことだったが、懸念点は幾つもあった。
果たして今から儀式を行うことは可能なのか。
魔法を奪われたクラスメイトたちが戦闘に参加してくれるかどうか。
その懸念を裏付けるように、
「ちょっと…!私たち魔法が使えないのよ…⁉︎どうやって戦えばいいのよ!」
トモヒサの肯定に対し、喚き、取り乱し、声を荒げるヒナコ。
全くこの女は成長していない。この世界に来た直後もそうだった。
ただ自分の利益だけを優先して、自分の強さすらも過信して、挙句ヨウトに痛い目を見せられたというのに何故こんなにも横暴な態度を取れる??
口には出さないが腹が立つ。
そう思っていたのはショウやトモヒサも同じようだった。
「ヒナコは前線に出なくていい。この城で大人しく待ってろ」
トモヒサは軽蔑混じりにヒナコに背を向けた。
サクラやユナは普段の様子とは似つかわしくない冷徹なトモヒサの姿を見て狼狽えている。
俺もこんなトモヒサの姿を見るのは初めてだった。
トモヒサに見捨てられたヒナコは、ワナワナと震えながら手に持っていた高級そうな錫杖を地面に投げ捨てた。
随分ショックだったのだろうが、こんな状況でヒナコはお荷物でしかないため、このまま大人しくしてくれた方が助かる。
それにしても変わらないヒナコに対して、レイ、チアキ、リョウトの三人は別人のように大人しくなったものだと思う。
お調子者でまさしく不良といった感じの傍若無人な行動を、旅の恥はかき捨てとでも言わんばかりに謳歌していたというのに。
変わったきっかけはなんだろう。
古代の代理人との戦闘で敗北を喫した時か。
もちろん三人組のリーダー的存在であるレイがそれ以降消沈しているという事もあるだろうが、本当に顔付きが変わった気がする。
ここでそんな最悪な雰囲気を破って口を開いたのはレヴィオンだった。
「ワタル。もしかして貴方、再び儀式をやろうとしているの?」
「…ああ。そうしようと思ってる。なあ、レヴィオン。今儀式の部屋にいる加護持ち達を使えば、ベルフェリオと再度接触することは可能か?」
この質問にレヴィオンが不可能だと答えた時。
選択肢は世界を蹂躙するベルフェリオが生み出した魔物を駆逐することしか無くなるが──、
「できると思うわ。だけど…今儀式の間で眠っている加護持ちたちの命を引き換えにしなければならないかもしれない」
レヴィオンは淡々とした口調で言った。
最悪の回答ではない。
しかし…考える時間がない今にしては最悪とも言わざるを得ないものだった。
──加護持ちたちの命と引き換えに、成し遂げられるかもわからない可能性に賭ける。
フォーミュラを、カーミュラを、サティスを、アーラヤを、ハザンを生贄にしてこの世界を救えるのだとしたら安い代償なのだろう。
だが…まるでこれは神の試練だとでも言うように、俺が今まで深く関わってしまった人たちが加護持ちである。
まだ加護持ちたちは深い眠りについている。
つまり本人たちの意思を聞かずに命を操作する事になるということだ。
そんなことはまるで人間の倫理に反している。
迷う。だが、迷っている暇はない。
「分かっ…た。けど他に方法は…無いのか?」
俺は絞り出す様に再度尋ねた。
無いと言われるかもしれない。
だが…この場所に来る前、魔王の岩肌でデューレがクラスメイトたちに言った言葉。
それを思い出してその可能性に賭けたくなった。
「…あるわ。そこにいるワタルの友達を使えば、おそらくはね」
レヴィオンはクラスメイト達を指差しながら言った。
示されたクラスメイト達は何が何だかわかっていない。
やはり、あの時デューレがクラスメイト達に対して言った言葉は聞き間違いじゃなかったようだ。
デューレは俺とクラスメイト達に対し、『加護持ち』という言葉を使った。
その言葉の真意はあの当時分からなかったが、今なら分かる。
──俺たちは加護持ちと同義なのだ。
加護持ちの定義は、瞳の奥に特徴的な紋様があること。
まだクラスメイト達にそれがあるかどうかは確認していない。
だが、デューレやレヴィオンが言ったように、クラスメイト達を加護持ちだと断定できる理由があるはずなのだ。
そしてそれを肯定するように、レヴィオンはそう判断した理由を語り始めた。
「──私が貴方達が加護持ちなんじゃないかと疑ったのは、リオーネが侍らせていたヨウトという名の子を見た時。あの子は魔物を従えるという魔法を使えたでしょう?そんな魔法を使えるのは…まさしくベルフェリオの加護を持っているとしか考えられないの。事実、あの子の瞳を確認したら、ベルフェリオの加護持ちと同様の紋様があった」
やはり、ヨウトの紋様を確認していたからここまで断言できているらしい。
納得する俺の様子を見つつ、レヴィオンは言葉を続ける。
「貴方達は他にも加護持ちとしか思えない魔法を使える人がいるでしょう?例えば、この世界で傷を癒す魔法を使えるのはメルクリアの加護持ちしかありえないはずだけど、そこの貴女は龍の上にいる時回復魔法を使っていた」
レヴィオンはユナを示しながら言った。
確かにメルクリアは癒しを司る神だ。加護持ちはその神の特性に似た魔法を使える。
メルクリアの加護持ちであるアーラヤは回復魔法を使える事で聖女と呼ばれていた。
「そして最も特異なのは太っている貴方よ。例え加護持ちだとしても何度も使える転移魔法なんて、三千年この世界で生きた私でも聞いた事がない。貴方はいったい何者なの?」
突然指名されたマサキは、周囲を一通り見回した後で自分で自分を指差してレヴィオンに確認するように「ぼく??」と狼狽えた。
太っているのはお前しかいねーよ、とはつっこまないでおく。
「普通の男子高校生だけど…」
そんな面白くもない、レヴィオンには通用しない言葉を使ってマサキは自己紹介した。
高校生、なんて響き久々に聞いた。
もし俺たちが日本に戻れたとして高校生には戻れるんだろうか。
この世界で過ごした年月を元の世界で合算すると、もう高校生活も終盤に差し掛かっているわけで。
「こうこうせい、ってのは何なのか分からないけど。別に貴方自身が自覚して力を持っている訳では無さそうね」
マサキの威厳も何も無い言動と姿を見て、レヴィオンはそう結論づけたようだ。
まあいい。
早くクラスメイト達を連れて儀式の部屋まで戻らないと。
希望が見えたが、そんな俺の光を遮るようにレヴィオンは呟いた。
「それにしても、ベルフェリオの加護持ちはワタルが殺してしまったし、ララーとロロー、そしてへティアの加護持ちが見当たらないわね」
そうか。
確かに、ララーとロローは時間を司る神だ。
クラスメイトたちに時間を操作するような魔法を使えるやつはいない。
残念ながら俺たち全員が加護持ちであるわけではないわけか。
へティアの加護持ちがいないのは、へティアがそもそもミサキと混じってしまったことが原因かもしれない。
──待てよ。メルクリアとベルフェリオの加護持ちはユナとヨウト。
レヴィオンの口ぶりからして、ゼレスの加護持ちはマサキということになる。
リレイティアは俺だが…まさか──、
「ララー、ロロー、へティアの加護持ちは…再利用するしかないようね」
再利用。
それは死を意味する言葉だと、レヴィオンは俺に告げている。
つまり、カーミュラ、フォーミュラ、そして…サティスを犠牲にしなければならないという事だ。
もう他に手はない。
考えてる内にも蹂躙は侵攻している。もはや俺がどうこう言える問題でもない。
「早く…行こう」
もしかしたら他に案はあるのかもしれない。
知っているとしたら神であるリレイティアだ。
リレイティアは儀式の部屋で待機している。
ひとまず犠牲の話は考えないようにして儀式の部屋に向かうことにしよう。
儀式の部屋へと戻った俺、レヴィオン、マサキ、ユナの四人。
他のクラスメイトたちは魔物と戦うべく街まで降りて行った。
結局ヒナコも嫌々ながらショウやトモヒサに連れられ戦いに身を投じるつもりらしい。
魔法頼りだったヒナコがただの足手纏いにならないとは保証できないが。
儀式の部屋には相変わらず魔法陣の上に意識を失った加護持ちたちがいた。
その中央には制約の神、リレイティア。
直後は何故俺たちが戻ってきた?とでも言いたげな表情をしていたが、流石に何かを察したようだ。
「ベルフェリオが神々の次元まで逃げた。貴女も協力して頂戴」
その言葉だけで俺たちがここまで戻ってきた訳を理解するのには十分なようで、リレイティアは困惑しながらもやっぱりかと溜息を一つこぼした。
俺としては『協力』という言葉が気になるが、これからリレイティアに何か協力を求めるようなことがあるか?
「やはりベルフェリオ様は…この世界から魔力を消し去ったのですね?」
あの場にいなかったが、やはりリレイティアはベルフェリオがしたことを見たかのように分かっているらしい。
ベルフェリオ復活直後のリレイティアの慌て具合の意味が、ようやく分かった。
「ええ。だから再び儀式を行うわ」
「そうですか……この短時間で儀式を二度行えば、その加護持ちは死に至ると知ってのことですか?」
「やはりそうなのね。衰弱具合からしてそうだろうとは思っていたけれど」
「衰弱…とは少し違います。そう何度も次元を行き来されては困りますから…これは私がゼレス様に頼まれて設けた制約なのです」
「…?それにしても、何故ワタルだけはこうも元気なのかしら?」
これは俺も気になっていたことだ。
俺以外の他の六人の加護持ちは今も昏倒しているほどに衰弱している。だが俺は体調にまったく変化がない。
「そうですね…加護持ちというのはそもそも、神の力を含む魔力を扱える者のことを言います。ワタルさんはそもそも魔力がありません」
俺の魔力が無いのは、危うく次元の狭間とやらで彷徨う所だった俺を助けてこの世界に送り込んだ時に全て使ってしまったからだとリレイティアに説明された。
疑問が残るままだが、補足するようにリレイティアが言葉を続ける。
「儀式を行う際使われた魔力は、ワタルさんが認証した神々封殺杖剣から賄われたはずです。加護持ち達のこの衰弱状態は、いわば大幅な魔力の消失に伴う魔力欠乏状態なのです」
「なるほど。自分自身の魔力を使っていないから、ワタルは元気なのね」
ここまでの会話を聞いて思ったことがある。
「儀式には魔力が必要なんだよな?もう、加護持ちの魔力もベルフェリオのせいで無くなっているし、魔法陣に魔力を注げる者もいない。どうすんだ?」
もはや詰みではないか?
なんで今までその可能性を思い浮かばなかった?
ここに来て俺の脳が思考を放棄する。
この世界がいかに魔力という力で回っていたかを思い知る。
「ベルフェリオは魔力全てを消し去った訳じゃない。考えてみなさい?魔力がない状況で、どうやってベルフェリオはあの生命を生み出したの?」
レヴィオンに言われてみて、気づく。
確かにこの世界から完全に魔力が消え去ったのならば、ベルフェリオ自身の魔力も無くなって神々の次元に戻ることができなかったはず。
しかしベルフェリオは魔力を司る神である。
自分だけ魔力を使えるようにするというのも可能なように思えるが──、
ここでふと、俺は神々封殺杖剣を見た。
──魔力がある。
もはや神光支配の存在自体が体の一部となってしまっていたせいで、全く気がつかなかった。
神々封殺杖剣だけではない。
祝福の外套にも魔力がある。
どうやら…ベルフェリオが操作できる魔力の対象に、神のものは含まれないらしい。
それはベルフェリオ自身も含んでいるのか。
「神にまだ魔力があるのは分かった。だが…それでもどうやって儀式を敢行するんだ?」
神々封殺杖剣や祝福の外套に魔力があったところで、それを儀式に利用できるわけではない。
俺のように加護持ち達が古代秘宝を持っているなら話は別になるのだろうが、他人に魔力を分け与えることなんて──、
「神光支配を使えますよね?」
俺の思考を遮り、まるで心を読んだかのようにリレイティアは確認してきた。
「使えるが、神光支配は魔力とは別のはずじゃ──」
「いいえ。神光支配はゼレス様の魔力そのものを具現化したものなのです」
「…そうなのか?じゃあ神光支配を加護持ちに分け与えれば…」
「再度儀式を行うことが可能です」
リレイティアは力強く断言した。
ひとまず安堵するが、俺には決断しなければならない事がある。
「じゃあ今から…と言いたいが、聞きたい。俺はカーミュラやフォーミュラ、サティスを殺したくない。他にベルフェリオをこの世界に引っ張り出せる方法は無いのか?」
「ありますが、現実的ではありません」
「教えてくれ」
「百年後まで待つことです。命を絶たずに二度目の儀式を行うには、百年の間を開ける他ありません。それこそが次元間の往来に対する制約ですから」
「そう…か」
百年も待っていたら世界は魔物によって崩壊しているだろう。
そしてサティスがこれから百年も生き続けられることはない。
残された選択肢はやはり今ここで儀式を行うことしかない。
──待てよ?そういえば…なぜ気づかなかった???
百年を待たずに二度目の儀式を行えば、その儀式で利用した加護持ちは死ぬとリレイティアは言った。
ということはつまり…俺も、その対象に含まれるんじゃないのか…?
「気づいたようね。ワタル?」
「ああ。再び儀式を行えば、俺も死ぬのか?」
死ぬ。
その言葉を口にする時は…不思議と落ち着いていた。
「いいえ。貴方はリレイティアの加護持ちでしょう?別に儀式は加護持ちを使う必要はない。そこにいる神、リレイティアを使えばいいのよ」
「…‼︎」
レヴィオンがリレイティアに協力しろと言った意味。
それはそういうことだったのか。
「取り急ぎ儀式を行うわ。そこの二人。メルクリアとゼレスの加護持ちを魔法陣から退けて、代わりにあなた達が魔法陣の中に入りなさい」
レヴィオンはユナとマサキにアーラヤとハザンを退かすよう促し、二人は大人しくその指示に従った。
二人はこれから何が起こるのか、自分たちが何をされるのかよく分かっていないはずだ。
だが、ここでレヴィオンの指示に従った方が得策だと、皆に迷惑をかけまいと、ただそれだけで動いているように見える。
リレイティアも俺の代わりに魔法陣に乗ることに同意している。
首尾よく二度目の儀式への手筈は進められている。
もう時間がない。
だが、俺は血のように赤いインクで描かれた魔法陣の前で佇み、その四人の行動を見つめるだけ。
ただ呆然と考えていた。
カーミュラが、フォーミュラが、サティスが助かる方法を。
──もう少しだけ考える時間をくれ。
しかし、まるで解けるはずのない問題を前にして意味もなく頭を抱えペンを握っている時のような苛立ちだけが、俺の頭を支配している。
三人を救いつつ世界も救う。
その願いは俺の、俺だけの我儘にすぎない。
そんな俺の自己中心的な考えが滞っている間にも罪のない人々が殺され街が破壊されているというのに。
そんな思考の泥沼を掻き分けて、俺の意識を現実に連れ戻してくれる声があった。
「ワタル…久しぶりだねえ」
サティスだった。
いつの間にか目を覚ましていたらしい。
歳無相応な若々しい容姿から溢れる声は限りなく力無い。
「サティス。本当に久しぶり…だな」
これから俺は、サティスを殺さなければならないのか?
そんなの絶対無理だ。
儀式が始まるまでもうずっと目が覚めないで、その優しい笑顔と慈愛に溢れた声を俺に見せないで欲しかった。
そんなものを見せられたら、揺らぐ。
信念も何もなく、揺らいでしまう。
我儘を突き通したくなってしまう。
だが──
「聞いていたよ。世界から魔力が無くなって、それを元に戻すためには私の命が必要なんだろう?」
「え…いや…」
サティスは流石だった。
年の功なんて言葉じゃ表せない、まるでこの世の全てを知っているかのような聡明さを感じる。
そして俺は、そんなサティスの問いに対して正確な答えを出すのを憚ってしまった。
だってここでそうだと言ってしまえばサティスは──、
「いいよ。私は十分に生きてきたし、アルテナと引き換えなんじゃあ、この命も本望じゃないか?」
肯定するに決まっているから。
違う。
俺はまだ探しているんだ。サティスの命を使わずして世界を救うを方法を。
「僕からもお願いするよ。ワタル」
懐かしい、その声を聞いただけで涙が促されるような声が、まるで俺に誤った選択の余地を与えないように響いた。
フォーミュラだった。
この世界に来てすぐ俺に剣を教え、生きる術を教え、面倒を見てくれたかけがえのない人物。
「僕からもお願いしようかな」
サティスとフォーミュラが目覚めているということはカーミュラも例外ではなかったらしく、フォーミュラと似たその銀髪を整えながら俺の目を見つめていた。
最悪だ。
実に最悪だった。
再会を喜ぶ暇も、他の選択肢を悩む暇も無くなった。
俺はこの三人の意思を無駄にしない、たった一つの方法を取らざるを得なくなった。
「分かったよ…」
掠れた声、喉から絞り出すように俺は三人に向け、その一言を呟いた。
既に魔法陣には名も知らぬベルフェリオの加護持ち、サティス、カーミュラ、フォーミュラ、ユナ、マサキ、リレイティアの七人がいる。
準備は完全に整ってしまった。
「ベルフェリオをこの世界に引き戻す。その後の行動は…任せたわよ。ワタル」
レヴィオンに言われなくとも分かっている。
俺は神光支配を練り上げ、魔法陣に居座る七人全てを覆った。
視界をぼやけさせている涙を無造作に拭い取る。
そして深く息を吸った後──ベルフェリオを再びこの世界に召喚すべく、魔法陣にゼレスの魔力を注ぎ込んだ。
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