何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

文字の大きさ
2 / 72

第2話呼び方

しおりを挟む
「・・・理由を知らないのか」
ウインザー子爵様はソファで苛立ちを隠さず呟いた。
怒っているのがわかった。
私にではなく、お父様に、というのがひしひしと分かり、慌てて首を振った。
「あ、あの、理由は知りませんが、お父様がそこまで仰るということは、その、心中穏やかではない致し方ない理由があったからだと思います」
そうでなければ、こんな見ず知らずの屋敷のメイドなんて言わないと思う。
だって、やはりこの方は見たことがない。お父様の親戚にも、お母様の親戚にもいない。
だけれども、とても品格と威厳があり、雰囲気がこれまで見た方々と全く違った。
「それはそうだろう!!賭け事で負けて、その返済の代わりに娘を出す、と言われたんだ!!だが、そんなバカげた事を鵜呑みにする方が、もっと愚かだ!!」
賭け事。
愕然とした。
お母様が亡くなる時、ベッドの中で、賭け事はもうしないでね、分かった二度としない、と固く約束していた。
あの時涙を流しながら、お父様は何度も言っていた。
その言葉にお母様は安心して、見たこともない優しい微笑みを見せた。
それなのにお父様は、破った。
酷い。
「とりあえず、君は帰りなさい。送ってあげるから」
立ちあがりウインザー子爵様は私に言ったが、首を強く振った。
「ダメです!今帰れば、私・・・私は、やっぱり役立たずと怒られます!」
絶対に殴られる。
帰ればどうなるのか、その仕打ちが脳裏を駆け巡り目眩がした。
「それに、お父様がそう約束されたのであれば、私はここで働かないといけません!!お願いします!!家に帰れません!!少しでもいいんです!!一生懸命働きますので、置いてください!!」
必死に言って立ち上がり、頭を下げた。
帰れない。
帰ったらとても怒られる。
殴られるよりも、ウィッグに辛い顔をまた、させてしまう。
暫く嫌な沈黙が流れた。
苛立ちを彷彿させる息の吐き方が、耳につたわる。
どうしよう。明らかに困っている。
それはそうだ。
この方の言うように冗談を真に受けて、お父様は私をここに連れてきた。
けれど、ここで素直に「はい」と言って踵を返し屋敷に帰れない。
帰れば……。
胸がぎゅっと縮まり、呼吸が浅くなる。
「・・・分かった。君がそこまで言うなら、少し置いてあげよう。名前は?サヴォワ伯爵令嬢殿」
根負けしたようにため息をつき、私の側に来ると肩を叩いた。
その掌の重みは強くも弱くもなく、ただどこか戸惑いの気配を含んでいた。
「ありがとうございます。シャーリーと申します。ご主人様、ありがとうございます」
良かった。
ほっとして顔を上げると、眉を上げ不機嫌な顔はそのままで睨まれた。
けれど、どこか探るような目でもあった。
「シャーリーか。確認だが、父君は義父か?」
「いいえ、本当の父です。何故ですか?」
不思議な質問をする。
でも、ウインザー子爵様は頬を引き攣らせ、なんだかますます機嫌が悪くなってきた。
質問した本人ですら、その答えにどう反応すべきか分からないような迷いが滲んでいた。
「そうか。それなのにこんな事を、か。まあいい。シャーリー、私の事はご主人様とは呼ぶな。キャウリー様と呼びなさい。私の名はキャウリー・ウインザーだ。いいかい?ここで働くにしても、シャーリーは伯爵令嬢に変わりはない」
言葉は厳しいのに、どこか自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「・・・分かりました。ごしゅ・・・、いえ、キャウリー様ですね」
私の言葉に満足そうに頷いてくれた。
「それでいい。少し待ちなさい」
そう言うと、扉を開け誰かを呼んでいた。
その背中には、怒りとも困惑ともつかない影が揺れていた。
少しして、年配の女性が入ってきた。
「お呼びですか、ご主人様」
銀色の混じった灰色の髪を、一糸乱れぬようにきっちりとひとつに括っている。
歳月を刻んだ顔には細かな皺が刻まれていたが、それが気品を損なうことはなく、むしろ長年の経験と誇りを物語っているようだった。
神経質そうな細い顔立ちは、鼻筋が通り、頬骨が高く、若い頃はさぞ美しかったのだろうと想像できる。
背筋をぴんと伸ばし、線は細いが姿勢の良さが凛とした印象を与えている。
薄い唇は真一文字に結ばれ、一切の無駄を許さないような厳格さを漂わせていた。
しかし、深い皺の刻まれた目元には、どこか柔らかな光が宿っているようにも見えた。
入室と同時に、部屋の空気がわずかに引き締まり、それでいて安心感が広がる。
“長年この家を支えてきた人”というのが一目で分かる雰囲気だった。
「この子はシャーリーという。暫くこの屋敷でメイドとして働くことになった。シャーリー、この者は、メイド長のハザードだ。屋敷の事を教えてもらいなさい」
「分かりました。ハザード様」
メイド長を紹介してもらい、ここに本当に置いてもらえると安堵した。
「シャーリー、ハザード、だ。様はいらない。ハザード、シャーリーは伯爵令嬢だ。呼び方は気をつけるよう教えなさい」
「あ、あの・・・私はメイドとして来ました。それなら」
「シャーリー。よく聞くんだ。呼び方は、その者ではなく、呼んだ者の立場を左右する。いい意味でも悪い意味でも。分かるか?」
諭すように、真っ直ぐに私に質問した。
その声音には、先ほどよりいくぶん冷静さが戻っていた。
こくりと頷いた。
「わかります、キャウリー様。お母様がよく仰っておいででした。貴族とは無意識に優位に立ちたがる。どこでそれを判断するのかは、己をどう呼ぶか、と」
「その通りだ。良い母君だ。別に私がシャーリーに優っているとは正直思っていない。だが、シャーリーの立場を蔑ろにしたくはない。つまり、シャーリーがハザードを様付けするのに、ハザードが私をキャウリー様と呼ぶのはおかしいだろ?私を名で呼ぶということは、同等か、上に立つ者かどちらかだ。それなのに、私の屋敷のメイド長に様を付ける。それでは私の立場がない」
とてもよく理解できたし、キャウリー様はきちんと考えがある方なのだと思った。
「わかります、キャウリー様。ハザードと呼びます」
「宜しい。ハザード、では、後は頼んだ」
「はい、ご主人様。では、シャーリー様、こちらにどうぞ」
「はい。ハザード」
私の答えに、ハザードはとても満足そうに微笑んだ。
その瞬間、厳格な顔立ちがふっと和らぎ、深い皺の奥に慈しみのような温かさが滲んだ。
長年この屋敷を守ってきた者だけが持つ、静かな威厳と優しさ。
この人になら、きっと色々教えてもらえる。
そう思うと、少しだけ、胸の奥が温かくなった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います

織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。 目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。 まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。 再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。 ――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。 限られた6年の中で、セレノアは動き出す。 愛する家族を守るため、未来を変えるために。 そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

家族の靴を磨いていた私が、実は【神の加護を磨き上げた聖女】だった件。隣国の冷徹皇帝に「君の献身は世界を救う」と誘拐、24 執着されています

唯崎りいち
恋愛
「お前は一生、靴でも磨いていろ」 家族に虐げられ、靴を磨き続けた私。 実はその靴、磨くたびに『神の加護』が宿る聖具になっていました。 噂を聞きつけた隣国の冷徹皇帝に、出会い頭にさらわれて―― 「君は俺のものだ。24時間、指一本触れさせない」 靴を履かせてもらえず、移動は常に皇帝の腕の中!? 磨き上げた加護のせいで、皇帝の執着が神レベルに育ってしまう溺愛物語。

一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません

師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。 王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。 人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。 けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。 もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。 そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。 そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。 一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。 リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。 そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。 人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。 怖い。近づきたくない。 それでも、その腕の中でしか眠れない。 またあの冬が来る。 また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。 今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。 一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。 小説家になろう様でも掲載中

エミリーと精霊

朝山みどり
恋愛
誰もが精霊と契約する国。エミリーの八歳の誕生日にやって来たのは、おもちゃのようなトカゲだった。 名門侯爵家の娘としてありえない恥。家族はエミリーをそう扱った。だからエミリーは居場所を得るために頑張った。役に立とうとした。

処理中です...