何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

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第3話キャウリー目線1

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「どうだ?」
昼食をが終わり、食堂からハザード以外を下がらせた。
ハザードも分かっていたようで、自然に皆に仕事を振り、私と二人になるようにしてくれた。
長年の付き合いだ。こういう時、言葉は要らない。
「……最悪ですね。メイド服に着替えてもらった時に確認しましたが、あちこちにアザや腫れがあり、明らかにいい環境ではないですね。本人は隠したいようでしたが、あれは、隠せる域を超えています」
「・・・やはりか・・・」
私は椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。
自分の娘を平然と差し出すところからおかしいと思った。つまりは、物、道具としか扱っていない証拠だ。
それに、あまりに必死にここに残りたい、と言ったあの態度。
あれは逸脱した恐怖が見えた。
戦場の嫌な思い出が脳裏に浮かび、腹立たしさと、怒りが込み上げてくる。
まさに命乞いだ。
あの年頃の娘が、あんな目をするものではない。
花を愛で、恋に夢見て、笑い転げる。そんな日々を過ごすべき歳だ。
それなのに、あの子の目には、怯えと諦めしかなかった。
私は無意識に拳を握りしめていた。
「少し話をしましたが、双子の姉がいるようで、とても素敵で綺麗だ、とまるで暗示をかけられているかのように言っていました。それと、母君は幼い頃にお亡くなりになり、その後後妻を迎えていますが、どうもその方も一緒にシャーリー様を蔑ろにされていますね。何が、あったのですか?」
コーヒーをカップに注ぐハザードの手が震えている。私と同じ気持ちのようで、苛立っていた。
いや、苛立ちだけではないだろう。ハザードの目には、怒りの奥に、悲しみが滲んでいた。
普段は完璧に感情を制御するこの女が、こうして動揺を見せるのは珍しい。
それだけ、シャーリーの状態が酷かったということだ。
私は視線を窓の外に移した。
庭師が丁寧に手入れした薔薇が陽の光を浴びて輝いている。
こんな平和な景色の中で、あの子はどれほどの苦しみを味わってきたのだろう。
「一昨日、夜会に出ただろ?」
「はい。サーヴァント公爵様のでしょう?」
それでも、一滴も零さず優雅に私の前に置いてくれた。
どんな時でも完璧な所作を崩さない。それがハザードだ。
「ありがとう」
私はカップを手に取り、立ち上る湯気を眺めた。
芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。だが、今はその香りを楽しむ気分にはなれなかった。
「その時にサヴォワ伯爵殿、つまり、シャーリーの父君が初めて招待されていた。今回は、友好を広げるためにあえて、あいつが友好がない方を招待していた。それに優越感を感じたのだろうな。気持ちのいい呑みっぷりで、楽しくトランプをしている最中に、賭けをしないか、と言い出した。それも、金を賭けてな。私はもちろん反対したよ。遊びで楽しくやっているのに、金が入ると、そうもいかない。まだ、負けた者がワインを出す、という程度ならいいが、目が本気だった」
一昨日の夜会の光景が、鮮明に蘇る。
煌びやかなシャンデリアの下、紳士淑女が歓談する華やかな空間。
その中で、あの男だけが異質だった。
「下品ですね」
汚いものを見る目で吐き捨てた。
「全くだ。だが、皆程よく酔いが回っていて、金を賭けた方が楽しいな、とか言い出した。私は嫌だったから、では私は失礼しよう、と立ち上がったら、負けるから逃げるのですか?ときた」
カップをソーサーに置き、私は額に手を当てた。
思い出すだけで頭が痛くなる。
「うわ。最低ですね」
ハザードが露骨に顔をしかめた。
普段は決して崩さない上品な表情が、嫌悪に歪んでいる。
私は苦笑した。彼女がここまで感情を表に出すのは、本当に珍しい。
「そう思うよ。酔っているから仕方ないと適当にあしらって席を離れようとしたら、えらく絡んできたんだ。大声で、怖いのか、負けるのが嫌なのか、とか。本当は無視をしたかったが、絡み方が迷惑のかかる嫌な絡み方で、主催のサーヴァントに迷惑をかけたくないから渋々参加したら・・・」
「ぼろ勝ち、だったのですね」
畳み掛けるその言葉が的を得ていて、何故だか私が悪者の気分になる。
「・・・その通り」
私は再びカップを手に取り、一口啜った。
苦い。いつもより苦く感じるのは、気のせいだろうか。
ハザードは推察が良すぎて、本当に話が早くて助かるが、その気持ちを顕にした表情はやめて欲しい。まるで私が駄々をこねる子供をあやせない、不甲斐ない大人の気持ちになる。
彼女の目が、「それで?」と続きを促している。
「今回は初見参のお祝いとして、流しましょうか、と言ったのを、なんだ子爵のくせに見栄を張る気か、とかまた嫌な絡み方をしてきて、散々喚いたあと、そんなに金をもらうのが嫌なら娘を奉公に向かわせる、と言ってきた。さすがにその内容に不穏な空気になり、知り合いが連れて帰ったが、まさか本当にするとは思わないだろう」
窓から入る風が、カーテンを揺らした。
穏やかな風だ。だが、あの夜会の空気は、こんなに穏やかではなかった。
酔った男の醜態に、周囲は明らかに引いていた。
私も、あの時は呆れるしかなかった。
「阿呆、でございますね」
ふん、と吐き捨てるように言った。
ハザードにしては珍しく、言葉に棘がある。
「・・・はっきり言うなよ。絡まれた私が一番そう思っていたさ。そうは言っても、サーヴァントに迷惑をかける訳にもいかないだろ。だが、こうなってしまっては、あの子が不憫だ」
不憫、という言葉では足りない。
あの子は、自分が虐げられていることすら、当然だと思っている節がある。
それが、たまらなく胸を締め付けた。
私は椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
庭の薔薇が、風に揺れている。赤、白、黄色。色とりどりの花が咲き誇っている。
シャーリーは、こんな景色を見たことがあるだろうか。
「ええ、ええ、それはよく分かりました。シャーリー様はとても良い育ちをされています。古いドレスを無理やり着せられており、化粧もしておりませんが、溢れる気品は隠せません。元々お美しい容貌ですので、磨けば光りす。また、勝手ですが
シャーリー様に借金返済のため来られたのは内密に、と伝えました。私が適当に理由をつけておきます、と言っておきました」
ハザードの声が、私の背中に届く。
私は振り返らず、窓の外を見たまま答えた。
「それでいい。借金返済に身売りする、と噂が流れれば恐ろしい。自分の子供を道具として使うとは、許せん!それも、暴力を振るうとは、更に人間として許せん!!」
声が大きくなっていた。
自分でも驚くほどの怒りが、腹の底から湧き上がってくる。
拳を握りしめ、私は深呼吸した。
怒りに任せても、何も解決しない。分かっている。だが、抑えられなかった。
「私も同じ気持ちです。シャーリー様はすぐに、申し訳ありません!と謝罪します。もう、口癖なのでしょうね。それと・・・、少し触れるだけで、身体が強張り、とても怯えておられる・・・」
ハザードの声が、僅かに震えた。
この女がこんな声を出すのは、滅多にない。
私はようやく振り返り、ハザードを見た。
彼女は俯き、両手を固く組んでいた。その肩が、小さく震えている。
私たちは、あの戦場で多くのものを失った。だからこそ、守れるものは守りたいと思っている。
あの頃の記憶が、ハザードの中でも蘇っているのだろう。
焼け落ちる村。逃げ惑う人々。そして、助けられなかった子供たち。
あの日の光景は、今でも時折、夢に見る。
「殴られる、と思っているのか」
私は窓辺を離れ、ハザードの傍に歩み寄った。
「・・・お可哀想に・・・。匿う、とは語弊があるかもしれませんが、シャーリー様が少しでも心の癒やしになれる場を与えてあげたいです。・・・まだ、子供ですから」
子供、
という言葉に、私たちの間に沈黙が落ちた。
「分かった。シャーリーが帰りたいと言うまで面倒を見よう。しかし、伯爵令嬢だということは、忘れるな」
私は椅子に腰を下ろし、ハザードを見上げた。
彼女は顔を上げ、いつもの凛とした表情を取り戻していた。
だが、その目の奥には、まだ柔らかな光が残っている。
「かしこまりました。では、帰りたくない、とシャーリー様が思ってしまっては仕方ないことですよね?ご主人様」
にっこりと、意地悪な笑みが出る。
この女は、本当に抜け目がない。
「それは仕方ない事だ。シャーリーがそう言うのであればな」
「はい。では、同じメイド同士として、楽しく相手をさせていただきます」
楽しそうに微笑み、その笑みの奥に、決意のようなものが見えた。
この女は、一度こうと決めたら梃子でも動かない。
シャーリーは、きっと大丈夫だ。
「そこは任せた。ところで、シャーリーも可哀想だが、巻き込まれた私も可哀想だと思わないか?私は私なりに、最善の策を講じようとしたのだ」
まるで私が悪者かのように睨みつけてくるハザードに、同意を求めるように言うと、仕方なさそうに笑んだ。
その表情に、私は少しだけ救われた気がした。
どんな時でも、この女の笑みは私を落ち着かせる。
「そうでございますね。酔いの席では、どうしても羽目を外す方がおりますし、その外し方が尋常でない方もおります。ある意味、これで良かったのかもしれませんね」
「良かった?」
私は首を傾げた。
あの騒動の何が良かったというのだろう。
「ええ。シャーリー様が不遇の扱いをされる屋敷で過ごすよりも、こちらで過ごす方が良いかもしれません」
「なる……ほど。そうかもしれんな。シャーリーの好きなようにさせてやれ。あの子は賢い頭を持っている。きっと自分で自分の道を見つけられるだろう」
あの子が、いつか自分の足で立てるように。
笑って、泣いて、怒って、当たり前の感情を取り戻せるように。
私たちにできることは、そう多くはない。
だが、せめて、安心して眠れる場所くらいは、与えてやりたい。
そう、だな。この出会いは、必然なのだ。
「かしこまりました。何かあればすぐに報告いたします」
「頼んだ」
「コーヒーを淹れ直しいたしますね」
そう言うとハザードはカップを片付け、新しく淹れてくれた。
その背中を見ながら、私は思った。
あの子が来たことで、この屋敷に何かが変わるかもしれない。
それが良いことなのか、悪いことなのかは、まだ分からない。
だが、少なくとも、あの子を見捨てるつもりはなかった。
新しいコーヒーの香りが、部屋に広がる。
さっきよりも、少しだけ、温かく感じた。
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