何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

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第24話夜会1

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「キャウリーの言うように、可愛らしい子だな」
「本当に。こんな可愛らしいのに、非道なことをするなんて、許せないわ」
ミネルバ侯爵ご夫妻が、優しい目で私を見ながら言った。
侯爵様は、穏やかな笑顔で、侯爵夫人は、母親のような温かさで私を見てくれた。
その言葉が、胸に沁みる。
「・・・御心配頂き、ありがとうございます」
ミネルバ侯爵ご夫妻が、いや、皆さんがとても怒って下さるから、やはり、お父様がしたことは許されない事だと、痛感する。
そして、心からほんわかしてくる。
今日は、キャウリー様が前々から言っていた夜会の日だ。
少ない人数なので、ホールは使わず、サロンで開催している。
サロンは、いつもと違う雰囲気だった。
燭台が、たくさん灯されている。
柔らかな光が、部屋を照らしている。
テーブルには、白いテーブルクロスが掛けられ、銀の食器が並んでいる。
その一つ一つが、キャンドルの光に反射して輝いている。
花も、飾られていて、白い薔薇と、淡いピンクの花から、香りがふわりと漂っている。
簡素、と言いながらどれも高価なものばかりだ。
キャウリー様の「簡素」は、私にしたら「豪華」だと思った。
本当のお金持ちの感覚ってこんな感じなのかな、となんだか珍しかった。
私の家は、伯爵家、という肩書きは聞こえはいいがあまり裕福ではなかったと思う。
お父様は上級貴族の一歩手前だ、と言っていたが、この方々を見ると、嘘、に思えた。
全くの別世界。
雲泥の差だ。
料理も見た事がないキラキラした品物がテーブルに並べられていて、どれもすごぉく美味しそう。
料理はもちろん料理長が腕をふるっていた。
この仲間内の夜会は、定期的に行われているみたいで、皆さんの好みを既に把握しているから、好みに合わせた料理を料理長が、何日もかけて準備していた。
私も、できる限り手伝って、覚えよう♪
と思ったが、どれもこれも時間のかかるものばかりで、
うーん、無理、
とポイと匙を投げたので、結局大して覚えられなかった。
いや、覚える気はあったよ。
あったけど、やはりベテランの料理長で、どうもかなりの料理の腕を持っていると有名な人のようで、そんな人の料理を一朝一夕で覚えられるわけないから、匙を投げて当然なのだ。
だって、フォアグラのテリーヌとか、オマール海老のビスクとか、仔羊のローストとか、見てるだけで難しそうなんだもん。
私は時短の酒の肴に腕を磨くのよ。
それで十分。
さて、参加者は予定通りの古くからの御友人の四人の方とその奥様。そして、何故かカルヴァン様だ。
だからサロンには、九人が集まっている。
でも、皆の服装を見て、私は驚いた。
カジュアルだ。
とても、カジュアル。
お父様はいつも夜会の時の口癖が、見た目が大事なんだ、と言っていつも高価な服を仕立てていた。
でも、参加されている男性の方は普段着に近い服装。
シャツにベスト。
ネクタイもしていない人もいる。
キャウリー様は、白いシャツのみで、袖をまくっていて、とてもリラックスした雰囲気だ。
こんなキャウリー様、初めて見た。
スクルト公爵様も、シンプルなシャツで、襟元が開いている。
奥様たちも、華やかなドレスではない。
シンプルなワンピースで、動きやすそうな服。
ミネルバ侯爵夫人は、淡い緑のワンピースで、レースも控えめ。
ギャウカ公爵夫人は、ベージュのシンプルな服で、アクセサリーも、最小限。
そして、カルヴァン様。
紺碧の髪が、キャンドルの光に照らされて輝き、銀の瞳が、神秘的に光っている。
でも、服装は皆さんと同じくカジュアル。
キャウリー様と一緒で白いシャツのみで、ネクタイはしていない。
袖口が、少しまくられているが、それが、より素敵だった。
当然私は一番若い、一番緊張しているし私だけが何故かドレスを着ている。
薄桃色の、華やかなドレス。
周りを見渡すと、皆がカジュアルなのに、私だけ、浮いている。
けど、どうしても着て、と言われたけど浮いてない?
それと、今回の御友人達の正式な名前を知っておこうと思いキャウリー様に聞くと、何故だか意地悪な顔をされ、当日ね、と教えてくれなかった。
あの顔、絶対わざとだ。
仕方なくハザードに聞くと、とても、嫌な顔をされ、そんな意地悪するなんて子供じみてます!と言われ、優しく教えてくれた。
が!!
まじですか!?という名前と役職ばかりが連なり、それを教えてくれないキャウリー様が確かに意地悪に見えた。
だって、国の重鎮ばかりじゃない!
まず、よく聞くスクルト様が、
スクルト・サーヴァント公爵様。宰相。
カルヴァン様の祖父。
白髪の、威厳のある方。
でも、今日はカジュアルな服で、優しい雰囲気。
話し方は、少し乱暴で荒っぽい感じな人だ。
次に、
ウイニー・ミネルバ侯爵様。祭祀大臣。
温厚そうな、穏やかな方。
丸い眼鏡をかけている。
シャツの襟元が開いていて、リラックスしている。
とても丁寧な喋り方で、ゆっくりと一言一言を大切に話される。
次に、
ベジット・ギャウカ公爵様。財務大臣。
鋭い目をした、痩せ型の方。
でもとても笑い顔が素敵だ。
ベストを着ているけど、ネクタイはしていない。
キャウリー様に似た、落ち着いた話し方をされる。
次に、
グリニジ・イエガー侯爵様。法務大臣。
真面目そうな、厳格な方。
でも、今日は背筋が少し緩んでいる。
シャツだけの、シンプルな服装。
すごくゆっくりと喋る方で、一言一言の間が長い。
全ての方が王宮の役付きで、空いた口が閉まらないとはこの事だ。
キャウリー様って凄い!!と素直に思ったが、
結果的に友人が凄い人になっただけだ、
と、キャウリー様なら、言うな。あの方はとても謙虚で、とても暖かい。
よく、昔からの友とか、戦友とか、口にしていたので、共に戦場で戦った人なのだろう。
この方々が、皆、戦場を共にした仲間。
だから、こんなに固い絆があるんだ。
だから、こんなにリラックスしているんだ。
肩書きじゃなくて、ただの友人として集まっているんだ。
不思議な人だ。ここに来た時から、私を伯爵令嬢として扱い、それを配慮した召使いへの指示。
一線置きながらも、たまに踏み込んでくる心地いい距離感。
まるで・・・理想のお父様のような人だった。
そんな気持ちになる自分に、いけない気持ちだと振り払っていた。
お父様は、お父様。
キャウリー様は、キャウリー様。
でも、心のどこかで、こんなお父様だったらな、と思ってしまう。
「こんな場によ、俺みてえな新参者を招待してくれるなんてよ、光栄だぜ」
サロンの向こう側で、カルヴァン様の声が聞こえた。
丁寧な言葉の緊張が少し見えた。
キャウリー様が、笑いながら答えた。
「堅いこと言うな、カルヴァン。今日は気楽に行こう」
「恐れ入ります」
その姿が、完璧で、背筋が伸びて所作が美しくて、
言葉が洗練されていて、カジュアルな服装でも、気品は消えない。
初めて会った時は相手をするのに忙しく見ているようで見ていなかったが、今日のカルヴァン様は、街で会った時とは違う。
紺碧の髪が、キャンドルの光に照らされて輝いていて、銀の瞳が、神秘的に光っている。
白いシャツが、体にぴったりと合っている。
立場も、見栄えも申し分ない。
これが本物の貴族で、上級貴族なんだ。
きっと・・・シャーサーなら釣り合う。
見目麗しい恋人同士に見えるだろう。
金髪碧眼のシャーサーと、紺碧の髪と銀の瞳のカルヴァン様。
絵になる。
私なんかじゃ、釣り合わない。
そう思うと、胸が少し痛んだ。
「シャーリー?何処に行くんだ?」
名を呼ばれ、はっとする。
無意識に、壁の方へ歩いて行っていた。
また、だ。
サロンの隅。
人のいない場所。
影になる場所。
いつもの癖。
人が集まる場所から、遠ざかる癖が、いつの間にかついていた。
サヴォワ家で、身についた癖。
「・・・カルヴァン様」
振り向くと、カルヴァン様がいつの間にかすぐ側に立っていた。
「何だその顔は。心配しなくても、話は聞いている。・・・そんな悲しい顔するな・・・」
微笑みながら、私の頭を軽くさすった。
「・・・見違えた。街で会った時と・・・全然違うだろ・・・それに、今日のドレス、とても似合っている」
ボソリと切れ切れに耳元で囁いた。
近い。
カルヴァン様との距離が、近い。
顔が熱くなる。こんなに密着するなんて、ルーン以外になかった。いつも、シャーサーの側に殿方は集まり、私はお情けでルーンの側にいただけだ。
カルヴァン様の香りがする。
爽やかで、上品な香り。
心臓が、早く打つ。
それに、今日はキャウリー様が仕立て屋に頼んだ、一番いいドレス。
薄桃色の、軽くて綺麗なドレス。
生地が、最高級。
触れるだけで、その質の良さが分かる。
レースが、繊細で、刺繍が、とても美しい。
ウエストが、細く見えるように、スカートが、ふんわりと広がるように。
全てが、完璧に仕立てられていた。
私には勿体ないと言ったが、キャウリー様がシャーリーの為に誂えたのだから、シャーリーが着るしかないよ、と言ってくださった。
その言葉が、嬉しかった。
でも、私だけがこんな華やかなドレスなんて、浮いているし、きっと似合ってない。
お世辞、なんだよ。
そうに決まってる。
ドレスに合うように、と髪型や化粧をハザードがしてくれた。
髪は、アップにされている。
いくつかの髪を、巻いて垂らして、小さな花が、飾られている。
化粧も、いつもよりしっかりとして、頬に、ほんのり紅をして、唇に、淡いピンクをつけてもらった。
確かに鏡を見た時、誰だろうと、驚いたけど、大して変わっているとは思えない。
だってもとが、その程度なんだもん。
それに、明るくないから、誤魔化されて少しは綺麗に見えているのかもしれない。
そう、だよね。
暗いから、分からないだけ。
令嬢に似合ってませんよ、なんて言えないもんね。
「・・・なんか一人だけ場違いな格好だし……」
似合ってないですよね、とは、なんだか惨めで言えなかった。
「気にするな。シャーリーは主役だ。だから、一番華やかでいい」
カルヴァン様が、優しく言った。
「・・・主役、ですか?」
私が?
主役?
「ああ。今日は、シャーリーの紹介の会でもあるんだろ?だったら、シャーリーが一番目立たないと」
そう言って、カルヴァン様が微笑んだ。
その笑顔が、優しい。
「まあ……そういえばそうかもしれませんね」
そうか。
私の、確かにキャウリー様が私を紹介すると言っていた。
だから、私がドレスを着ていてもいいんだ。
少し、気が楽になった。
「・・・なにか食べようか」
頭を撫でていた手を、私の前に差し出した。
エスコートの手。
正直驚いて顔を上げた。
え?
私に?
「私……に……?」
「他に誰がいる。ほら」
小さく頷きながら微笑んだ。
その笑顔が、眩しい。
「・・・はい」
その手に、手を置いた。
カルヴァン様の手が、私の手を包む。
温かい。
サロンの中央へ歩き出した。
人々がいる場所へ。
光がある場所へ。
カルヴァン様が、私をエスコートしてくれる。
なんだか不思議だった。
ルーン以外にエスコートしてくれる男性が存在すると思ってもいなかったし、それもこんな高貴な方が、私の手を握ってくれている。
夢じゃないよね。
こんなこと、サヴォワ家では、絶対に、永遠になかった。
「おや、カルヴァンか。シャーリー嬢を連れてきたんだな」
スクルト公爵様が、微笑んだ。
シャツの襟元が開いていて、とてもリラックスしている。
「はい、御祖父様」
カルヴァン様が、礼をした。
「シャーリー様そのドレス、とてもお似合いでございますよ」
ミネルバ侯爵夫人が、まるで私の心を見透かすように、けれど、嫌味なくさらっと微笑んで言ってくれた。
皆の視線が、私に集まる。
でも、怖くなかった。
カルヴァン様が、隣にいる。
キャウリー様が、微笑んでいる。
ハザードが、遠くから見守っている。
一人じゃない。
みんなの瞳が、私の知る瞳と、全然違う。
サヴォワ家での、あの冷たい目じゃない。
軽蔑する目じゃない。
馬鹿にする目じゃない。
温かい目。
優しい目。
なんだかドレスが似合っているとか、似合っていないとか、どうでも良くなってきた。
背筋を伸ばして、微笑んだ。
「ありがとうございます」
なんだかとても、
嬉しくなった。
「私達はあちらで食事をいただいてきます」
カルヴァン様が、キャウリー様たちに向かって言った。
「ああ、ゆっくりしてくれ」
キャウリー様が、笑いながら答えた。
スクルト公爵様も、ミネルバ侯爵ご夫妻も、皆が優しく頷いた。
言葉はなかったけれど、その表情が、全てを物語っていた。
私を、受け入れてくれている。
そんな温かさが、伝わってきた。
「行こう、シャーリー」
カルヴァン様が、優しく私の手を引いてくれた。
私達は軽く皆様に会釈をして、料理が用意されたテーブルへと向かった。
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