何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

文字の大きさ
26 / 72

第26話キャウリー目線

しおりを挟む
「それで、教えて貰えるか」
二人をあえて外に出し、答えを求める。
サロンの空気が、一変した。
さっきまでの和やかな雰囲気が消え、冷え冷えとした緊張が漂う。
キャンドルの炎が、揺れる。
その質問に、嫌な、否、久しぶりに見る陰険な笑いを見せ、スクルトはワインを一口飲んだ。
グラスを置く音が、静寂に響く。
「博打好きが起こしたこの件、下り坂もいい所だぜ」
スクルトが獲物を見つけた高揚感のような、低く凄みを孕んだ声で言う。
「投資好きらしいがよ、先を見据えて動いてるつもりだろうが、いかんせん、投資ってのは程々が肝心なんだよ。ハマっちまったらもう終わりだ。転がり落ちるだけだぜ。まさにその典型だな」
薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうに言うが、目が狡猾な鋭さを見せる。
「スクルト・・・もう少し柔らかい物腰で言って貰えるか?威圧感を出して言うのはやめてくれ。つまり、かなり赤字の財政なんだな」
私が、ため息をつきながら言った。
「おや、それこそがスクルト殿の本領ではございませんか。彼の頃暗躍の任を担っておられたのですから。故にして、宰相という職は彼の天職と言えましょう」
ウイニーが、一言一言を噛みしめるように言った。
その目が、冷たい。
「ウイニー、お前が言うと、全て罪人に聞こえる」
「罪人でございます」
一言でバッサリ切るところが、ウイニーだ。
優しい笑顔の下に、氷のような冷たさ。
奥方達は、既に奥方だけで隅に固まり、雑談に興じている。
よくできた奥方ばかりだ。
いや、そうでなければ、こいつらの奥方には、なれないな。
私は、例外としておこう。
「つまり、没落は目に見えているのか?」
私が、円卓の中央を見ながら聞いた。
「スクルトから見せてもらった調査だと、このまま行けば確実に没落だ。ただ、持っている事業は悪くない。上手く回せば化ける可能性はある」
ベジットが、細い指でワイングラスを回しながら言った。
「私なら簡単だがな」
そう言って、薄ら笑いを見せた。
その笑みが、不気味だ。
「それとよ、娘が美人だって噂が飛んでるんだ。シャーリーの双子の姉だろ?シャーリーを見りゃ分かるぜ、噂は本当だ。いっそその姉を餌にしてよ、金持ち貴族から金を引っ張るってのが手っ取り早いだろうな」
スクルトが、獲物を品定めするような目で言った。
「・・・スクルト、お前が言うと何故か下品にしか聞こえん」
私が、眉をひそめた。
「はっ。それも手だろうが。お前が甘ちゃん過ぎんだよ。ただよ、男を手玉に取るにはそれなりのあざとさが要るんだ。まあ、そんなもん持ち合わせちゃいねえだろうがな。だが上手く使えばいい手駒になるな」
スクルトが、鼻で笑う。
「それとヨークシャー伯爵家の次男が姉とシャーリーとも仲がいいって聞いた」
スクルトの言葉に、それは頼んでいないが、恐らくシャーリーの男関係が気になったのだろうな。
それ以上何も言わないという事は、何も無かったのだろう。
そうでなければ、カルヴァンには勧めんだろう。
「ヨークシャー・・・伯爵家・・・でございますか。確か・・・その名は・・・私の・・・招待客の・・・一人に・・・おりましたな」
グリニジが、シャーリーお手製のつまみを気に入ったようで、また食べている。
テーブルの上には、シャーリーが作ったつまみが並んでいる。
揚げ餅。
醤油と砂糖で甘辛く味付けした、カリカリの揚げ餅。
海苔を巻いて、ごまを振ってある。
シンプルだが、止まらない美味さだ。
小さく切ったセロリとラディッシュを、レモンと塩でマリネしたもの。
軽く漬けただけの、さっぱりとした一品。
歯ごたえが残っていて、酒の合間に丁度いい。
オリーブをガーリックとハーブ、オリーブオイルで和えたもの。
ほんのりと香草の香りがあり、芳醇。
枝豆のペペロンチーノ風。
茹でた枝豆に、ニンニクと唐辛子、オリーブオイルを絡めたもの。
これが、ワインに合う。
クリームチーズをハーブ入りのオイルに漬け込んだもの。
濃厚で、深い味わい。
クラッカーに塗っても美味い。
どれも、時間をかけずに作れる、懐かしい家庭的なつまみ。
酒が進む。
グリニジは、三回目のお代わりだ。
食べ過ぎだし、飲みすぎだろうが。
「親密なる関係にございますか?」
ウイニーが、片眉をあげながら質問した。
「いや・・・何かの折に・・・知り合った・・・程度で。大した家では・・・なかったと・・・記憶してる」
グリニジは然程考えることも無く答えた。だが、招待客に入れた場合、余程のことが無い限り、外されることは無い。
「なるほどな。あとは、ハザードからの報告がある」
私が、皆を見回し、背後に控えるハザードと目が合ったが、無表情に返されただけだった。
顔を皆に戻した。
「ハザードを使ったのかよ?お前が、わざわざ?」
スクルトが、興味深そうに目を細めた。
「ああ」
私は、ワイングラスを置いた。
「シャーリーは、あの家で虐待されていた。物扱いだ。食事も満足に与えられず、部屋は物置同然。姉と比較され、罵倒され、存在を否定され続けていた」
誰もが、黙って聞いていた。
「そして、新しい母親。あの女は、実は亡くなった母の頃から、サヴォワ伯爵と付き合っていた」
「ふうん・・・よくある・・・話ですな。つまり・・・不倫相手だった・・・という・・・ことで・・・ございますか」
グリニジが、ゆっくりと、冷たく言った。
「ああ。そして、あの女は計算高い。いずれ自分が産む子供を、サヴォワ伯爵に可愛がってもらうために、既に虐められていたシャーリーの存在を利用した。シャーリーをさらに虐げることで、自分の立場を固め、いずれ産まれる自分の子供への愛情を独占しようとしたんだ」
「如何なる時代においても己の私欲に駆られた者は他者を踏み躙ってまでも我欲を貫徹せんとするものでございますな」
ウイニーの言葉に誰もが嫌悪感を露わにした。
「つまり、捨て駒、だ」
己で言い放ってから、ああ、そうか、と得心した。
だから、私は気になったのだ。
あの子は、ハザードと似た境遇をもっていた。
実の親に、モノ扱いされ、捨て駒にされ、それなのに、愛情を求めていた。
どれだけ不遇に扱われても、親は、親だ。
そこに子は、消え入りそうな糸でも、必死に食らいつく。
だが、
既に出来上がった人間の思想は、相手が血が繋がろうが関係ない。
親は、
安易に、
子を捨てる。
ハザードはシャーリーを見て、何か感じたのかもしれない。
だから、彼女の肩を持ち優しかったのかもしれない。
ハザードは、シャーリーの中に、かつての自分を見たんだろう。
そう思うと、胸が痛くなる。
ハザードは今は幸せなのだろうか、とまた詮無いことを思う己が嫌になる。
「それでよ、どうすんだ」
促すようにスクルトが言いながら、チラリとハザードを見た。
誰もが、そこに何を意味するのか知っていた。
「似てるんだろ?そうなりゃよ、ひとたび情が移ると離せねえんだろうが」
まるで、全てを見透かすような瞳が一斉に私に降りかかる。
「そこは否定はしない。それに、この短い間で、シャーリーが人間として優れている事は理解した。それに屋敷の召使い達全員が、シャーリーを、好いている」
何よりも、私がシャーリーの料理を気に入っている。
この揚げ餅も、シャーリーが作ったものだ。
「左様にございますな。甘やかされ育った貴族など悪虫以外に何の利用価値もございません。外界の実相を知悉する貴族は稀少でございますからな」
ウイニーの丁寧だが嫌味を込めた言葉に、私も同じ気持ちだ。
王族、上級貴族が外の世界を知っていれば、戦は起こらなかった。
沈黙が、降りる。
重い、沈黙。
誰もが、同じことを思っているのだろう。
キャンドルの炎が、また揺れた。
「皆様、とりあえず、シャーリー様の気持ちを確認する事が大事でございます」
ハザードが静かに声を上げた。
「あんたがそれを言うのかよ?捨てる親はその程度だ、と知ってる筈だろうが」
スクルトが冷たく切り捨てた。
だが、ハザードは無表情のままだ。
「仰る通りでございます。しかし子はいつまでも、情は捨てられません。だからこそどう動くかをご自分で決めるのです」
ハザードの言葉の内容が重たい。
「ハザードの言う通り、シャーリーがどの答えを出すのか、協力は仰ぎたい」
私が、静かに言った。
「構わねえぜ。ただよ、久しぶりに楽しくなりそうだな」
スクルトが、くくっと喉を鳴らし、なんとも恐ろしい笑みを浮かべた。
その笑みが、まるで獣のよう。
「同様にございます。如何なる答弁であろうとも報復は必要不可欠かと存じます」
ニコニコと柔和な笑みの下の、凍てつく眼差しのウイニーに、誰もが静かに頷いた。
その目が、怖い。
本当に、怖い。
優しい顔をして、一番恐ろしい。
「では・・・サヴォワ伯爵に・・・サイコロを・・・投げて・・・やりましょうか」
グリニジが、ゆっくりと、冷たく言った。
「ああ。法の範囲内で、な」
ベジットが、薄く笑った。
「当然だ」
イエガーが、頷いた。
円卓の周りの空気が、冷たい。
まるで、氷の部屋にいるような。
これが、この五人の本当の姿。
戦場を生き抜いた、五人の姿。
「では、決まりだな」
私が、言った。
「ああ」
全員が、頷いた。
その目が、同じ色をしていた。
冷たく、鋭く、容赦ない。
私の敵は、皆の敵だ。
「では、そのお礼としてこれを」
ハザードが静かに、皆に紙切れを渡し出した。
皆が訝しげの顔で紙切れを広げ、皆が驚きの顔になった。
「おいおい、お前どこから仕入れやがった」
スクルトが唸る。
「造作もない事でざいます。お礼には不十分でございましょうか?」
ハザードが静かに微笑むと、皆が十分だ、と心底楽しい、いや、嫌な笑いを出した。
後で内容を聞いたが、
スクルトには、隣国の王子の醜聞。王位継承を巡る陰謀と、宰相として知っておくべき外交上の弱点。これがあれば、次の交渉で優位に立てる。
ウイニーには、王宮内の不正な宗教団体のリスト。祭祀大臣として、表向きは慈善を謳いながら裏で貴族から金を巻き上げている偽教団の証拠。これで一掃できる。
ベジットには、複数の貴族の隠し資産と脱税の証拠。財務大臣として、長年追っていた悪質な脱税貴族たちの海外口座情報。これで財政を正せる。
グリニジには、過去に無罪となった貴族の冤罪事件の真犯人情報。法務大臣として、司法の汚点となっていた未解決事件の決定的証拠。これで正義を取り戻せる。
全てが、それぞれの立場で喉から手が出るほど欲しかった情報だった。
ふっ。
一番恐ろしいのは、やはり君だな、ハザード。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います

織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。 目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。 まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。 再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。 ――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。 限られた6年の中で、セレノアは動き出す。 愛する家族を守るため、未来を変えるために。 そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

家族の靴を磨いていた私が、実は【神の加護を磨き上げた聖女】だった件。隣国の冷徹皇帝に「君の献身は世界を救う」と誘拐、24 執着されています

唯崎りいち
恋愛
「お前は一生、靴でも磨いていろ」 家族に虐げられ、靴を磨き続けた私。 実はその靴、磨くたびに『神の加護』が宿る聖具になっていました。 噂を聞きつけた隣国の冷徹皇帝に、出会い頭にさらわれて―― 「君は俺のものだ。24時間、指一本触れさせない」 靴を履かせてもらえず、移動は常に皇帝の腕の中!? 磨き上げた加護のせいで、皇帝の執着が神レベルに育ってしまう溺愛物語。

一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません

師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。 王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。 人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。 けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。 もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。 そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。 そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。 一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。 リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。 そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。 人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。 怖い。近づきたくない。 それでも、その腕の中でしか眠れない。 またあの冬が来る。 また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。 今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。 一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。 小説家になろう様でも掲載中

エミリーと精霊

朝山みどり
恋愛
誰もが精霊と契約する国。エミリーの八歳の誕生日にやって来たのは、おもちゃのようなトカゲだった。 名門侯爵家の娘としてありえない恥。家族はエミリーをそう扱った。だからエミリーは居場所を得るために頑張った。役に立とうとした。

処理中です...