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第28話キャウリー目線
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「承諾して下さって、本当に良かったです。シャーリー様の周囲には、何と非道な方ばかりなのでしょうか。
私、本気で先程のあの二人を殴ればよかったと、今でも後悔しております」
ぎり、と音がした。
それほどまでに強く握られた拳。
白くなった指先と、感情を必死に抑え込もうとする横顔に、思わず背筋が冷える。
冗談ではない。
これは、心からの言葉だ。
「確かにな」
私は低く息を吐き、視線を机の上へ落とした。
「私の愛人、だと?どこからそんな突拍子もない発想が生まれるのか、呆れるのを通り越して、寒気がする」
机の上に積まれた書類の端が、きしりと小さく鳴った。
無意識に力が入っていたらしい。
指先に、じわりとした熱が残る。
「全くでございます」
ハザードは唇を引き結び、怒りを隠そうともせず続けた。
「それも、あの双子の姉シャーサーは、ルーンとかいう幼なじみに、あることないことを吹き込み、
あらかじめ“味方”に仕立て上げたうえで屋敷に現れました」
思い出すだけで腹立たしいのだろう。
眉間には、はっきりと深い皺が刻まれている。
「偶然とは思えません。泣くタイミング、縋る仕草、言葉の選び方、まるで、すべて計算済みで動いていたようでした」
「そして」
私は、低く問いを重ねる。
「最後は、叩いたのだな」
「はい」
ハザードの声が、わずかに硬くなる。
「躊躇もなく。自分が叩いたという事実よりも、“叩かれた自分が可哀想である”という印象を幼なじみに強調するように。そうしてそのやり方がもっともシャーリー様を痛めつけるとわかっての、事です」
一瞬、部屋の空気が張りつめた。
暖炉の火が、ぱちりと弾ける音だけがやけに大きく響く。
「許せんな」
声は静かだった。
だが、その奥に渦巻く怒りを、自分でも隠しきれていないと分かる。
「よく分かった。必ずサインは貰ってくる。シャーリーは私の娘になる」
顔を上げ、はっきりと断言する。
「娘にした仕打ちは、親として返すのが筋だろう?」
「そうでございます」
ハザードは即座に頷いた。
その微笑みは、いつもと変わらないだが、目だけが冷たく光っている。
「ですが、甘い世界しか生きて来られなかった程度の思考ですね。あの程度の演技に騙される子息など、愚息の他なりません。いずれにせよ、シャーリー様のそばには相応しくありません」
「その通りだ」
私は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに身を預けた。
「私は、非道な行動を取る者を許せない。
つまりだ、サヴォワ伯爵殿に“相応の対応”をするのは、仕方のないことだろう?」
「ええ。全く問題ありません。既に、屋敷に来た二人の動線、発言は、使用人たちに共有しております」
流石だ。
地盤は内側から固めるもの、それが、崩れぬ砦となる。
「また、ルーンという青年の家についても調べさせておりますが、蚊、程度の存在でございます」
「仕事が早いな」
「お仕えする者の務めでございます」
柔らかな微笑み。
だが、その裏で、確実に網は張られている。
私は一度、深く息を吸い込みゆっくりと言葉を選んだ。
「私はね、シャーリーを“保護する”つもりはない。
“家族として迎え、守る”つもりだ」
その言葉に、ハザードの目がわずかに細まる。
「私も、同じでございます」
静かだが、迷いのない声。
その覚悟が、手に取るように伝わってくる。
初めてだ。
こんな感情が胸に湧き上がるのは。
怒りか、
使命感か、
それとも、父となる者の本能か。
ふと、ハザードと目が合った。
「理由など、何でもよろしいのです」
ハザードは、静かに、しかし確かな決意を込めて続ける。
「私が否、私たちが、シャーリー様をお迎えする。
それだけが、揺るがぬ真実でございます」
「そうだな」
私は小さく頷き、続けた。
「だが、君はあまり余計に動かず、シャーリーの側にいて欲しい」
ひくり、と片眉が上がる。
露骨に気に入らない、という顔だ。
やはりな。
私は肩を竦め、わずかに笑った。
「裏で暗躍するのは、我々がやる。シャーリーは君に懐いている。人間の外堀を埋めるのはどうとでもなるが、内堀を埋めるのは、誰にでも出来ることではない」
「教育も、でございましょう」
納得しきれない表情だが、理屈は理解しているらしい。
「ああ。君にしか出来ないことだ」
「半分、かしこまりました」
ふん、と意地悪く笑うその顔を見て、思わず苦笑する。
つまり勝手に動くから、邪魔するな、ということだ。
「まったく、君という女性は昔から勝手な人間だな」
「お仕えして何年になると思っておられますか。旦那様のご性格も、私のやり方も、今さらでございましょう」
至極当然と言い放つ、と私の返事も待たず勝手に会釈しさっさと部屋を出ていった。
そうか?昔はもっとしおらしく可愛らしかったがな。
だが、芯の強さは変わらない。
彼女が望むなら、私は何でもやってやる。
必ず、サインをもらい、娘にする。
楽しみしてなさい。
湧き上がる高揚感を抑えながら、私は書類を手に取った。
私、本気で先程のあの二人を殴ればよかったと、今でも後悔しております」
ぎり、と音がした。
それほどまでに強く握られた拳。
白くなった指先と、感情を必死に抑え込もうとする横顔に、思わず背筋が冷える。
冗談ではない。
これは、心からの言葉だ。
「確かにな」
私は低く息を吐き、視線を机の上へ落とした。
「私の愛人、だと?どこからそんな突拍子もない発想が生まれるのか、呆れるのを通り越して、寒気がする」
机の上に積まれた書類の端が、きしりと小さく鳴った。
無意識に力が入っていたらしい。
指先に、じわりとした熱が残る。
「全くでございます」
ハザードは唇を引き結び、怒りを隠そうともせず続けた。
「それも、あの双子の姉シャーサーは、ルーンとかいう幼なじみに、あることないことを吹き込み、
あらかじめ“味方”に仕立て上げたうえで屋敷に現れました」
思い出すだけで腹立たしいのだろう。
眉間には、はっきりと深い皺が刻まれている。
「偶然とは思えません。泣くタイミング、縋る仕草、言葉の選び方、まるで、すべて計算済みで動いていたようでした」
「そして」
私は、低く問いを重ねる。
「最後は、叩いたのだな」
「はい」
ハザードの声が、わずかに硬くなる。
「躊躇もなく。自分が叩いたという事実よりも、“叩かれた自分が可哀想である”という印象を幼なじみに強調するように。そうしてそのやり方がもっともシャーリー様を痛めつけるとわかっての、事です」
一瞬、部屋の空気が張りつめた。
暖炉の火が、ぱちりと弾ける音だけがやけに大きく響く。
「許せんな」
声は静かだった。
だが、その奥に渦巻く怒りを、自分でも隠しきれていないと分かる。
「よく分かった。必ずサインは貰ってくる。シャーリーは私の娘になる」
顔を上げ、はっきりと断言する。
「娘にした仕打ちは、親として返すのが筋だろう?」
「そうでございます」
ハザードは即座に頷いた。
その微笑みは、いつもと変わらないだが、目だけが冷たく光っている。
「ですが、甘い世界しか生きて来られなかった程度の思考ですね。あの程度の演技に騙される子息など、愚息の他なりません。いずれにせよ、シャーリー様のそばには相応しくありません」
「その通りだ」
私は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに身を預けた。
「私は、非道な行動を取る者を許せない。
つまりだ、サヴォワ伯爵殿に“相応の対応”をするのは、仕方のないことだろう?」
「ええ。全く問題ありません。既に、屋敷に来た二人の動線、発言は、使用人たちに共有しております」
流石だ。
地盤は内側から固めるもの、それが、崩れぬ砦となる。
「また、ルーンという青年の家についても調べさせておりますが、蚊、程度の存在でございます」
「仕事が早いな」
「お仕えする者の務めでございます」
柔らかな微笑み。
だが、その裏で、確実に網は張られている。
私は一度、深く息を吸い込みゆっくりと言葉を選んだ。
「私はね、シャーリーを“保護する”つもりはない。
“家族として迎え、守る”つもりだ」
その言葉に、ハザードの目がわずかに細まる。
「私も、同じでございます」
静かだが、迷いのない声。
その覚悟が、手に取るように伝わってくる。
初めてだ。
こんな感情が胸に湧き上がるのは。
怒りか、
使命感か、
それとも、父となる者の本能か。
ふと、ハザードと目が合った。
「理由など、何でもよろしいのです」
ハザードは、静かに、しかし確かな決意を込めて続ける。
「私が否、私たちが、シャーリー様をお迎えする。
それだけが、揺るがぬ真実でございます」
「そうだな」
私は小さく頷き、続けた。
「だが、君はあまり余計に動かず、シャーリーの側にいて欲しい」
ひくり、と片眉が上がる。
露骨に気に入らない、という顔だ。
やはりな。
私は肩を竦め、わずかに笑った。
「裏で暗躍するのは、我々がやる。シャーリーは君に懐いている。人間の外堀を埋めるのはどうとでもなるが、内堀を埋めるのは、誰にでも出来ることではない」
「教育も、でございましょう」
納得しきれない表情だが、理屈は理解しているらしい。
「ああ。君にしか出来ないことだ」
「半分、かしこまりました」
ふん、と意地悪く笑うその顔を見て、思わず苦笑する。
つまり勝手に動くから、邪魔するな、ということだ。
「まったく、君という女性は昔から勝手な人間だな」
「お仕えして何年になると思っておられますか。旦那様のご性格も、私のやり方も、今さらでございましょう」
至極当然と言い放つ、と私の返事も待たず勝手に会釈しさっさと部屋を出ていった。
そうか?昔はもっとしおらしく可愛らしかったがな。
だが、芯の強さは変わらない。
彼女が望むなら、私は何でもやってやる。
必ず、サインをもらい、娘にする。
楽しみしてなさい。
湧き上がる高揚感を抑えながら、私は書類を手に取った。
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