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第56話私は、シャーサーの影
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「あら、サーヴァント様、偶然ですわね」
……な……ん……で……?
優雅に微笑むその人は、
私と同じ顔で、
同じ声で、
同じ仕草をしていた。
違う。
"同じ"なのに、
決定的に違う。
今日は、カルヴァン様に誘われ、二人で街へ出た。
ノーセットがいないから不安はあったけれど、露店を冷やかし、些細なことで笑い合い、久しぶりに心が軽かった。
喫茶店で喉を潤し、何年ぶりかのパフェを口に運び、
幸せ、
と胸の奥が温かくなる、その瞬間だった。
「……シャ……リー……?」
震える声。
驚きに満ちた、聞き慣れた声。
私の名前を、私ではない存在に向けて呼んだ。
心臓が、止まる。
いや、止まってほしい。
ゆっくりと視線が私に向けられる。
けれど、そこにあるのは安堵ではなく、戸惑いだった。
心が、軋む。
ぎし、ぎし、と音を立てて、何かが壊れていく。
息が、
できない。
空気が、喉を通らない。
「……いや、シャーサー嬢」
言い直した、その言葉に目の前が揺らぐ。
ああ。
そうだ。
私じゃない。
私の名前は、私のものじゃない。
私の姿も、私のものじゃない。
全部、シャーサーが奪える。
簡単に。
「うふふ。お久しぶりです。偶然ですね。先日は無礼をして申し訳ありませんわ」
扇子で口元を隠し、優雅に会釈をする。
黒髪がさらりと揺れ、完璧な所作。
青い瞳が一瞬だけ私を捉え、
優越を隠しもしない視線で、見下ろした。
そうして口角を上げ、
笑った。
その笑顔が、私の顔で、
私の姿で、
私よりもずっと美しく、輝いている。
ああ。
これが、本物。
私は、偽物。
偽物。
偽物。
偽物!
そして、何事もなかったかのようにカルヴァン様へ向き直る。
動悸が激しくなり、息が浅くなる。
胸が締めつけられ、空気が足りない。
吐き気がする。
めまいがする。
耳の奥で、キーンと音が鳴る。
「お久しぶりです、サーヴァント様。初めまして、ウィンザー子爵令嬢様」
連れの男性が、にこやかに声をかけてくる。
声が、出ない。
息が、苦しい。
喉が凍りついたみたいに、何も言えなかった。
指先が、冷たい。
体温が、どんどん下がっていく。
「あら、お連れ様は顔色が優れませんわ。大丈夫かしら?あら、申し訳ありません。お声をかけるのは禁止されていましたわね」
ああ。
この人は変わらない。
昔からずっと、
美しくて、気品があって、甘い声で、
誰からも愛される、
姉。
私の、すべてを奪う、姉。
私が、どんなに頑張っても、届かない場所にいる、姉。
逃げたい。
消えたい。
いなくなりたい。
存在を、消したい。
私なんて、いらない。
その言葉だけが、頭の中を埋め尽くす。
ぐるぐると、回る。
止まらない。
止められない。
立ち上がろうとした瞬間、ぐっと、手を握られた。
……あ……。
温かい。
でも、この温もりも、本当は私のものじゃない。
「申し訳ありません。顔色が悪いようなので、失礼します」
カルヴァン様の低い声。
「残念ですわ、サーヴァント様。ご一緒したかったのに。またの機会に、ゆっくりお話しましょう。行きましょう、ケイト様」
「そうだね」
二人は、何事もなかったかのように優雅に歩き、奥の席へ向かった。
綺麗ね。
誰?
そんな囁きが、店内のあちこちから聞こえる。
そう。
その通りだ。
華やかで、輝いていて、目を奪うのは、
私ではない。
シャーサーだ。
同じ顔をしているのに、
私とは違う。
今、
私と同じ姿をしているのに、
私とは、
違う。
まるで、鏡のようなのに、
違う。
違う。
違う!!
私は、何?
私の存在って、何?
シャーサーが私になれるなら、
私は、何なの?
足元が揺らぎ、
世界が傾く。
視界が、白く滲む。
私は……、
私は……、
私……は……?
「シャーリー? 大丈夫か?」
カルヴァン様の声が、容赦なく現実に引き戻す。
そう……だ……。
私は、シャーリー。
何も出来なくて、
いつもシャーサーの後ろに隠れて、
怯えて、比べられて、
"代わり"でしかなかった、
陰。
影。
空っぽ。
それが、
私、
シャーリー……だ……!!
「帰ろう」
よろめく私を支え、店を出た後のことは、ほとんど覚えていない。
記憶が、途切れ途切れになっている。
カルヴァン様の腕の温もり。
街の雑踏の音。
風の冷たさ。
でも、全部、遠い。
まるで、水の中にいるみたいに、音がこもっている。
気づけば、屋敷の客室のソファに座っていた。
隣には、カルヴァン様の不安そうな顔。
「……シャーリー? 何か飲むか?」
「あ……あ……、私、私……!」
恐怖と不安が一気に溢れ、涙が止まらない。
止められない。
堰を切ったように、涙が溢れる。
「……お帰りください!!私は……私は……あなたの側にいるべきではない!!」
差し出された手を、叩いた。
シャーサー。
私と同じ髪の色に変え、
同じ姿で現れた、シャーサー。
同じ顔、同じ声、同じなのに、
私とは、まるで違う。
私は、
愚かで、
愚図で、
何の価値もない。
影にしかなれない、シャーリーだ。
「……シャーリー」
「だって、シャーサーはシャーリーになれる!あなたは呼んだ!!シャーリー、と!!私は必要ない!!居なくてもいい!!」
シャーサーは、全部持っている。
美しさも、才能も、愛される力も。
私が欲しかったものを、すべて。
そして、私の姿さえも、奪える。
私より、美しく。
私より、輝いて。
「シャーリー、落ち着くんだ。俺が悪かった。間違って名前を呼んだ」
「違う!!あなたには、シャーサーのような人が似合います!!私は、陰なのです!!」
叫ぶ声が、嗄れている。
でも、止められない。
止まらない。
「落ち着くんだ」
立ち上がろうとする私を、そっと抱きしめる腕。
「離して!!離して!!帰って!!」
押し返しても、その腕は離れない。
「……俺が悪かった。シャーリー、よく聞く。何度でも言う。俺が悪い。君は、何一つ悪くない」
……違う……違う……。
私がシャーサーの姿をしても、
シャーサーにはなれない。
中身のない、空っぽの器になるだけだ。
けれど、シャーサーは、
シャーリーになれる。
シャーサーが"私の姿"をしていた時、
それは、とても綺麗だった。
美しくて、
華やかで、
私なんかより、ずっと、ずっと、輝いていた。
私は……
私は……
いらない。
必要ない。
消えた方がいい。
否定の言葉に支配され、首を振り、離れようとする私を、
カルヴァン様は優しく抱き寄せ、背中を撫でる。
いけない、と分かっているのに、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
怖くて、苦しくて、
涙は止まらないのに、
それでも、
その温もりに、私は、
縋りたかった。
……な……ん……で……?
優雅に微笑むその人は、
私と同じ顔で、
同じ声で、
同じ仕草をしていた。
違う。
"同じ"なのに、
決定的に違う。
今日は、カルヴァン様に誘われ、二人で街へ出た。
ノーセットがいないから不安はあったけれど、露店を冷やかし、些細なことで笑い合い、久しぶりに心が軽かった。
喫茶店で喉を潤し、何年ぶりかのパフェを口に運び、
幸せ、
と胸の奥が温かくなる、その瞬間だった。
「……シャ……リー……?」
震える声。
驚きに満ちた、聞き慣れた声。
私の名前を、私ではない存在に向けて呼んだ。
心臓が、止まる。
いや、止まってほしい。
ゆっくりと視線が私に向けられる。
けれど、そこにあるのは安堵ではなく、戸惑いだった。
心が、軋む。
ぎし、ぎし、と音を立てて、何かが壊れていく。
息が、
できない。
空気が、喉を通らない。
「……いや、シャーサー嬢」
言い直した、その言葉に目の前が揺らぐ。
ああ。
そうだ。
私じゃない。
私の名前は、私のものじゃない。
私の姿も、私のものじゃない。
全部、シャーサーが奪える。
簡単に。
「うふふ。お久しぶりです。偶然ですね。先日は無礼をして申し訳ありませんわ」
扇子で口元を隠し、優雅に会釈をする。
黒髪がさらりと揺れ、完璧な所作。
青い瞳が一瞬だけ私を捉え、
優越を隠しもしない視線で、見下ろした。
そうして口角を上げ、
笑った。
その笑顔が、私の顔で、
私の姿で、
私よりもずっと美しく、輝いている。
ああ。
これが、本物。
私は、偽物。
偽物。
偽物。
偽物!
そして、何事もなかったかのようにカルヴァン様へ向き直る。
動悸が激しくなり、息が浅くなる。
胸が締めつけられ、空気が足りない。
吐き気がする。
めまいがする。
耳の奥で、キーンと音が鳴る。
「お久しぶりです、サーヴァント様。初めまして、ウィンザー子爵令嬢様」
連れの男性が、にこやかに声をかけてくる。
声が、出ない。
息が、苦しい。
喉が凍りついたみたいに、何も言えなかった。
指先が、冷たい。
体温が、どんどん下がっていく。
「あら、お連れ様は顔色が優れませんわ。大丈夫かしら?あら、申し訳ありません。お声をかけるのは禁止されていましたわね」
ああ。
この人は変わらない。
昔からずっと、
美しくて、気品があって、甘い声で、
誰からも愛される、
姉。
私の、すべてを奪う、姉。
私が、どんなに頑張っても、届かない場所にいる、姉。
逃げたい。
消えたい。
いなくなりたい。
存在を、消したい。
私なんて、いらない。
その言葉だけが、頭の中を埋め尽くす。
ぐるぐると、回る。
止まらない。
止められない。
立ち上がろうとした瞬間、ぐっと、手を握られた。
……あ……。
温かい。
でも、この温もりも、本当は私のものじゃない。
「申し訳ありません。顔色が悪いようなので、失礼します」
カルヴァン様の低い声。
「残念ですわ、サーヴァント様。ご一緒したかったのに。またの機会に、ゆっくりお話しましょう。行きましょう、ケイト様」
「そうだね」
二人は、何事もなかったかのように優雅に歩き、奥の席へ向かった。
綺麗ね。
誰?
そんな囁きが、店内のあちこちから聞こえる。
そう。
その通りだ。
華やかで、輝いていて、目を奪うのは、
私ではない。
シャーサーだ。
同じ顔をしているのに、
私とは違う。
今、
私と同じ姿をしているのに、
私とは、
違う。
まるで、鏡のようなのに、
違う。
違う。
違う!!
私は、何?
私の存在って、何?
シャーサーが私になれるなら、
私は、何なの?
足元が揺らぎ、
世界が傾く。
視界が、白く滲む。
私は……、
私は……、
私……は……?
「シャーリー? 大丈夫か?」
カルヴァン様の声が、容赦なく現実に引き戻す。
そう……だ……。
私は、シャーリー。
何も出来なくて、
いつもシャーサーの後ろに隠れて、
怯えて、比べられて、
"代わり"でしかなかった、
陰。
影。
空っぽ。
それが、
私、
シャーリー……だ……!!
「帰ろう」
よろめく私を支え、店を出た後のことは、ほとんど覚えていない。
記憶が、途切れ途切れになっている。
カルヴァン様の腕の温もり。
街の雑踏の音。
風の冷たさ。
でも、全部、遠い。
まるで、水の中にいるみたいに、音がこもっている。
気づけば、屋敷の客室のソファに座っていた。
隣には、カルヴァン様の不安そうな顔。
「……シャーリー? 何か飲むか?」
「あ……あ……、私、私……!」
恐怖と不安が一気に溢れ、涙が止まらない。
止められない。
堰を切ったように、涙が溢れる。
「……お帰りください!!私は……私は……あなたの側にいるべきではない!!」
差し出された手を、叩いた。
シャーサー。
私と同じ髪の色に変え、
同じ姿で現れた、シャーサー。
同じ顔、同じ声、同じなのに、
私とは、まるで違う。
私は、
愚かで、
愚図で、
何の価値もない。
影にしかなれない、シャーリーだ。
「……シャーリー」
「だって、シャーサーはシャーリーになれる!あなたは呼んだ!!シャーリー、と!!私は必要ない!!居なくてもいい!!」
シャーサーは、全部持っている。
美しさも、才能も、愛される力も。
私が欲しかったものを、すべて。
そして、私の姿さえも、奪える。
私より、美しく。
私より、輝いて。
「シャーリー、落ち着くんだ。俺が悪かった。間違って名前を呼んだ」
「違う!!あなたには、シャーサーのような人が似合います!!私は、陰なのです!!」
叫ぶ声が、嗄れている。
でも、止められない。
止まらない。
「落ち着くんだ」
立ち上がろうとする私を、そっと抱きしめる腕。
「離して!!離して!!帰って!!」
押し返しても、その腕は離れない。
「……俺が悪かった。シャーリー、よく聞く。何度でも言う。俺が悪い。君は、何一つ悪くない」
……違う……違う……。
私がシャーサーの姿をしても、
シャーサーにはなれない。
中身のない、空っぽの器になるだけだ。
けれど、シャーサーは、
シャーリーになれる。
シャーサーが"私の姿"をしていた時、
それは、とても綺麗だった。
美しくて、
華やかで、
私なんかより、ずっと、ずっと、輝いていた。
私は……
私は……
いらない。
必要ない。
消えた方がいい。
否定の言葉に支配され、首を振り、離れようとする私を、
カルヴァン様は優しく抱き寄せ、背中を撫でる。
いけない、と分かっているのに、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
怖くて、苦しくて、
涙は止まらないのに、
それでも、
その温もりに、私は、
縋りたかった。
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