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本編

481 黄金樽の美酒と酒騒動・3

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「あのな! トウジとイグ姉に言われてから、うちはちゃーんと酒を控え取ったんや!」

 呆れ返る俺たちを前にして、マイヤーは必死に弁明する。

「仕事も根詰める時期で学校でテストもあったから、少しの量でもうち我慢したんや!」

「まあ、飲んで記憶飛ばしたら勉強の意味ないもんな」

「せかやら終わったら好きに飲めると思って、ずーっと我慢してたんや!」

 棚に飾られた酒瓶を前にマイヤーは酒断ちをしていたそうだ。
 酒は飲んでも飲まれるな、の言葉を胸に頑張っていたそうだ。
 酒関連を注意してくれるストロング南蛮を小脇に抱えて。

 日がな日中。
 “酒は飲んでも飲まれるな……酒の一滴は血の一滴や……”を禁断症状の様に繰り返すマイヤー。
 その相手をしていたストロング南蛮は、そのストレスで羽が抜けてしまっていた。
 散らばった羽の原因はそれである。

「頑張ったんだな、南蛮……」

「コケェ……」

 あれだけ勇ましかった闘鶏が、なんともげっそりとしてしまったもんだ。
 今後はポチに栄養食を出してもらって、再び勇ましい姿を取り戻してもらおう。

「それでやーっと諸々がひと段落しそうな時に、巡り逢うたのが黄金樽の美酒なんや」

「黄金樽の美酒?」

「その名も樽美酒。東の島国の老舗酒蔵が作っとる、貴重な貴重な酒なんやって!」

「へえー」

 ちなみに、呼び方はたるびしゅ。
 トガルやギリスで流通しているお酒とは違うものらしい。
 俺は日本酒なんじゃないのか、と思ったのだけど。
 船で海を渡ってくる樽に入った美酒だから、樽美酒と呼ぶそうだ。

 酒のグレードは、黄金大吟醸と呼ばれる一番ランクの高い超高級酒。
 なんとも東の島国は質の良い金を生むことでも有名らしく。
 超高級酒は金装飾が施された特別な樽に入っているから黄金樽と言われるそうだ。

 酒好きには、酒樽を持っているだけで、飾っているだけで一目置かれる。
 それを力説するマイヤーの言葉を聞きながら、俺はなんか日本っぽい雰囲気の島国があるもんだなと思っていた。

「酒屋のおじさんが、家宝にしてるのを見て、うちもお小遣いを叩いて予約したんや!」

「ああ、なるほどな」

 そのお酒が今日届く予定だったのに、荷馬車の事故で届かなくなった。
 ずっと楽しみにしていた酒が来なかったから、彼女は荒れてたらしい。

「もう大泣きに泣いて、それを忘れるかの様に飲んでしまったんやー」

「限度ってもんがあるでしょ……」

「イグ姉、うちもそう思っててんけど……なんか反動がすごくていつもより行ってもた」

 てへぺろっと舌を出すマイヤー、これは反省してないなこいつ。
 その様子を見ながら、イグニールが俺に耳打ちする。

「トウジ、あんまり禁酒させると、あとでやばくないかしら?」

「……確かに」

 基本的には頭のいい子で、気遣いもできて、有能な部類に入るマイヤー。
 しかし、一度酒を飲めば、この体たらく。
 強制的に肝臓を休める日だとして、酒を取り上げたらとんでもないことになりそうだ。
 ここは、酒との付き合い方を改めてみんなで一緒に考えていくことの方が重要である。

「そもそも、ストロング南蛮一人じゃ管理できないレベルよね?」

「……イグニール、頼むぞ」

「……ちょっと! 丸投げしないでよ! 一緒にしましょ?」

 そう言われても、俺の目の前で脱ぎ散らかされても困るんだけだ。
 うら若き乙女の全裸を目撃して、あとで責任問題になったら怖い。

 父と娘的な立場で考えよう。
 パパっ子でパパとお風呂にいつまでも入りたいとしても、だ。
 そこはやはり分別を弁えて、きっちりしておくことこそ重要。

 洗濯物一緒にしないでって言われるくらいが、娘の成長を実感できていいと思う。
 傷つくけど、それがどの家庭でも普通なんじゃないかと思うし、父親の宿命だ。
 まっ、俺に娘なんていないけどな。
 子供が欲しいか欲しくないかで言えば、良き人がいてタイミングがあればの欲しい程度。

 ……現状無縁だな、悲しいことに。
 良き人もいなければ、タイミングがまったくもって皆無なのである。
 現世に帰られるか、帰られないか。
 それもあやふやな状況で、タネだけばら撒くなんて無理無理。

「ママ、頼むね」

「ママって……私がたとえトウジの奥さんになれたとしても、マイヤーのママじゃなくて、あくまで立場で言えば姉みたいなものなんだけど……?」

 嘘だ!
 そんなおかん力を持っていて、そんな嘘は俺には通じないぞ。

「それにどっちかと言えば、ポチがみんなのママじゃないかしら?」

「アォン!?」

 急に話を振られたポチがビクッと反応する。

「そうだな、ポチが俺らのママ的な役目だな」

「アォンアォン!」

 抗議の声が聞こえるが、聞こえないふり。
 身の回りのこと全部やってくれてるから、俺にとってはポチおかん。
 ポチママなのである、オスだけど。

「まあマイヤー、その黄金樽の美酒はまた買えばいいよ」

「え、ほんま?」

「うん、今まで寂しい思いさせたからね。だから今日みたいなことはやめてくれ」

「……それはほんまにすまんかったわあ……南蛮もごめんなあ?」

「コケッ」

 反省して、ストロング南蛮を優しく抱きしめるマイヤー。
 南蛮は、もう仕方ないなって具合に、彼女の頬を優しく突き返していた。

 さて、話も済んだところでようやくウィンストの再会を祝う会をしよう。
 マイヤーはまだまだ飲む気でいるのだけど、みんなが飲んでる状況で一人だけ飲ませないのも悪い。
 度数を抑えたカクテルをポチに作っていただき、それをみんなで楽しむのだ。
 お酒は用法用量を守って、楽しく飲みましょうね。











=====
すいません、どう考えても4話で終わらなさそうだったんで。
タイトルのナンバリングを1、2、3にすることにしました。
土下座にて、謝罪とさせていただきます。
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