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本編

689 開幕

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 翌日以降、未踏挑戦が始まった。
 期限は、なし。
 依頼の品を持ち帰ったものが、一番の冒険者と称される。

「でも、ここ10年はだいたい1ヶ月ほどで終わることが多いそうね」

 各冒険者に配られた依頼書を読みつつ、イグニールが言う。

「ちなみに、最長でどのくらいだったの?」

「確か、エリーサから聞いた情報だと3年くらいだったはず」

「さ、3年……」

「ギルド職員も、まだあの依頼続いてたんだ、みたいな感じで驚いたそうよ」

 かくれんぼしてて、発見されずにそのままみんな遊び疲れて帰っちゃう。
 そんな雰囲気を想像した。
 え、お前まだ隠れてたの? 馬鹿じゃね?
 ……みたいな。

「報酬は支払われたのか、それ」

「満額と、3年間の保証付でバッチリね」

 それならよかった。
 イグニールはさらに話を続ける。

「ちなみに当時の開催国はギリス」

「ほお」

「依頼書は賢者の残したアーティファクトで、分厚い氷の中に眠っていたそうよ。送風機」

「……送風機て」

 今でこそ、C.Bファクトリーが出してる一般向けの冷暖房完備の魔導送風機が存在する。
 その走りとなったものが、賢者の残したソレなんだってさ。
 開催国が最も欲すものを冒険者が総力を挙げて取りに行く、それが未踏挑戦である。
 国またぎの組織だから、そう言う各国とのつながりも大事だから、こんなパフォーマンスが行われるのだ。

 さて……。
 デプリはなんでまた、泡沫の浄水なんかを欲してるんだろうな?
 そんな疑問が頭を過ぎった。
 この国ならば、なんとなく金銀財宝価値の高いものを欲しがりそうだけど。

「その泡沫の浄水の情報ってどうなってるし?」

 ジュノーの疑問に、イグニールが答える。

「配られたものには、この山脈のどこかに泡沫の泉が存在するとかなんとか」

「詳しい位置はないし?」

「そこまで調べられてるなら、とっくに見つけ出されてるわよ」

「そっかー」

 泡沫、儚く消えやすいものの例えとされる。
 泡沫の浄水が湧き出る泉は、姿や形を変えて各地に消えては出現を繰り返すそうだ。
 要するに、それを探すために冒険者を一気に動かしたとも言える。
 だが、この依頼に参加する冒険者は、総力戦というわけにもいかないのだった。

「ほら、走れ! くそ、みんな馬を前もって借りてて、どこにもねえぞ!」

「くっそー! どうせ山に入る前に馬は乗り捨てるから、無駄金だよ!」

「それでも先に山に入れるアドバンテージはでかい。先越されるな!」

 デプリと魔国を隔てる山脈へ繋がる道中。
 そんなことを呟きながら走って行く冒険者が多数いた。
 頂を望むものは、一人もしくは一つのパーティー。

「互いに情報共有するような余裕なんて、なさそうだな」

「そうね」

 パーティー単位で考えると、完全なる個人戦。
 冒険者同士での、獲物の奪い合いが予測された。

 普段は、依頼が被らないように最新の注意を払っている。
 だが、ひと度お互いの縄張りのようなものが被ってしまうと、敵に牙を剥く。
 そんな拗れた状況を、俺は知っているのだ。

 同業者だが、仲間ではない。
 優しいやつ、敵意を向けるやつ、様々だ。

「おい、みんな先に行ってるぜ、俺らも急がねえと!」

「落ち着け。先に行かせて、魔物と戦わせといてやれよ」

「なるほど、先に魔物を片付けてもらっておこうってことか」

「消耗させちまえば、何日も山にはこもってられねえからな」

「頭いいぜリーダー!」

「最悪、魔物と戦ってるところに横槍を入れちまえば大打撃だぜ?」

「俺はお前について行くぞぉ!」

 後ろでこんな物騒な話をしている奴もいる。
 なんだろう、荒れそうだ。

 だが、不思議なことに、不安は一切存在しない。
 早く行く者、後を追う者のアドバンテージ。

 今の俺たちには一切合切が通用しない。
 圧倒的装備、圧倒的物資。

 飯には困らない、コボルトがいる。
 宝探しには困らない、コレクションピークがいる。
 安全を担う、ダンジョンコアがいる。

 冒険をする上で、質を上げてくれるこの上ない仲間たち。
 そして冒険者に精通しているとびきり美人な女性もいる。
 あと子供の世話が上手な骨もな。

「よし、俺たちも行くか」

 タブーより東に続く道と山。
 我先に進む冒険者と、後ろから悠々自適に眺める冒険者。
 色んな冒険者がいる中で、俺の目の前に船が降りてきた。

「な、なんだありゃ!?」

「ふ、船が浮いてる!?」

「ど、ど、どうなってんだ!?」

 空から舞い降りる飛空船に驚く冒険者たち。
 ギリスでちらほら噂になってる程度だからな、初めて見たのだろう。
 驚くのも納得だ。

「我先に山に行く? 後から獲物を横取りする?」

 結構結構。
 俺たちは空から行く。
 可能にするのは頼れる仲間の圧倒的技術力。
 ギリスに居場所を見つけてよかった。

「かなり目立ってるけど良いのかしら?」

 船に乗り込んで甲板から地上を見下ろす俺に、イグニールが言う。

「トウジらしくもないわね」

「まあ、そろそろ飛空船の情報も解禁されるし、このくらい平気だよ」

 あとは、俺の存在をこの国に知らしめたかった。
 そんな思いも少々ありまして。
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