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本編

944 記憶を失った女

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「はあ……?」

 目の前に急に現れた女性は、自らをそう名乗った。
 華子・ベアトリクス・ビスマルコ、と。

「砂漠からの帰宅の道中、どうにもこうにも道に迷ってしまったんですぞ~」

 出立ちは、金色の刺繍やラインの入った聖職者用の純白のローブ。
 少しダボついているのだが、それでも体のラインがしっかりと浮き出ている。

 ……見たことある姿だった。

 この姿は、俺が一度死んで幽霊になった時に見た骨である。
 金髪に、はちきれんばかりの胸。
 ハーフとは思えない、異世界に溶け込んだようなクッキリとした顔立ち。
 そのくせ、よくわからん「ですぞ、ますぞ」口調である。

「この森を抜けると祖国に戻れると思ってるんですが、うーむ……あ、よかったら案内してもらえますぞ?」

 しばし考えた後に、てへぺろっと道案内を頼もうとする図々しい女。
 俺はポチにクロスボウを向けるように指示をだした。


「ポチ」

「アォン」

「やや!? な、なんでクロスボウを向けるんですぞ!?」

「お前は誰だ」

 まるで狙われる謂れはないとでも言わんばかりのリアクションだが、意味がわからない。
 本物の骨は、ギリスでマイヤーやオスローたちを手伝ってくれている。
 そして彼女の本来の姿もしっかり見ている俺が騙されるはずもないのだ。

 必然的に、目の前にいるこいつは偽物となる。
 恐らく骨の体を奪ったのは、魂枯砂漠のグリードだ。

 コレクトの案内に従って移動した結果、巡り合ったとするならば……。
 こいつは奪った体を使って俺に接近してきたグリード本人でしかあり得ない。

 もしくはなんらかの手段を用いて守護者に骨の格好をさせている。
 そんなところかもしれない。

 どちらにせよ、味方ではなく敵。
 そこんところがはっきりとしているのは都合が良かった。

「グリード本人か? それとも守護者か?」

「へ? え? なんですぞ?」

「しらばっくれても意味ないぞ。俺はお前を知っている」

「知っている……?」

 俺の言葉を聞いた女は、目の色を変えて接近してきた。

「ぜ、是非教えてくださいませ! お願いします! お願いします!」

 ポチがしっかりクロスボウを向けているというのに。
 そんなの関係ないとばかりに。
 縋るような目つきで俺の手を握っていた。

「グルァッ!」

「きゃっ!」

 思わずグリフィーが前足をあげて威嚇する。
 弾き飛ばされた女は、地面に転げながらもなんとか立ち上がった。

「うぅ……すいません、驚かせるようなことをしてしまって……」

 俺たちは再び体勢を立て直して、しっかり目の前の女を見据えた。
 そんな様子だったからか。
 今度は近寄ってくることはなく、女はぽつりぽつりと何やら話し始めた。

「私の名前は華子・ベアトリクス・ビスマルコ。恐らく格好から、聖職者か何かだったんでしょうね」

「いや、だから知ってるって」

「……あなたは知ってるかもしれませんが、私が知ってるのは……それだけなんです」

 ふざけた口調から一転して、真面目な口調で語る。

「気がついたら、砂漠で目覚めて、ここは砂漠? 私は華子?」

 至って正常だぞ、それ。
 ここはどこ?
 私は誰?
 それが記憶喪失者の鉄板妥当思うんだけど。

「ポチ」

「ォン」

「わわわ! 待って! 構えないでくださいませですぞ~!」

「俺の敵対者がお前と関係してる可能性があるからな? 疑うのも仕方がない」

 それでもしっかり話を聞いてあげている時点で、俺も甘いのかもしれない。
 まあ、こいつが何者かしっかり判断してからでも遅くないだろう。
 敵だったら、接近されたあの一瞬で何かを奪われていても仕方がない。

「コホン……名前と祖国がどこだったか、それだけが残ってる状態なんです……」

「その記憶を頼りに、砂漠からここまで歩いて来たってのか?」

「その通りです。祖国は、恐らくこの森を抜けた先……だったはず……」

 いや、と彼女は顔を顰めて頭を振った。

「もっと遠く、だったかもしれません」

 鋭いな、遠くなんて次元ではない。
 まさに次元を超えたような場所から俺たちは来ているのだ。

「どこでしょう、どこなんですか?」

 そう呟く女の姿は、本当に何かを探し求めているような気がした。
 大切な何かが欠けてしまっても、体が覚えているのだ。

「こうして頭の中にぼんやりと浮かびかけては、手が届かずに消えていく私という存在」

 遠くをぼんやりと見つめていた華子は、俺の目を見据えて頭を下げる。

「それを知っている人がいるのならば、どうか……どうか教えてください」

「……あんたの名前は、華子・ベアトリクス・ビスマルコ」

「それはわかります。ステータスに書いてましたから」

 俺の敵対者に対して、なんらかの情報が聞けるかもしれない。
 そう思って彼女の名を告げる。

 どうして記憶を失ったのか。
 どうしてここにいるのか。

 喪失してしまったものを取り戻せば、勝てるかもしれないと思った。
 デプリに存在する諸悪の根源、ビシャスに。
 確か勇者に絡んでいたよな?
 だったら、あいつの弱点を教えてもらったりできないだろうか?

「今から何百年も前に、デプリに召喚された聖女だよ」

「そうなんですか! って、何百年も前……?」

「ああ、クロイツという国に残されていた賢者の手記で知った」

「クロイツ……もしかして、そこまで行けば私の過去がわかったりしますですぞ……?」

「それはわからん。知ってるのは名前と、ふざけた口調だけだよ」

「え、ふざけてるんですぞ? 私大真面目ですぞ?」

「まあ良いや、幸いお前の過去を知ってるやつと最近知り合った」

「おお!」

 引き合わせてみるのも良いかもしれない。
 勇者、ギルマス……龍崎魁斗に。

 途中で勝手に退散してったギルマスとは、もう少し話したかった。
 彼女を引き合いに、話す時間が取れるかもしれない。
 ビシャスと関わりがあるのならば、そっちから攻めるのも良いだろう。

「戻るぞグリフィー、コレクト、ポチ。魔国に戻ってラストのところに行く」












「アォン……?」







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