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本編

945 消された記憶

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「アォン……? アォン!」

 戻ろうとグリフィーに跨ろうとした俺をポチが呼び止めた。
 まだクロスボウを華子へと向けながら、俺との間に割って入る。

「どうした? ポチ」

「ォン」

「目的を一部見失ってるだろって? いや、最初から狙いはビシャスだったはず」

 ギルマスの野郎は核心を色々と知ってそうだったから、先回りするだけだ。
 深淵樹海対階層墓地と夢幻楼街の戦いもビシャス一人止めれば終わる。
 何が目的なのか、そこではっきりとさせておくほうが良いのだ。

「な? コレクト」

「クェ……」

 コレクトに同意を求めると、なんとも言えないような反応を示す。

「書物に記されてた聖女の一人がここにいるんだ、ギルマス……いや龍崎だっていうことを聞くだろ」

 息子一人、別の国で未だに眠ってるんだ。
 それも交渉材料に入れてやって良いかもしれない。

 いやでも、どうだろうな?

 俺を召喚するためにあいつは息子を犠牲にしたと考えられる。
 ……とんでもないやばい野郎なのかもしれない。

 まあ良いや、俺の目的は最初からビシャス。
 ただそれだけだったはず。

 何故森の中にいるのかはわからんが、確かグルーリングの応援に来たんだっけな。
 でも、深淵樹海のメンツはラストに負けないし、ラストも俺の仲間入りだ。

 考えれば考えるほど、なんでここに来たのかわからなかった。
 あ、最初からこの場所に戻されたんだっけな……。

「とりあえず、戻るぞ」

「ォン」

 バシュン。
 トリガーが引かれ、クロスボウから矢が放たれる音が響いた。
 そしてそれは俺の太ももに深く突き刺さる。

「痛ああああああ!!」

「大丈夫ですぞ!? 回復用のスキルなら持っているんですぞ~!!」

 慌てて駆け寄ってきて、俺の手を握る華子。
 握りしめた手から不思議な光が流れ込んできて痛みが引いていく。

 ありがとう、と言おうとしたところで今度はポチが過去にクロスボウを放つ。
 咄嗟に華子を突き飛ばし、すぐにポチをつかみ上げた。

「何やってんだ! いきなり!」

「アォン! グルルルッ!」

 首根っこを掴み上げられながらも、ポチはクロスボウを華子に向けていた。

「い、いったいどうしたんですぞ……?」

「わからん。ポチ、説明しろ」

 ポチを顔の高さまで持ち上げて、しっかりと言ってやる。

「俺が納得するまでだぞ」

「ォン!」

「最初の目的を忘れるなって? いや、最初も何も目的は賢者だろ?」

 俺たちは何にために遠出してここまで来たってんだ。
 ウィンストは見つかった。
 エリナとともに、依頼である深海調査を行わないといけないんだ。

 期限はかなり短い。
 行って帰ってくるまで、3ヶ月くらいだっけか?

 ちゃっちゃと賢者に会って、適当に依頼を済ませて家に帰る。
 子供も産まれるんだから、なおさら急がないとだ。

「こういう時に、妻を大事にしなかった夫って後々恨まれるらしいぞ?」

 イグニールに燃やされるのは勘弁だ。

「……ォン?」

 俺の言葉に、ポチは信じられないと言った表情で固まる。

「アォン! ォン!」

「クエッ! クェーッ!」

「ん? グリード? ビシャス? なんだそれ?」

 コレクトとポチが騒ぐ。
 ポチに関しては、口で伝わらないなら……と、どこからかお品書き用の板を取り出してそこに書く。



 ビシャス、グリード!
 ダンジョン同士の戦い!
 忘れたのか!



「ええ……?」

 忘れるも何も、元からそんな言葉は知らない。
 しかし、と一度心を落ち着ける。

「ごめん、ちょっと考える時間が欲しい」

「ォン」

 クロスボウを華子に構えたまま、ポチは待ってくれるそうなので思考をめぐらせる。
 どれだけ記憶を遡ろうとも、俺の頭の中にその二つのワードは出てこなかった。
 でも俺が知らないでポチやコレクトが知っているなんてことはないはずだ。

「ォン!」

「え? 俺を射った理由が、何か洗脳されてる可能性も考慮してだって?」

「アォン」

 いきなり華子に射っても混乱を招くだけだから、先に俺を射ったそうだ。
 なんつーことを……。
 そもそも霧散の秘薬を常飲してるから、俺には一切通用しない。

「もし通用するともなれば、ラストの洗脳くらいだぞ……あ」

 そこで腑に落ちた。
 あいつならば、俺に知らない記憶を植え付けたり、消すことも可能なはずだ。

「ラストか……」

 ポチたちに変な記憶を植え付けるなんて不可能だ。
 どうやら俺は、いつの間にか大事な記憶を消されていたらしい。

「くそ、せっかく信用しようとしていたのに」

 やはりダンジョンコアは自分の私欲でしか動かないというのか。
 で、エリナを排除してウィンストを手に入れるつもりなのかもしれない。

「そう考えると、ウィンストたちが危ないな」

 仮にウィンストにラストの能力が効かなくとも、エリナには通用するだろう。
 ウィンストは旅路でエリナと仲良くなっていたから油断している。
 さすがのウィンストでも、その隙をつかれれば負ける可能性もあるのだ。

「アォン……ォン」

「え? 違う?」

 ポチは首を横に振る。

「でも、そうとしか考えられないんだが?」

 他に誰が、どうやって俺の記憶を操作できる。
 魔国入りしてから、そんな隙をつけるやつなんてラストくらいしかいない。

「戻って聞いてみるしかないと思うけど」

「アォン!」

「一から説明するから、それだけ聞いてほしいって?」

「クエーッ!」

「わ、わかったよ」

 ポチに同調するコレクトの圧力に負けて、素直に話を聞くことにする。

「あ、あの……私はどうすれば良いんですぞ……?」

「アォン! グルルルッ!」

「ひっ、凶暴なコボルトちゃんですぞ!?」

「こらっ! 人様にクロスボウを向けるな! 過去の勇者たちの重要参考人なんだから!」

「クゥン……」


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