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8ー初の海岸、ぷかぷか浮かんで考えますの
しおりを挟む「もう一人で海を楽しみますの!」
頑なにメイド服を脱ごうとしないトレイザに業を煮やした私はプリプリと怒りながら海へと向かいます。
まずは波打ち際でまずは海の感触を……おおう、なんだか感動しました。
貝殻を拾って触ってみたり、海に向かって石を投げてみたりと、わりと人目がある状況ではやらないようなことをして遊んでいますと、後ろからトレイザの心配する声が。
「浅瀬に危険はないと町長様は言っておりましたが、あまり遠くへ行かないようにしてくださいね、お嬢様」
「わかってますの! 腰が浸かるくらいにしておきますわ」
「決して足がつかないところには行かないでくださいねお嬢様」
「心配いりませんの! この浮き輪という物がありますから!」
泳げない私を心配する気持ちはわかります。
ですが、この浮き輪があれば溺れ知らずですのよ?
ちなみにこの浮き輪は、邸宅のハウスキーパーをしている者から借り受けました。
よく浮かぶ素材を用いた木製の輪っか型の浮きですわね。
腰が入るか心配でしたが、それよりも胸がつっかえてしまいそうですの。
でも逆に沈む心配がなくていいですわね。
それを見てトレイザが恨めしそうな顔をしていました。
メイドあるまじき、ですね。
それではさっそく。
浮き輪を小脇に抱えて腰まで海に浸かってみましょう。
「……あら思いの外冷たいですのね」
この海沿い辺境は南にあり、ここへたどり着くまでに1ヶ月近く。
世間ではもう春の終わりというところでしょうか。
首都では春先はまだ肌寒さがあったりするんですが、ここでは眩しい太陽がそれを感じさせないです。
それでも水はやや冷たく。
春の残り香というか、なんというか。
でも特に不快感はありません。
綺麗な海水が太陽に温められた体を優しく包んでくれます。
ぷかぷかぷか……。
今の私は波、そして海。
浮き輪に乗って、体を波にゆだねます。
ぷかぷかぷか……。
ああ、なんと言いますか。
「ふぁああぁぁ……」
はしたないですが欠伸をしてしまいました。
眠たくなってきますね、これ……。
母なる海に包まれて、とても心が安らかになっていく感覚。
今までの喧騒を忘れさせてくれます。
さて、と。
十分にリラックスした状態で考えを張り巡らせます。
こうした純粋な余暇を過ごせるのも少しの時間ですわね。
改めて思いますと、少し状況が悪すぎます。
海へ赴く前に。
魚料理の一つや二つ、つまんでみたかった物なのですが……。
どうやらエルトン様の邸宅は街の外れにあるようで、魚を出しているお店は見当たりませんでした。
当の本人が好きではないと食べないのであるはずもないでしょう。
そもそも、邸宅の位置関係が少し厄介ですわね。
海岸まで外を歩いてみて、誰一人としてすれ違うことはありませんでした。
これではせっかく身分を隠していたとしても、歴代領主代行と同じような扱いになり兼ねません。
海から上がったら次は自らの足で街へ向かってみることの方が大事ですわね……。
そうしたら、トレイザにお嬢様ではなくカトレアさんとでも呼ばせなくてはなりません。
さらに街ではメイド服も着替えさせてもう少しラフな格好で行きませんと。
うふふ。
なんだか楽しくなってきました。
もとより、小さい頃から姉のように慕っていたトレイザですからね。
いつからでしょうか……。
立場を深く考え、心の底から楽しむことができなくなってしまったのって……。
やっぱり、あの変態王子との婚約が決まってからなのでしょうか?
王族ともなれば、義務感は当然ながら出てきますし。
小さい頃想像していた甘い愛のある生活なんて……。
現実的なことばかり考えて口にするクソ親父様の近くにいたら失せてしまいますものね……。
よし、羽を伸ばせる時は存分に伸ばしておきましょう。
それからです、それから考えるのです。
私のこれからを……。
「お嬢様ーーーー!!!」
考え込んでいると、トレイザの叫び声が聞こえました。
やけに遠くから聞こえてくるな、と思いながら声の方向を見ると……なんとトレイザさんがすごく遠くにいました。
いえ、違います。
空を眺めて考え込んでいる間に、私が波に流されてしまっていました。
それもかなり遠くに。
「あわわ!! ト、トレイザさん!!」
や、やってしまいました。
もう足が完全につかない距離まで流されています。
浮き輪に体を預けたまま、なんとか手で漕いで見るものの……陸はどんどん離れて行きます。
「ど、どうしましょ──わぷっ!?」
慌ててバランスを崩し、そのまま海に投げ出されてしまいました。
「う、浮き輪! 浮き輪っ! あ、あれ……!?」
落ちた勢いで起こった波によって、浮き輪があんなに遠くに!
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