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第一章 - 旧友との再会

エピローグ = 事後処理

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■聖王国領アルヴェイ村/集合墓地/農士:ユウ=フォーワード

 瞳を閉じて祈る。
 目の前にあるのは、農家のおっさん──ハドソンさんの墓標。

 あれから、ジハードは村人の安否確認に動いていた。
 怪我した人は多い。
 だが幸い、モンスターの南下による死人は出ていなかった。

 唯一の死亡者は、盗賊たちにやられた村人一名。
 亡骸は農場の端の方で発見されたそうだ。

 ハドソンさんの亡骸は、頭部と一緒に棺に入れられ、目の前にある墓標の下に埋葬されている。

 この聖王国領では日本で一般的だった火葬ではなく土葬を行うようだ。
 集合墓地に埋葬し墓標を立て、各地巡礼を行う教会の神父様が定期的に来てくれて祈りを捧げる。

 その浄化の力によってアンデッド化を防ぎ。
 死者は安らかに神のもとにいけるといけるんだとか。

「…………」

 前のタイトルでも、NPCは死んだら生き返らなかった。
 廃人として、ゲームの世界にのめり込んでいた俺は、もちろんクエストの途中やらで犠牲になったNPCの話を聞いて心を痛めるなんてことも多々あった。

 でも、なんだろう……その時に比べて。
 心にズシンと来る物があると言うか、単純に言えばめちゃくちゃ悲しい気持ち。

 つい昨日の朝まで一緒に話していた人だからなのか。
 それとも、これが現実感というものなのだろうか。

 とにかく。
 言いようのない感情が胸の中で渦巻いていた。

 終わって見れば。

 俺とマリアナは運良く生き残ることができた。
 自分の実力ではないが、結果を見れば十分すぎる。
 また奇跡が起こったとも言える結末だ。

 だけど、それを認める訳にはいかないと思った。
 結局、自分らだけ助かるために動いても今と同じ気持ちになったんだろうな。

 だったらどうすればいいんだろう?

 単純にヒーローになりたい願望でもあるのだろうか、俺は。
 リスキーが言っていたように、すでにヒーローを気取っていたのだろうか、俺は。

 自分自身の真意はわからなかった。
 結局見ないようにしてるだけかもしれないし。
 こういう状況だから変な気分になっているだけなのかもしれない。

 でも一つだけ確実にはっきり言えることがあった。



 もっと強くなる。
 ただ、それだけだ。



「──マスター」

「……ん?」

 村のはずれにある集合墓地に立って物思いに耽っていると、後ろからマリアナの声がした。

「ジハードさんが戻って来ましたので、そろそろ村を発つ時間になります」

「そっか」

 盗賊が来る前のことだ。
 この村の北に巨大な剣が浮かんでいた。
 何もない空が逆に寂しく思えるくらい強烈で鮮烈な異様の光景。
 ジハードは村に一泊し、明け方すぐに帝国領へと何があったか確かめに行った。

 その確認が終わり戻って来たら俺たちはこの村を出る。
 あいつらの待つ、聖王国領首都へと向かうのだ。
 村人への挨拶は朝方に一通り済ませてあって、最後にハドソンさんの墓標に別れの挨拶を行いに来た訳である。

「マスター」

「な、なに」

 マリアナが手を握って来た。
 ふざける様子もなくいきなり手を握られて、なんだかドギマギした。

「なんだかマスター、すごく辛そうな表情をしていましたので」

「ええ?」

 顔に出てたのだろうか。
 だとしたら、これから頑張るぞ、うん。って感じの決意の表情断ち思うのだけど。

「どうぞ」

 そう言いながらマリアナは仏頂面で胸を張る。
 膨よかな双丘が……。

「どうぞ、とは?」

「あっ、赤面した方がいいですか? ぽっ」

 今度は顔を赤くさせた。
 ……反応に困る。
 つーか、嫁と子供残して死んじまったおっさんの墓標の目の前で、乳繰り合うのは罰当たりだろ。

「ふざけてないで戻るぞ」

「もう……強情ですねマスター」

「どっちがだよ……」

 まあ、手を握るくらいなら別にもうなんともない。





■聖王国領アルヴェイ村/入り口/農士:ユウ=フォーワード

「遅い。準備はできているぞ」

 マリアナと村へ戻ると、待ちくたびれた表情をするジハードが入り口で待機していた。
 いったいどこから準備したのだろうか。
 翼のないドラゴンっぽい生き物が繋がれた乗り物の御者席に座って。

「……え、なにこれすげぇ」

「すごいだろう? 走竜種……ランバーンだ」

「おお! ってことはドラゴン?」

 こちらの世界では飛竜をワイバーンと呼び、走竜をランバーンと呼ぶらしい。
 そしてこの走竜は聖王国領にしか生息しておらず、しかもかなり貴重なモンスターとのこと。

 強靭な足は馬より速く強い。
 休憩を挟まなくても数日通しで走り続けられるほどの体力を持つ。
 この走竜種が引く乗り物は、竜車と呼ばれるらしい。

 それからテイム用のクリスタルにしまっておけるとか、なんとか。
 そんな説明を並べるジハードであるが、そんなことよりも目の前の愛くるしいドラゴンに俺は首ったけだった。

「撫でてもいい? 撫でてもいいか?」

 薄緑の鱗が、日の光を浴びて艶やかに輝く。
 トカゲに近い顔だが、なんと言うか竜種だけあってすごい風格だな。
 テンション上がる。

「むっ、なんですかマスター。子供みたいに目を輝かせて」

「そう言えばお前こう言うの好きだったな……別に撫でても構わんが気をつけーー」

 そこで、腹にすごい衝撃を浴びた。

「ぐふっ」

「あー……」

 ジハードのため息。
 どうやら俺はこの走竜種にぶっ飛ばされたらしい。
 頭を振ってぶつけただけでもこの威力。

「マ、マスター!?」

「……ドラゴンってしゅごい……」

「え?! まさかマスター今の一撃でM属性でも目覚めたというのですか!? ……くっ、なんたる伏兵か! あ、ジハード様、ちなみにこのドラゴンちゃんはメスですか? オスですか?」

「オスだ」

「あ、だったらいいです。フラグの立ちようがない」

「おい!!」

 HPを200くらい持って行かれたが、農士の職業レベル4で最大HP300くらいになってたからことなきを得た。
 さて、おふざけはこれくらいにして……。

「ジハード、北で何が起きていたのかわかったのか?」

 あの巨大な剣の正体が知りたいところである。
 帝国といえば何やら私的な用事があったオルフェが関係しているのかもしれない。
 だとしたら、〈異人〉を狙ってやってきていた帝国領のやつらをかち合っている可能性があった。
 彼女は果たして無事なのだろうか?

 ジハードの前に霞んだが、リスキーも実はかなり強い部類だったと思う。
 それ以上のプレイヤーと激突したってことだろう……。
 あの巨大な剣はかなりのインパクトだったし。

「残念ながら、見てきた結果……ただ荒れた森が広がっているだけだった」

「荒れたって……」

「森一つぶっ飛んだって感じの後だな。あの規模だと最上位よりも上の職業を持つこの世界の住人か……ステージ5のプレイヤーが争ったと見ていいだろう」

 あっけらかんとそう告げるジハード。
 ……やはりこの世界でも最上位を超える職業ともなれば、一回の戦闘で地形を変えるレベルに至るのか。

「そもそも最上位よりも上の職業ってなに?」

「唯一職と特別職だな」

「ああ、それは前のタイトルと変わらないのか」

「あの、なんでもなかったように話していますが、お二方」

 あっさり話題を変える俺とジハードを見て、マリアナが少し不安そうな顔で話に混ざる。

「その規模の戦闘があって、この村は大丈夫なんでしょうか?」

 そうだ。
 あの巨大な剣の衝撃で、モンスターは一気に南下してきたらしいし。
 森を追われたモンスター達は安住の地を求めて人の生活域を脅かす可能性はまだ存在している。
 生き残ったからといって、この辺境の地に点在する村々から完全に危険がなくなったわけではない。
 マリアナはそれを心配しているようだった。

「その件については俺から手を回しておく」

「まさか一人でここら一帯のモンスターを狩り尽くすとか?」

「それでもいいが、生態系を著しく崩すと余計なモンスターを呼び寄せかねん。俺からエリックに連絡して、辺境領に神聖騎士団の一部を派遣してもらえばいいだろう……第一、お前達を首都に連れて行かないといけないから余計なことはできん」

「……神聖騎士団? ……エリック? あいつ、ここでもそういう職業についてるのか?」

「聞いてるのか? まあいいか……持ち越したアイテムが相応のもんだから当然だな」

「元気にしてるのか?」

「元気も何も、あいつは今では国のツートップだ」

「ええ!? お、王様みたいなもん?」

「そうなるな……ほら、とりあえず乗れ。さっさと向かうぞ」

 ジハードは言葉をそこで区切って走竜種に牽引される客車に乗るように指示する。
 俺とマリアナは、簡素な作りだがそれなりにふかふかしたシートに二人で座った。
 竜車はゆっくりと進み出して、どんどん加速して行く。

「私は話途中で置いてけぼりにされてしまいましたが、マスターなんだか嬉しそうですね」

「ああ、すまん。懐かしくて話し込んじまった」

「ふふ、懐かしのあのメンバーとの再会ですか……」

 もちろんマリアナもあいつらのことは知っている。
 俺とよくパーティを組んでいた廃人連中のことだ。

「………………ああ、そういえばその中にツンデレ弟子女がいましたね……くっ、またマスターに着く虫が……由々しき事態です。やっぱり一つ屋根の下にいる時に済ませておけばよかったですね……失敗しました」

「何わけわかんないこと言ってんだよ! とりあえず見ろ、早いなこの竜車っての!」

「ふふ、子供みたいにはしゃぐマスターも私は大好きです」



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