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夢見る権利とシャボン玉のマーチ1
しおりを挟む「あーさん。三者面談のプリントが来たから冷蔵庫に貼っとくね」
「三者面談?」
あーさんが締切にも追われていない、平和な日曜日。あーさんはコーヒーを淹れながら目をまん丸にして、こちらを見た。
あーさんは真っ白なスタンドカラーのシャツの上に群青色チェック柄のエプロンをきている。僕が誕生日にプレゼントしたものだ。
そのシックでおしゃれなエプロンは、あーさんをカフェ店員顔負けのかっこよさに見せてくれているのに、顔がポカンとしているせいで空気が締まらない。
どうやらあーさんは、なんのための面談なのか見当がついていないらしい。
「もう高二の秋だからね。そろそろ進路を決める時期でしょ? だから、保護者を呼んで面談があるんだよ」
「そっか……。もうそんな時期なんだな」
感慨深い顔をしたあーさんは僕の方を見上げながら言う。
うちの高校は一般的な普通科だけど、進学校という名を掲げられるほど熱心な学校ではない。
七割程度の生徒は大学か、専門学校に進むけどそのまま就職する生徒もいる。そのゆるさとちょうど良さが、今の高校を志望した理由にもなっているんだけれど。
僕は就職よりも、進学をしたいなと思っている。
でもそれは勉強したい科目があるというよりも、時間稼ぎをしたいという不純な理由だった。
「そういえばヒトって何になりたいんだ? 志望大学は聞いたけど、肝心の何になりたいかは何度聞いてもずっとはぐらかしたままじゃんか」
その言葉に僕は苦い顔を見せる。
わかってる。わかってはいるんだ。そろそろ、ちゃんとあーさんに言わなくちゃいけないことくらい。でも、あーさんは僕の夢を反対するだろう。それは言わなくても百%わかるのだ。
どうしよう。僕は戸惑ってしまう。このまま、適当にはぐらかした方がいいのか、そのまま口に出してしまった方がいいのか、迷ってしまう。
でも、ここで言わないと拗れてしまう気がする。そう思った僕は勇気を出して、口を開いた。
「僕、小説家になりたいと思ってるんだけど」
その言葉に、あーさんは目を見開く。その後、一瞬考えたような表情をしてからびっくりするくらい怖い顔をして口を開いた。
「……小説家だけはやめろ。憧れるな。絶対に食いっぱぐれるし、そんなに旨味のある職業でもないぞ。お前、それをこの生活で目の当たりにしてるだろう?」
あーさんは自分の職業なのに、詰るような強い視線で僕に言ってくる。
きっと小説家になって、大変なことが多かったのだろう。小説家が稼げない職業だと言うことは、僕も身に染みて知っている。
でも僕はそれでも、それでも小説家になりたかった。
そもそも僕が小説を書こうと思ったきっかけはお話を作っているときのあーさんの背中はとってもかっこよかったから、と言う不純な理由からだ。
でもそれはただのきっかけであって、今の僕は小説を書くのが楽しくて楽しくて仕方がない。物語が頭の中でうるさく鳴り響いていて、止まない。それを文章に落とし込んでいくのが、たまらなく楽しいのだ。
ああ、こういう大人になりたいそう思う目標が目の前にいると僕は俄然やる気になってしまう。
僕はとっくに覚悟を決めてしまっているのだ。
「僕はそれでも、諦めたくない。やれるところまでやってみたいんだ。経済的にはあーさんに負担かけないようにするから、挑戦くらいさせてよ」
僕は精一杯の目力であーさんを見る。あーさんは僕の顔を見て呆れた表情を見せた。
「そう言うことを言ってるんじゃないよ。ヒトはただでさえ体が弱いんだから、小説家なんて不安定で、心身に負担がかかるような職業に俺は就かせたくないんだ。小説家は鬱と年がら年中お友達だぞ? もっと普通の……仕事がそこまで辛くないホワイトカラーの企業に入社して、堅実に働いた方がまだ未来があるし、幸せになれる確率が高いだろう?」
あーさんは畳み掛けるように続ける。
「俺はヒトには幸せになって欲しいんだよ」
あーさんはずるい。僕はその一言を使われると、何もいえなくなってしまう。
養育者である、あーさんの言葉は絶対だ。
「あーさんの言いたいこともわかるよ。でもあーさんは小説家になって不幸になったの?」
「……どうだろうな。俺は文筆で食っていくために、書きたくないものもたくさん書いたからな」
「それはあの、灰色の箱のこと?」
そう言うとあーさんはギョッと目を見開いてから、ああ、そうかと言わんばかりの気の抜けた曖昧な表情を作った。
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